五十一話:裏切りの三傑3
「あなたは私だろうか?」
シオンは同じ顔をした少女へ問いかける。
「そうか、お前はそう言う奴だ。だが、もう少し繕え」
少女は何者かと会話をしていて、何処か困ったように言った。
諦めたように笑う様子に、シオンは本当に同じ人物だろうかと疑う。
「●●●、お前にもそんな感性があったんだな。だが、皆まで言うな。…………言わば殺す」
誰かと話す少女は、感傷的に呟いた。
そして次の瞬間には冷酷に命じる。
そこには確かに、決意と殺意があった。
(私の言葉は通じていないな)
だが、確かにこれは自分かもしれないとシオンは感じた。
少女は戦うことを知っているから。
勝手に場面は変わり、そして少女は語り、周囲には時折別の人物が現れては消える。
(ここは表の世界なのか?)
シオンは、消えて行く人々に黒髪がいることで考える。
メイが表の世界は生まれながら黒髪が多いと言い、反して穴の底の世界には白に近い髪が多い。
「まさか、私が今さら人の中で暮らせるとは思っていなかった、お前はどうだ? ●●●」
気づけば、少女だと思っていた人物は、中年になっていた。
そして周辺も、戦のような場面から、街中へと変わっている。
(道は広く、壁が続いている? 私が見たことのある街とは、作りが違うな)
シオンは冷静なようでいて、目移りしていた。
死んだかもしれないと思えば、これは死を間近にした夢かもしれないのだ。
そう思えばこそ、自らの忘れてしまった過去を窺える最後の機会とも言えた。
(メイを庇ったことに悔いはない。それでも、やはり自らの生きた道のりは、知りたい)
メイは同じ転生者だと思っていると言う。
シオンにとって自らの生きた道はメイと出会ってからのごく短い間のみ。
だからこそ、生まれる前のことに興味は薄かった。
だからこそ、メイが縋った何がしかが自分にあったならと興味を持った。
考えに耽り街並みを見ていると、シオンと同じ顔の女性が傷だらけになっていることに気づく。
周囲は戦場であり、怪我をした女性の周りには人が集まっていた。
(誰か、私にもこうして心配してくれる人がメイ以外にもいたのか)
女性は怪我の手当てをされている。
心配に応える様子は、なんとなく察することができた。
(そんな関係を周囲と気づいていたのなら、忘れてしまったことには、少しだけ、悪い気がするな)
シオンにはそのほかの声は聞こえない。
ただ同じ顔をした女性の言葉だけははっきりと聞こえた。
「この程度、御身に比べればなんのことはございません。さぁ、悪に染まる不届き者どもを退け、どうかこの暗き世に、光を」
満身創痍でも、強がって、何者かのために鼓舞する。
(やはり私は、戦う者だったのか? だが、何かおかしい)
シオン自身半分眠っているような心地がしていた。
そのため違和感を掴み切れず、流れる場面をただ追うばかり。
少女は女性へ、そして衰えを見せ、いつしか老いが顕著となっていた。
ただその老いさらばえた姿には、何処か清らかさがある。
弱弱しい老人などではなく、確かに年輪を刻んだ真っ直ぐな樹木のような。
「いいのかだと?」
老いた女は驚いた様子で目を瞠る。
そして軽やかに笑った。
続くのは芯の通った強い言葉。
「悪いことなどあるものか。ようやく悲願が達成される。あの方の隣に立つべきは、若く美しく、何より力となれる血筋の者でなくては」
諦観が静かに灰色の瞳に浮かんでいた。
どこか遠く、静かに待ち望むような眼差しは、諦めの先を見据えるように。
その横顔は老いてなお美しい。
それと共に孤独が確かに存在していた。
(私は、いったい誰だ…………?)
シオンが疑問を覚えた次の瞬間、全てが真っ赤に変わる。
血ではない、それは炎。
揺らめき消えた先からまた鮮やかに踊り狂う、破壊の化身。
その光景に、シオンは激しく動揺する。
(なんだ、これは? 私はなぜこんなに動揺している?)
