四十九話:裏切りの三傑1
無人の六台から降りて来たホオリは、移動しながらの報告をする。
「西に大きな異変は見られない。ただ、六台方面から狼煙らしい煙は上がっていた」
煙を高く上げることで遠くからも見えるようにする連絡手段。
その煙を途切れさせることで簡単な報せも行えるが、距離があるため煙が棚引いていることしかわからなかったという。
「危険かもしれないが、また汽車に乗ろう。駅員に顔を覚えられてるとまずいから口裏も合わせないとな。…………その上で、また俺は別に動く」
「え、どうして?」
不安そうなメイに、ホオリは真剣な顔をして答えた。
「カガヤが言うとおり、カサガミという三傑がいるなら数を揃えて戦うのは悪手だ。あいつは殺した相手を操る顕現を持つ。だから、殺されずに立ち回れる腕の確かな奴を連れて来なきゃいけない」
ホオリはその人員の当てがあるという。
その上で、予言と巫女の二つはいち早くジンダユウたちに合流すべきだと。
「もし戦っているなら、予言を見る隙もなかっただろう。それがあれば抵抗するだけの士気を上げられるはずだ」
「…………首きりて今は春辺と咲くや世の花?」
短く問うシオンに、ホオリは頷く。
首切りなど不穏だが、その結果として春に世界を代表するような花が咲くと読めた。
花は救世の巫女であることを前提にすれば、前の段落に高き君という魔王を表すだろう語句があることなる。
冬が魔王の治世を表す。
つまり、魔王が死んで治世が終わり、巫女は世界を救うことができると読めた。
反抗勢力からすれば、これこそ待ち望んだ予言だ。
「あと、普通に馬が女の子二人乗せるのが限度だ」
ホオリを追うために使った馬は今も一緒にいる。
さすがに三人で跨ることはできないため、急ぐなら一人が馬で先行するほうがいい。
しかしメイを送るなら守る人員が一人はいる。
馬の負担を思えば、走らせるには体重の軽いシオンが乗るしかない。
そうして打ち合わせて、三人は汽車へ乗った。
従者とお嬢さまのふりを続けるも、親が妖魔に襲われたとの急報で戻るという設定にする。
揃いの外套を着たシオンたちを覚えていた駅員はおり、とんぼ返りに声をかけられた。
メイの不安そうな表情からも、言い訳を疑われなかったのは幸か不幸か。
「ともかく急いでくれ。こっちも間に合いませんでしたなんてことにはさせない」
「私たちは、場合によっては隠れて身の安全を優先するが、合流を心掛ける」
「…………ホオリも気をつけてね」
見送るホオリに、シオンは戦況如何では様子見を告げる。
メイは不吉な予言のあるホオリを心配してそう声をかけた。
馬を適宜休ませつつ、シオンとメイは西北の六台へ。
町には寄らず、けれど道行く人には北の争いの噂を聞きつつ急ぐ。
「やっぱりカガヤが言ったとおり魔王軍が動いてるみたいだね」
「カサガミという三傑も、恐れられているようだ。この先、馬は目立つだろう」
シオンとメイは馬を降りて人目を避けて北上することにした。
カサガミが戦っているということで、死体を操るその力を恐れて住人が逃げているのだ。
流れに逆らって向かうのは目立ちすぎる。
そうして気をつけながら北を目指し、六台が見える場所に辿り着いた時には、カサガミによる侵攻が五回目を数えていたのだった。
「あれは、小柄な少女? 鎌の形をした顕現、あれがカサガミか」
「ねぇ、カサガミに追い詰められてるの、ミツクリじゃない!?」
「メイ、私を強化した後はここに隠れていて」
「私も行くよ! ミツクリ回復してあげなくちゃ!」
メイは強く言い切り、怯えよりも助けたい気持ちが前に出ていた。
その思いを汲んで、シオンは頷く。
情報を集めた限り、カサガミを助ける兵はいないこともわかっている。
背後を突かれることでミツクリの助けになると考え、二人は馬を走らせ六台へ向かった。
カサガミの背後を守る死体の中には、見たことがある顔もいる。
「むごいことを…………」
「ひ、ひぃ」
「メイ、見ないでいい。馬のほうが早いから、駆け抜ける」
言いながら、シオンは足に力を入れて手綱を片手に固定した。
