五十二話:裏切りの三傑4
黒い星に打たれたシオンは、昏々と眠り続けていたという。
「あ、あたし、シオン、もう、目が覚めないんじゃ、ないかってぇ…………!」
「心配をかけた。私も死んだかと思っていたけれど、運がいい」
泣きつくメイを膝に、頭を撫でながらシオンは室内を見た。
心配顔のミツクリ、安堵した様子のケンノシン、そして渋面のジンダユウが戸口で並んでいる。
「みんなひどいの!」
「俺は間違ったことは言ってない」
みんなというメイに、ジンダユウがいち早く反論した。
ミツクリは気まずそうにし、ケンノシンは不動。
その様子から、シオンも失った後に培った少ない記憶から思うところはあった。
「呪いは解くことができないから、私のことは見捨てろと?」
「…………そうだ」
ジンダユウは一度ばつが悪そうに視線を逸らすが、認めるとシオンを見据える。
呪いを受けたカガヤという前例から、顕現が歪み死なずとも呪いの影響が残るのだ。
妖魔も呪いを受けた獣だということを考えれば、眠っていただけという状況はいっそ運が良く、なんの影響もなく目覚めることを期待するだけ徒労にもなる。
静かに受け入れるシオンに、ケンノシンは真剣な様子で教えた。
「だが、シオン一人が他と違う状態だったのも確かであった」
「他の星に当たった者はどうしただろう?」
聞けば途端にメイも文句を言わずすすり泣く。
それだけで、助からなかったのだとわかった。
シオンが察した様子を見て、ミツクリがシオンの身に起きたことを教える。
「その、星が全部落ちた後、すぐにメイがシオンを回復しようとして、領巾使ったんだ。けど、怪我治しても目が覚めなくて、黒い靄がまとわりついてた」
「その最初に回復したっていうのが、いいほうに転んだのかもしれん」
ジンダユウに続けてケンノシンも頷く。
「だが、呪いに侵された者は心蝕む苦痛の記憶に侵されたらしい。それによって二度と目覚めることはないと聞いた。であれば、シオンは記憶が…………」
推測を述べようとしていたケンノシンが息をのんだ。
シオンが目を向けると、ジンダユウとミツクリも固まっている。
シオンの膝に伏せて泣いていたメイも、様子がおかしいことに気づいて顔を上げた。
そして、シオンの顔を見ると途端に抱き着く。
「な、なな、なんでシオン泣いてるの!? やっぱり怖い夢みたんだ!」
「泣いている? さて、夢は、見ていた気がするんだが」
抱きしめて慰めるメイに苦笑しつつ、シオンが頬を撫でれば確かに濡れていた。
ただ夢を見ていた内容など、すでに忘れている。
思い出そうにも断片的で、何がという輪郭が判然としない。
「怖い、夢? 何か、そういえば、胸が苦しいような、何かを、見た気が…………。あれは、鬼女? いや、炎? …………何か、大切なものを、守れなかった気がする」
言って瞬けば、また新たな涙がこぼれた。
シオンはそのことを他人ごとに感じる。
けれど今まで冷静沈着だったシオンの感情の発露に、周囲は大いに慌てていた。
そんな中に、開けてあった戸の向こうから声がする。
「私が知る限り、近年の鬼女が関係する火災の報告は四件。鬼女が現れた際の混乱による失火。鬼女を倒そうとあえて火をつけた放火。野焼き中、鬼女に襲われことによる延焼。野営中に襲われたことによる火の不始末」
そう言って現れたのは、三傑のアヤツ。
口にするのは魔王軍が対処した案件だった。
「まずは無事に目覚める者が一人でもいることに喜びを。呪いに打ち勝った事実は、大変喜ばしい。…………だが、その身に呪いによる歪みが生じる場合がある。顕現を、見せてはいただけないか」
アヤツは真剣に求める。
メイは警戒するようにシオンを抱きしめて囁いた。
「あの人、三傑なの。けど、もう魔王にはついて行けないって、こっちにつくって。私、助けてもらったけど…………」
「うん、見ていた。それに、顕現を気にするのは、きっとカガヤの例があるからだろう。ただ、私の顕現は最初から不思議なもので」
シオンは初見であるアヤツに断りを言って、顕現を出す。
現れたのは七支刀。
領巾が揺れ、火が灯り、場所によっては木になっている剣と呼ぶにはおかしな形。
