五十話:裏切りの三傑2
天から星が降る。
あまりの異常事態に誰も言葉を失った。
シオンも記憶がないなりに、異常事態であることは感じ取れる。
(雲を引いて落ちてくる。こちらに? まるで狙ったような…………。まさか、カサガミが時間切れだと言ったのは、これを知っていたから?)
ありえないと一笑に付されるような想像だ。
ただ自分さえわからないシオンは、ありえないと否定することもできず、敵の狙いであるという想定の下、周囲に向けて声を上げた。
「カサガミが逃げたのならここに落ちてくる! 逃げろ!」
迷わず声を上げたシオン。
しかし常識という記憶のある者たちは半信半疑で迷いを見せた。
「あ、いや。なんか砕け始めてるぜ?」
常識に捕らわれた一人であるミツクリが、少しの安堵を交えて空を指す。
見上げた先で、黒い星は雲を引きながら落下していた。
その上で耐えられないように、黒い大岩は剥離していく。
「で、でも、本当にこっちに落ちてきてない? えっと、拳大の雹が降っても確か大怪我だってニュースでやってたし」
メイが表の世界の話を引き合いに、警戒を言葉にする。
メイが未知の言語を使っても、そんなこと気にしていられる者はいない。
言うとおり、黒い星は剥離して小さくなりながらも、砕けた欠片と共に確実に落ちてきていた。
さらには剥落して小さくなりながら、、確実に塊が残るだろう大きさでしかない。
シオンはすぐにメイの手を掴んで六台を盾にしようと走った。
けれどメイが驚きの声を上げて、空を見上げる。
「あ、砕けた!」
シオンもつい足を止めてしまう。
見上げた先で確かに黒い星は砕けるが、やはりそのまま落下することは変わらない。
「うわ!? ひと固まりの時よりも範囲が広くなってる! 逃げろ!」
ミツクリもさすがに状況を飲み込んで、周囲に叫ぶ。
そのミツクリを援護しようと周囲に集まっていた反抗勢力も慌てて足を動かした。
ただそうして一斉に動いた上に、足並みが揃わず、誰もが誰かの進行方向を邪魔するように動いてしまう。
上がる混乱の声の中、ジンダユウの指示も一部にしか聞こえない。
「六台の陰に! そっちじゃない! 待て今は…………なんだと!?」
ジンダユウは危険だからと窓から引き離され、さらに声を裏返らせるほどの知らせを聞く。
その間にも六台の下では仲間が右往左往するばかり。
シオンはメイの手を掴んで、ジンダユウの指示と同じ行動をとった。
ただ、星が落下する速度が人の一歩よりも早いことを知らずにいたのだ。
目視で確かに形がわかるほど近くに落下している星から、走って逃げることなの無理なのだと。
「…………メイ! 逃げて!」
「シオン!?」
シオンはとっさにメイを突き飛ばす。
次の瞬間、シオンの背中に砕けた星が直撃した。
反応もできず、シオンは地面に倒れ伏す。
ただ、意識はあった。
周囲では他にも、星の欠片が直撃した者たちが叫びをあげるのが聞こえる。
星は人々に当たると脆く弾けて砕けた。
その上で倒れる者たちは誰も起き上がれない。
なんとか顔を上げたシオンは、メイに向かう黒い星の欠片を見た。
逃げろと声を出そうにも、背中への直撃で呼吸がままならない。
メイはシオンを助け起こそうと一歩踏み出す。
それは落下する星の軌道に身を晒す位置。
星が駆けるその瞬間、強くメイの腕を引く者がいた。
一歩を横にずらされたことで、メイの横を通りすぎて、黒い星の欠片が地面で砕ける。
「ひ!? え、あ、ありがとう」
砕けた星が残す衝撃に驚き、メイは助けてくれた者に反射的に礼を言う。
ただ、そこにいたのは知らない顔。
何より反抗勢力にいる中にはいない、上品さを纏った青年。
銀髪の青年の名は、アヤツ。
「あの放して、ほしいんだけど。シオンが…………」
「いけません」
アヤツはメイの腕を握ったまま、静かに首を横に振る。
シオンは突然現れたアヤツに対して不信を覚えるも、体が言うことを聞かない。