シオン自身わからない焦燥。
それと同時に見たくないという思いが募る。
そう思ったが、その理由がわからず視線を外すことができない。
シオンが混乱を来していると、その意識を引き付けるように女の叫びが響いた。
見れば老いた女が滂沱の涙を流しながら、一点を見据えて喉が裂けんばかりに慟哭している。
その視線の先を、シオンは見た。
(城が…………燃えている?)
真っ赤に燃え盛り、崩れ行く城の影がくっきりと黒く浮かび上がっている。
落城のさまに、シオンは狼狽えた。
「こんなこと…………こんなこと、許されるものか!」
女が叫ぶ、そして太刀を握ると、黒髪の者たちに向かって切りかかって行く。
そして血を浴び、白い髪が赤く染まった女が顔を上げた時、また、シオンと同じ少女になっていた。
「許さない…………許してなるものか…………」
少女へと変容したうえで、身に着けていた衣服も変わる。
籠手や具足だけの軽装の上で、額当てには二本の突起が鋭く形作られていた。
その姿はまるで鬼。
鬼の女、鬼女であった。
「許さないぞ、害虫ども! 平和の芽さえ食い荒らしたお前たちに、安寧の地など与えられると思うな!」
鬼女は怨嗟を叫びいくつもの争いを駆け抜ける。
その度に新たな憎しみを叫ぶ姿が、次々とシオンの眼前に現れた。
「救われるわけがない! こんないらないものを放り捨てて詰め込んで生まれた世界で、救いなど夢見るだけ無駄だった! 私は何も救わない! こんな世界など知ったことか!」
シオンはただ見ているしかない。
そう思った時、鬼女は座っていた。
手には、見覚えのある予言の巻物を開いている。
「そうか、花は巫女か。は、全くそのとおりだ。それに、末々の怪し? あってはならない? まさにそのとおり。こんな世界、あってはならない、末々など滅び以外にないのだから」
怒り嘆き恨み憎しみ。
それらに染まった鬼女は、老いて得た静かな清さなど面影もなく燃え盛る。
「何故、私と同じ姿なのだ?」
シオンは問いかける。
しかし返る言葉はない。
それでも場面は変わっていき、鬼女も変わる。
少女の姿のまま、荒々しく燃えていた炎が、薪を灰にし尽して熾火になるように。
猛っていたはずの少女は、身じろぎ一つせず立ち尽くしていた。
「…………そうか、それが私か。鏡に映った私…………。何を、していたんだろうな」
そこには諦観があった。
ただ、老いていた時にはなかった失望がありありと浮かんでいる。
「もういい。●●●、もうつき合う必要はない。…………だから、私の理想はお前に預ける。いや、捨てる。お前ごと、私は理想を捨てよう。こんなもの、あの方がいなければ、なんの意味もないのだから」
少女はそう言って、シオンに手を伸ばした。
シオンはその絶望しきった姿に思わず手を伸ばし返す。
瞬間、背後から光が差した。
驚いて振り返れば、そちらからメイの声が聞こえる。
「メイ…………。だが…………」
気になって振り返ったシオンだが、すでにそこには同じ顔をした鬼女はいなかった。
そう思った瞬間、視界が全て白く塗りつぶされる。
そしてジワリと滲むように暗くなった。
瞬間、瞼が揺れたのをシオンは感じ取る。
ぼんやりと目を開いて暗闇を払うと、霞んで物の影もはっきりしない。
(前にも、こんなことがあったな。その時に、確か黒髪の、誰かが…………)
瞬きを繰り返していると、覗き込む人影が現れた。
けれど確かに光を反射する髪色は黒ではない。
「シオン? シオン…………う、ぐず、うぇ、シオン…………」
覚醒したシオンは、涙でぐしゃぐしゃになったメイの顔を確かに見たのだった。
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