四十六話:三傑の嵩上2
三傑のカサガミが探していたケンノシンは、首都にいた。
レンガの建物の表から奥に入り、木造家屋も通りすぎて、あまり裕福ではない者たちが集まる舟屋の一角へ。
ケンノシンは年少の勇者たちを補佐して回る形で、単独行動が多い。
時には手を貸し、時には助言をし、そうして四年間、表には出ずにいた。
「危ないことをさせてすまんな」
顔を隠して首都に潜入したケンノシンは、何げない風を装って近づいて来た相手に声をかける。
互いに顔を隠し、会話を悟られないよう背を向け合っての密談。
護岸のために植えられた柳が、周囲の視線からお互いを隠すように揺れる。
ケンノシンは年少の勇者たちを助けるため、協力者を得て情報を集めていた。
(拠点が襲撃され、大将を討ち、戦意が高揚している今、勢いを正しく導くためにも情報がいる)
そう判断したケンノシンは、カサガミとは入れ違いで首都へと足を運んでいた。
「苦労をかける」
「これが役目だ」
「そうか、では急ぎ伝えることは?」
ケンノシンはトノが新たな大将となったことや、アヤツの処遇を知らされる。
「何を考えての采配か?」
「何も言わない、語らない。魔王の胸の内は誰も知らない」
探っただろう相手の徒労の滲む言葉に、ケンノシンは話を先に進めた。
「新たに千年以上前についてわかったことは?」
「やはり、巫女は魔王の出現と同時期に絶えている。それ以来、今の救世の巫女まで一人も確認されていない」
ケンノシンは、魔王登場前であれば、予言はもちろん、天を作った、海を作ったという有名な伝説以外にも知っていた。
新たな作物、新たな水源など巫女は多くの軌跡を遺すと同時に、それぞれを成した巫女がいるのだ。
ケンノシンからも情報を相手に渡す。
「巫女の従者? 確かに予言を解釈すればそうだが、記憶喪失が嘘ということは?」
「さて、そのような者とも思えない。それに顕現が不自然な形だ。あれは何か心に異変のある者と見てわかる」
「身元を調べる余裕は、なさそうだな」
「一つ身元に関する情報は、獅子の顔に御恩の文字。古い拵えの太刀を持っていた。古語が読める」
「相応の身分のようだが首都で行方不明なんて話は聞かない」
「ずいぶん気になるようだな?」
ケンノシンが水を向けると、魔王を探る者は疲れたように溜め息を吐いた。
「聞く限りでは、領巾を操る者よりもよほど予言に期待する者たちが思い描く救世の巫女の姿だからな」
「確かにシオンは戦う者として巫女を支えている。シオンが巫女であったなら、迷わずその力を振るって先頭に立つよう期待されるだろう」
「だからこそ、できすぎてる。しかも巫女と同じ領巾も顕現にあるという」
「あると言えばあるし、鬼女を削げるらしいとも聞く。…………まさか巫女が二人?」
「それはない。どんなに古い記述を見ても、巫女は一代に一人。その一人がいなくならなければ次の巫女も生じないとはっきり書かれていた」
ケンノシンに情報を渡す相手は、だからこそ身元不明で巫女に近づき、その力に似たものを振るうシオンを警戒した。
巫女であるわけがないのに、巫女に似た何者かだと。
「何者だと考える?」
「…………鬼女」
「それは肉体のない者ではなく?」
「そう、最初に鬼女と呼ばれた千年以上前の存在だ」
「それこそありえないだろう。どう見ても若い女子だったぞ」
「それが、調べたところ、鬼女は若返るそうだ」
「何?」
「鬼女はかつての大王の敵を滅ぼした。だが、もっと古くから鬼女に関しては記述があった。その中に、老婆が若返り、女子となって生きながらえ、命をすすりながら長命を果たしていると」
「それは、古い時代の流言ではないのか」
ケンノシンは疑ってかかるが、長命が叶わないとは言えない。
魔王という実例が今もいるからだ。
「そもそも、魔王の保存するものの中にあった記述だ」
「つまり、魔王が長命を叶えているのは、鬼女の力か?」