そしてあいた手に顕現を出す。
ホオリがみせた刃に炎を纏わせる様子を思い描き、七支刀に炎を宿した。
そして群がろうとする死体に火を放つ。
痛みなどない死体だが、損傷した肉体は焼け焦げることでより脆く、動くだけで崩れる。
さらには燃える死体に新たな死体が近づき、次々に延焼していった。
ひどい悪臭ながら、確実に群がる死体の勢いは減速する。
「あ! シオン、ミツクリが!」
メイが馬の頭の向こうを指差し、悲鳴染みた声を上げた。
死体から視線を外したシオンが見た時には、ミツクリの手に持つ太く短い打根が弾き飛ばされる瞬間。
そうなるとミツクリは無手。
弓もすでにカサガミによって破壊されている。
ジンダユウの指示で援護の人員が走り出しているが、間に合わない。
「終わり」
「…………っけんな!」
右から振られるカサガミの鎌と気の早い勝利宣言に、ミツクリは眦を裂いた。
右腕を犠牲にしても、鎌は首諸共刈り取る。
避けられるような甘い攻撃でもない。
刃を止めるには顕現の刃に断たれることのない、確かなものが必要だった。
「まだ、まだ勇者らしいこともしてないで、終われるか!」
ミツクリは吠えると、首と鎌の間に顕現を現す。
腰から消えたからの靫が、ミツクリの手に移り、その口に鎌の先端を飲み込んだ。
顕現の強度は操る者の心の強さであり、カタシハも瀕死の傷を負いながら顕現によって立ったほど。
ミツクリは気合と折れない心で鎌の刃を受け止めた。
瞬間カサガミは動きを止める。
その顔には今までに現れたことのない困惑があった。
「何? 何をしてるの? 僕から、顕現を奪うつもり!?」
「お、おぉ、やってやろうじゃねぇか!」
ミツクリの顕現は、靫に入ったものを矢にする能力を持つ。
その靫に、カサガミの顕現は入った。
それ故に、互いの顕現の力による引き合いが起きているのだ。
鎌として断ち切る能力のあるカサガミの顕現と、靫として納める能力のあるミツクリの顕現。
それはさかしまに、切り裂いて靫の意義を失くせば、鎌の操る能力の支配下に置かれる。
断ち切れなければ靫に納められ、矢として奪われることとなった。
互いの顕現という心の在り方を奪い合う、前代未聞の鬩ぎ合いへと状況は変わる。
「…………メイ、ミツクリを回復して。今ならカサガミは鎌を振るえない」
「あ、そうだね! 行こう!」
シオンは馬を駆ってミツクリの元へ向かった。
馬上から、メイが領巾を伸ばして、ミツクリを包むと、回復と共に力を与える。
「助けに来た」
「頑張って、ミツクリ!」
「は、はは! 負けられねぇ!」
ミツクリは自分を鼓舞するように声を上げる。
また連戦で負傷して弱っていたこともあり、ミツクリは回復によって弓を引くために鍛えた膂力を取り戻した。
能力同士が主導権を競ってどちらも使えない状態であれば、押し合いにおいては単純に力が強いほうが勝る。
小柄なカサガミは、ミツクリに押されて鎌の先が少しずつ靫の中へと入って行った。
「…………く!」
刃が飲まれる寸前、カサガミは鎌を引いてミツクリから距離を取る。
「一人は落とすつもりだったのに。残念、時間切れ」
カサガミはそう言うと、すぐさま踵を返して撤退した。
一目散に逃げる様子に、六台からは歓声が上がる。
「カサガミは、何故上を見ていた?」
「そう言えば、何処か見てたね」
「なんだ? 見ていたのはたぶん向こう…………」
近いからこそ気づいたシオンに、メイも応じる。
もちろん相対していたミツクリも、最後にカサガミが見た方向を確かに捉えており、そちらに顔を向けた。
白く雲に覆われた空がある。
ただ、普段は動かない雲が、不穏に波打ち模様を描いた。
水面に水滴が落ちて円を描くのとは逆に、雲の波紋の中央からは黒いものが地上へ向かっている。
「あれは、黒い、星?」
シオンの呟きの間も、空から黒い大岩が、一直線に六台のふもとへと飛来していたのだった。
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