四十八話:三傑の嵩上4
三つ目の予言はやはり空に浮かび、誰にでも読めるようになっていた。
戦いの疲労は今までの中で一番だ。
それだけ人数が少ない分負担も大きかった。
予言の内容を精査する暇もなく、三人はカガヤと会った六台に急いで戻る。
「まだカガヤがいるかもしれない。俺がまず、下の拠点の様子を見てくる。平気そうならまた六台に上って、西のほうを確認しよう」
ホオリがそう言うと、メイが落ち着かない様子で声を上げた。
「私が一番動かなかったから、私が…………」
「確かにカガヤがいたら、ホオリは喧嘩をしかけそうだ」
「いや、さすがにそんな元気ないって」
シオンが言えば、ホオリはいたら逃げると約束して一人六台へ向かう。
シオンとメイは上からも見えない木立の中に隠れて、ホオリの帰りを待つことになった。
「ホオリ、すごいな。私あんな体力ないよ」
「そこは男女の体の違いがあると思う」
言ってシオンは自分の手を確認する。
肉刺のない手はさすがに数日の戦闘で荒れてた。
しかしそれ以前は綺麗なものだったのをシオンは覚えている。
(戦いから、離れていた? けれど、やっぱり私は男の体だった気がしてる。だからこそ、今も力が足りないことに歯噛みすることもある)
カタシハと戦って感じたことだ。
押し切られるばかりでいなすにも押し負けないよう、耐える必要があった。
戦うことを知っている。
それははた目にも感じ取れたことだ。
それなのに、感覚が違うという違和感がシオンの中にはある。
「シオン、あのね」
シオンが考えに沈みそうなると、メイが声をかける。
ただシオンが目を向けても話し出さない。
「どうしたの? お腹すいた?」
「ふは、違うよ。でも…………」
言いたいことはある。
けれどメイはなかなか言い出せず、様子を見ていたシオンは水を向けることにした。
「言いたくないこと?」
「ううん」
「言いにくいこと?」
「うん」
「それでも言おうと思ったのは、私のため?」
「違うよ、自分のため」
シオンに聞かれて、メイは自分の言葉に頷く。
「うん、そう。これは自分のためにシオンに言いたいんだ。けど、シオンは聞かなくてもいいとも思ってる。だから、どうしようかなって」
「だったら聞かせてほしいな。たぶん私もメイも、今話さないとあとあとまで気になってしまいそう。この後は急いでジンダユウの所へ戻らないといけないし」
「確かに、そうかも」
小さく笑ったメイは、膝を抱えると今度は言葉を選ぶように沈黙した。
「…………私、シオンは転生者だと思う」
「転生、者? 転生は、死んで別の生き物に生まれ変わり、輪廻を巡ることで合ってる?」
「え、う? いや、人間だよ。別の生き物じゃないよ。あ、そうか。仏教だ」
シオンからすれば生まれ変わりは生き物全てに等しく降りかかる死後の現象。
しかしメイが言いたいこととは違った。
(だからこそ、転生ではなく転生者と違う言葉で言ったのか)
メイはシオンに、人間として死んで人間としての記憶を保持したまま、別の世界へ生まれ変わることであると説明した。
「それで、私はカガヤが言うとおり表の世界から来てるの。こことは違う世界なんだ」
「うん、メイはたまにこの世界とは違うことを話してたから、そうだと思った」
「う、やっぱり気づくよね。けどね、シオンもそうだよ。この世界の今の状況と違うこと言うでしょ?」
「それは、記憶がないからではなく?」
「違うと思うなぁ。記憶なくても、シオンってここの人たちと違うし」
メイは抱え込んだ膝に顎を乗せて、ぽつりぽつりと話す。
「この世界ね、すごく生きづらいんだ。だから私、もう辛いことも考えたくなくて、どうでもいいやって流されてた」
メイは最初、町の小料理屋で女将に酷使されても、笑って流していた。
それは辛さを紛らわせるための逃避。
「前の世界で生きてた時は、けっこう文句言ってたし不満もいっぱいあったんだよ。けどね、当たり前にありがとうも、ごめんも言える世界で、私が嫌だって思ってたことなんて、ただの我儘や自分でできないのに理想ばっかり高かっただけなんだって今ならわかる」
何かをしようとすれば、表の世界では心配や見通しの甘さから止める大人がいた。