なんとか腕で上半身を支えているが、立ち上がれないのだ。
どころかひと呼吸ごとに、力が抜けて行く気さえする。
「あれは、呪いです」
「呪いって、あ…………」
アヤツは黒い星を指すと、その方向に目を向けたメイは息をのむ。
シオンも途切れそうになる意識を繋ぎ止めて、メイが見るものを確かめた。
そして目につくのは、黒い靄。
砕けた星の欠片は黒い靄となって宙に漂い消え始めている。
「あれに触れてしまった者は、呪いに呑まれる。触れてはあなたにも呪いが悪影響を及ぼすでしょう」
「え、待って。それって…………シオン!?」
メイはまたシオンに駆け寄ろうとするが、それをアヤツが掴みとめて放さない。
シオンも返事をしようにも意識を保つのが限界に近づく。
(これが呪い? それにあの靄。あれは、カガヤの顕現と、同じ…………)
カガヤは海の底の悪性からの呪いを受けて、顕現が歪んだと言っていた。
そのカガヤの顕現からは、黒い靄が立ち上り、そして落ちた黒い星からもよく似た黒い靄が出ている。
(だが、痛みはない。それに、私には何故かカガヤの呪いは効かなかった。それが、どうして、今?)
シオンは取り留めもなく考えるが、それと同時に意識は遠のき、瞼が重くなる。
(違いは、正面からか。今は背面から受けたから? しかし何故? そもそも呪いとは、なんだ? 私はどうなる? 瞼が重い)
抗えない眠気に、シオンの瞼が閉じる。
シオンは必死に手を伸ばすメイを見ていた。
耳には起こそうと名を呼ぶ声も聞こえている。
けれど、意識がもたない。
シオンは抗いきれずに瞼を閉じ、意識を手放した。
「なんだ、どうした?」
不意に声が聞こえ、シオンは息をのむ。
そして自分が立っていることにも驚く。
足元には紫染みた黒っぽい草が茂る、草原だ。
そしてそんな自分に声をかける少女がいる。
白い髪に灰色の瞳、凛とした立ち姿に水干姿。
(これは、私か?)
そう判断するのは、見慣れない少女の顔ではない。
腰に佩いた太刀と、獅子の飾りだ。
シオンが目覚めてから常に腰に差しているものと同じだった。
「●●●」
シオンは聞き取れなかったけれど、少女は誰かの名を呼んだ。
そこには親しみと、真剣な響きがある。
「この戦いが終われば、ようやくだ。きっと王もその忠義を認める」
シオンと同じ顔の少女は、そう言って太刀ではなく、扇を黒い草原に向けた。
シオンが目を向けると、そちらにはいつの間にか大量の旗が揺れている。
さらに具足を纏った兵士たちも現れており、馬の嘶き、鎬を削る音が次々と湧きたった。
気づけばシオンは、戦場のただなかにいる。
「●●●! 一人で進むな!」
シオンと同じ顔の少女はそう命じると、領巾を操って敵を覆う。
途端に敵兵は揃って足がくじけ、刃を持つ腕が下がった。
「全く…………。お前は誰かの側にいるべきだ」
また場面が変わり、何処かの整えられた庭で、少女が溜め息を吐くように語る。
前栽があり、小川が流れ、弧を描く橋がかけられた、穏やかな庭は、決して先ほどまでの戦場とは違う。
(これは、私の記憶なのだろうか? 私はどうなった? 死んで、夢を見ているのか?)
シオンの顔をした少女は心配するように言う。
「間違っても、私のような者を友と呼ぶべきではないぞ」
次には花が咲くように笑った。
その表情が何処か、メイのようだとシオンは感じる。
無邪気でありながら、隠しきれない寂しさと望郷の思いがにじむようだ。
そして少女は誰かの姿を見つめて先へと歩き出した。
振り返った少女は満ち足りた顔で声をかける。
「何を言っているんだ。一緒に、この先も共に支えて行くのだ」
決意に満ちた言葉。
シオンは記憶にない自身の様子に、ただ懐かしさを感じていた。
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