「そこはわからなかった。だが、魔王がいるなら今も最初の鬼女が生きている可能性はある」
相手はそれがシオンではないかという。
ケンノシンは一笑に付すことはできない。
「シオンがそもそも着ていた服装は、水干という、古めかしすぎる服装だそうだ」
「それは…………」
「だが、特に古めかしいとも聞かない。古風な服装で座敷をにぎわす者もいる」
ケンノシンは可能性を上げつつ、深読みは止める。
ただ実際に見たシオンに、芸事に通じる様子はない。
(あれは、戦う者だ)
カタシハを前に凌いだ技量は、確かな経験が培った勘だ。
ケンノシンは場合によってはシオンは殺されていると思っていたが、見事に切り抜けている。
疑念を止めておいて自ら考えこむケンノシンに、情報を与える相手が忠告をした。
「ともかく気をつけてくれ。魔王は、たぶん勇者を敵と認識していない」
「この四年、巫女が合流するまでほぼ野放し。そのきらいはあったがな」
「どうも、何者かに備えていた形跡はあるんだ」
「つまり、それが勇者たちとは別に? だが我々以外にそのような相手はなぁ」
思い当たらないケンノシンに、相手はさらに得た情報を出した。
「古い文献に、世界に仇成す残り火という記述があった。どうやら魔王はそれと争っている」
それはカガヤも辿り着いた記述であり、魔王の下にいる者が当たれる古い記述。
残り火の記述は魔王が現れるよりも前のことで、もっと時間があれば魔王が本当に争う者が残り火であると知れるだろう。
「魔王に従った者たちの手記もいくらか探っている。どうも残り火という、魔王が警戒する何かがあるようだということはわかっている」
「つまり、鬼女のように過去の伝説をもとにそう呼ぶ何かか? それとも何者か?」
疑問を口にするケンノシンに答えは返らない。
「不確かな情報で悪い」
「いや、そこまで深く調べられたのも危険を冒して城へ上がったためだろう」
「いや、カタシハを片づけてくれたお蔭だ」
相手は自嘲ぎみに言った。
「今魔王軍は大慌ててだ。何処も手が回っていない。その隙に、カタシハが趣味で集めていた史料をいくらか掠めている」
「そんな趣味のある者だったか」
ケンノシンは四年いたが、それ以前は国を離れて旅をして、魔王軍と戦っている。
カタシハの名も存在もその頃から知っていた。
ただその趣味嗜好などは何も知らないまま、カタシハはいなくなったのだ。
ただ戦うだけの相手であり、そこに個人としての好悪など考えもしなかった。
(何を思って魔王に与していたかも、わからずじまいか)
最期の言葉は、確かにカタシハには魔王に従う信念があり、理由があると物語っている。
その上で、語ることを辞めて倒れた。
(最期の言葉くらい、聞き届けてやれば良かったか)
その余裕がなかったことが悔やまれる。
ただそれも自分と仲間が生きているからこその悔恨だ。
「あまり無茶をしてくれるなよ」
「したくてもできなくなるだろう。だから、情報を郊外に隠した。その場所だ」
相手はケンノシンに布の切れ端に書いた、方角と建物の特徴を渡す。
「俺が死んだ時には、そこから情報を得てくれ」
「もう少し、自分の身を思わないか?」
「そんなことを考えていたら、ここにはいないさ」
「それは、そうだが」
「助けに、ならないか?」
相手の言葉に、ケンノシンは否定できず自嘲する。
身を案じていながら、その働きを評価し、やめろとは言えないのだ。
「…………また、会おう」
ケンノシンは、そういうしかなかった。
相手は笑う。
「あぁ、また」
そして強く続けた。
「勇者が魔王を倒しに攻め上って来るのを待っている」
相手は去り、ケンノシンも時を置いてから動き出した。
敵の本拠である以上に、ゆっくりしている時間などない。
ここから魔王打倒を掲げて進む仲間を募って、拠点へ戻らなければいけないのだから。
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