けれど穴の底の世界では、悪くなるとわかってて誘う者や、利用しようと無理強いする大人さえいる。
「シオンは、私が元居た世界の人と似てるんだよ」
「私のように、鬼女に太刀一つで向かうような命知らずが?」
「あはは、違うちがう。そういう、戦うことができる人は、いないかな」
「そうなの?」
それでは違うのではないかとシオンは思ったが、真剣に考えるメイを邪魔しないよう口にはしない。
「そういうところじゃなくて、相手を気遣うことや、誰かのためになろうって行動するところ? そんなことする人、シオンの他には知らないし」
「勇者たちは?」
「だって、勇者だからって理由とか、気持ちがあるでしょ。でも、シオンは違う。何も覚えてないのに、助けてって言われたらすぐに助けなきゃって言ってた」
メイと初めて会った時のことだ。
確かにそこで悪性を持つと思われる男と出会った。
「あの男も、兵も、海の底の悪性は、この世界の人間に染みているのかな?」
「うーん、海の水って雨になって落ちてくるはずだから、そうかも?」
「それとは別に、カガヤが襲われたような呪いというものが、海から出てくる、か。そういうことは表の世界では?」
「ないない。顕現みたいな魔法的な力もないし。妖魔もいないし。あ、でもあの汽車の進化系はいっぱいあるよ。新幹線って言って、汽車よりずっと早いの」
メイは楽しげにかつての世界の話を語る。
青い空の下、緑の草木が茂り、夜には空に白い星が光り、メイの国では黒い髪で生まれる者が多かったという表の世界。
「大地は巨人じゃない?」
「違うよ。地球っていう惑星で、えっと、丸い玉なの」
「玉…………? 世界の端に行ったら空に落ちない?」
「あ、ははは。すごい何その発想。でもそうか、重力知らないとそう思うんだよね」
メイは拙い知識で、重力によって大地に真っ直ぐ立てることを必死に説明した。
シオンも理解できないながら、確かに耳を傾ける。
「そう言えばここって、世界の端があったりするの?」
「ある、気がする? 北の端は陸地から世界の端に辿り着けたような?」
記憶がないシオンは直感的に答えたものの、言葉にするごとに自信は消えて行く。
小さく混乱するシオンの隣で、メイは空を見上げて言った。
「この空、覆いなんだよね? だったら、なくなれば青空見えるのかな?」
「六台から見上げてもまだ遠かったから、見えるほどの距離にあるかはわからない」
シオンがそう言った途端、メイは身を震わせた。
顔は強張り恐怖が滲む表情に、シオンは心配して声をかける。
「メイ?」
「わ、私ね…………穴に、落ちたんだ」
震える声で、メイは表の世界で見た最後の光景を語る。
「学校の帰りに、気づいたら何処かの山の中にいて。それで帰らなきゃって歩いてたら穴があって。もちろん危ないから手前で止まってたんだけど…………気づいたら、落ちてた」
メイは自分の体を抱いて、震えを止めようとした。
「私、あれで、死んじゃったのかな?」
湿った声にシオンはなんとも答えられない。
死んで生まれ変わるなら、表の世界でメイは死んだのだ。
そして死体に乗り移るようにして生まれ変わり、今のメイがいる。
シオンは誤魔化しだとわかりながら、メイの背中を撫でて優しく声をかけた。
「メイは、ここにいる。ここに生きてるでしょう」
かつてのメイを無視するような言葉だが、今を肯定する言葉に、メイは小さく頷きを返す。
「ずっと、一人だと思ってたの。私は、別の世界から他の人とは違う生まれ方をした、この世界で一人ぼっちの、仲間外れなんだって」
「特殊な生まれだからと言って、それを孤独を強いられる理由にはならない。メイは、誰かといたいと思ったら、一緒にいていいし、私で良ければともにいる」
「うん、シオンは同じかもしれないと思ったから、一緒にいたいと思えた。それで、シオンと一緒にいたら、なんか仲間もできたんだ」
そう語るメイは、涙を拭ってシオンに笑みを返す。
シオンも笑い返しながら、それでも恐怖と孤独に震えるメイの背中を撫で続けた。
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