「また変わっているな。この刃先はこんな鏃のような形ではなかったし、柄にこんな布飾りは巻かれていなかった」
シオン自身、錆びた剣の変化に首を傾げる。
他にも、錆が一部落ちて、金属光沢を取り戻している部分もあった。
「カガヤみたいな黒い靄ないよ。だったら、シオンは呪われてない、そうでしょ?」
メイが強気でアヤツに確認する。
アヤツも予想外だったらしく目を瞠っていた。
シオンが起きる前、呪いについてアヤツは知っていることを語っていたのだ。
と言っても、恐怖や罪悪感に責めさいなまれ眠ったまま死ぬことや、起きても正気を失っていることが多いこと。
例外は、カガヤのような耐性を持つことで生きながらえる者。
ただし、顕現に歪みが現れそれが性格の歪みにも反映される。
「こうなると、本当にシオンは祭具の類の顕現か? 確かカガヤの呪いも効かなかったと言ってたな?」
ジンダユウが思案すると、ケンノシンは見極めるように目を細くした。
「とは言え、今回のことはシオンだけが他と違っておかしな点もある」
「それはそうだ。私でも何故かはわからない」
シオンが同意する。
ここに勇者が揃っているのは、アヤツの情報があったから。
もし暴れるようであれば、制圧のため手練れが必要だと判断された。
そのため、ミツクリはいっそ安心して笑いかける。
「それで、シオンは記憶が戻ったり?」
「いや、何も。整合性のない、それこそ夢を見ていたのは覚えているが」
もっとおぼろになってしまった夢について考えるが、何も思い出せそうにはない。
(アヤツが言ったように、何処かの鬼女が関わる火災の生き残り? いや、そんな気はしない。何か、夢でおかしいと思うことがあったはずだが、なんだったか)
思い出せない。
夢とは得てして覚めてしまえば霧か霞のように掴めず消える。
「…………よし、シオン。お前はまだ巫女の従者をする気があるか?」
「もちろん、名目はどうであれ、私はメイに報いるためにいる」
迷いのないシオンの答えに、メイは必死に言い募った。
「でも、でも! もう私庇って自分が死にそうになるなんてことしないで! 友達が目の前で死ぬなんて、私やだ!」
「そう、メイがそう言うなら、できるだけ生き延びてみるよ」
また泣きだすメイを抱きしめて宥めるシオン。
そうしてメイを宥めた後は、身繕いをするため、男手は外へと出された。
そこでアヤツが疑念をぶつける。
「本当に従者としてあの方を巫女のお側に? あまりにも不穏な要素が多い」
「いや、あんただってそうだろ」
ミツクリは呆れるように言いつつ、まだ信用したわけじゃないことを突きつけた。
しかしアヤツは従容として受け入れる。
「私はもちろん疑っていただいて構わない。信頼を勝ち取るためにも働きを見てほしい。ただ陛下は強い。王に弓引く者の中に不安があるのは、あなた方にも不利になる」
アヤツは遺品回収と名目でまた反抗勢力の拠点へと来ていた。
その上で、勇者側に肩入れすると明言している。
メイを救い、呪いについて話し、さらにはそれが三傑のカガヤによって引き起こされたことも告げていた。
アヤツの言動は一貫して魔王打倒。
それは勇者たちとも同じ道、協力したほうが踏破の可能性はあがる。
「今は攻勢。そのためには巫女に前に立ってもらわなきゃならない。今のメイにはシオンが必要だ」
ジンダユウは感情を殺したような平坦な声で応じた。
ケンノシンもなんでもない様子で答える。
「涙する姿には驚かされたが、危惧した錯乱もない。変わらず冷静であるならば良かろう」
「それこそ、どこかおかしい。あまり信用しすぎるのは危険では?」
なおも疑うアヤツに、ミツクリはむっとして言い返した。
「シオンの何も知らないだろ。もうあんたはさっさと都戻って門開く準備すればいい」
「…………そうですね。それでは、あなた方が都に攻め上って来ることをお待ちしています」
アヤツはそう言うと、勇者たちと離れて廊下を歩く。
向かう先、六台の外は多くの人間が意気を上げる大変な騒ぎになっていた。
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