表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/80

四十五話:三傑の嵩上1

 魔王の城がある都から西へ。

 六台に築かれた勇者の拠点は、また魔王軍による攻撃を受けていた。


 襲撃してきたのは三傑のカサガミ。

 外見は小柄な少女であり、尼僧頭巾をかぶり、煙るような紫の着物を身にまとう。

 柄の長い鎌を縦横無尽に操って、大の男さえ翻弄した。


「下がれ! あの鎌に斬られた者はすぐに下がれ!」


 ジンダユウがのどを嗄らさんばかりに叫ぶ。

 言いながら、自らも鞆の顕現を使って、仲間の力を借りつつ退く者を援護していた。


(くそ! 嫌な時に現れやがった。拠点にいるのは、二人の勇者と残って準備をする人員だけだってのに、それを狙ったように!)


 魔王について情報の当てがあると言ってケンノシンは発ち、クロウは共に立ちあがる兵力を得るために一時離脱。

 ジンダユウのほうでも以前から誘いをかけていた者たちを反抗勢力として招くため、多くの配下を拠点の外へ出していた。


(大将の死で動揺し、アヤツも失態を犯した。兵をまとめられる者はいない。だからすぐさまの攻撃はないと思ったのに。そもそも軍を立て直して再度出撃ならどうやってもこの時には動けないはずだった。それをカサガミなんて奴即座に動かしやがって!)


 ジンダユウの予想は外れてもいない。

 実際カタシハの死は動揺を誘い、次に大将に就くトノには不安の声が強かった。

 そして失態を犯したとしてトノの下につけられた三傑のアヤツも動けない。

 ただそこに、魔王は一人でも十分に対処できる者としてカサガミを即座に投入した。


 ジンダユウの予想を上回る経験が、魔王を迷わせなかっただけのこと。


「死ぬな! 死体を操られるぞ!」


 小柄なカサガミの背後には、ぎこちない動きながら拳を振る元仲間の死体が立ち歩いて従っていた。

 カサガミの顕現である鎌に斬られて死ぬと、その死体はカサガミの配下となる。

 敵を倒すごとに味方を増やすと言えば聞こえはいいが、その死を玩弄する悍ましさに味方にさえ忌避されるのが三傑のカサガミという少女だった。


 また死体はカサガミ以外の生き物を襲う。

 そのため三傑と呼ばれるほどに戦功をあげても、一人の部下もいない。

 いや、戦場に並び立つ兵以外の軍事の用を足す人員はいる。

 ただ敵の前に立つのはカサガミただ一人なのだ。


「くそ! また一人やられた!」


 退避する仲間の声に、ジンダユウは歯噛みする。


(三十三人目! 向こうは遠慮なく切り殺しに来る。けどこっちは仲間の顔した奴を攻撃できるか!)


 ジンダユウは内心で叫びつつ、けれど表では鼓舞するために余裕を語る。


「まだこちらのほうが数は上だ! 落ち着いて助け合え! 死体は目の前のことにしか反応しない! ともかく目の前から避けろ!」


 そうして意気を削がないよう心がけながら、仲間の退避を手伝う。

 ただ声を上げて対処するジンダユウを、カサガミが無視するはずもない。


 カサガミは動く死体で死角を作り、ジンダユウの意識の外から接近した。

 鎌を振ろうとしたところで、その鎌をはじく矢が飛来する。


「飛び道具は、面倒」


 呟いたカサガミは、勇んで攻めずに防御に徹するジンダユウから距離を取った。

 そして矢が飛んできた方向へと走る。


 ジンダユウを援護したミツクリは、すぐさま葉を矢に変えて放った。

 石は威力があっても重くて動きが悪い。

 靫に押し込むことで、軽い葉の矢を大量に作り、ミツクリはカサガミを迎え撃つ。


「…………違う」

「何が!?」


 葉の矢を捌ききられ、斬りかかられたミツクリは、打根という白兵戦用の矢を作り出して鎌の刃を止めた。

 槍の穂先にも似た短く太い矢は、鎌と擦れ合って金属音を立てる。


 顕現ではないが、顕現で作られた矢は、カサガミの鎌を確かに止めていた。

 そうして鎬を削れば、元来の肉体の強さでミツクリはカサガミを押し始める。


「ヤオエは何処?」


 そんな状況でもカサガミは無表情に、焦るでもなく大きく飛んで退くと聞いた。

 同時にジンダユウが嗾けた半透明の仲間が討ちかかるも、そこに死体が盾となって防ぐ。


 そしてジンダユウはミツクリに目顔で合図を出した。


(そいつの鎌は駄目だ! これ以上振らせるな! そこで足止めしろ!)


 ジンダユウも顕現を使って、カサガミの背後を狙うように動きけん制する。

 ミツクリは震えそうになる声で、カサガミに応じた。


「ヤオエって、ケンさんのことだろ? あの人がどうし、うぉ!?」

「何処?」


 話を引き延ばそうとするミツクリに、カサガミは素早く切り込んで聞く。

 長柄の鎌と短い打根ではミツクリの分が悪い。


 ミツクリが押される中、裂ぱくの気合がカサガミとの間に走る。

 途端に、カサガミの背後を守っていた死体は首が飛んだ。

 死体の向こうには、滂沱の涙を流しながら目を血走らせた反抗勢力の男。

 長刀の顕現を構えて、カサガミを睨みつけた。


「志同じく故郷を発った友の命を奪い、さらにはその死体さえも戯弄する所業、許すまじ! 貴様のような呪われた女! 生まれてくるべきではなかったのだ! ここで正しく死を受けよ!」


 友人を殺された上に死体を操られ、頭に血が上った反抗勢力の男。

 過たず首を飛ばす技量は確かだ。

 それでもジンダユウとミツクリの目には、彼我の力量差が明白だった。


「うるさい」


 カサガミは斬りかかる男の長刀を鎌で返し、地面に叩きつける。

 振るう刃の勢いを逸らされ、男は隙の出た懐へと距離を詰められた。

 カサガミはひと呼吸で鎌を首に当てると、すぐさま引こうとする。


 しかしその胴を狙ってミツクリが手にしていた打根を投げ矢として放った。

 身を返すしか避けられないカサガミは、首にかけていた鎌を胸を引き裂くよう変えて投げ矢を避ける。


「どういう反応速度だよ!? おい、戻れ!」


 すぐさまとどめを刺そうと鎌を振ったカサガミは、ジンダユウの声と共にから振った。

 確かに地面には胸を裂いて溢れた血が染みている。

 そして血を新たに落とす長刀の男は、ジンダユウの目の前に現れていた。


 仲間の顕現を呼び出すジンダユウの顕現には、威力を上げることで扱う仲間そのものを一時的に呼び出せる力があったのだ。

 さらに扱いを深めることで、実体のある仲間そのものを永続的に自らの手元に呼び寄せられる。


「カサガミ! ケンさんはいない! いたとしても、俺を倒せないような奴にケンさんと会う資格はねぇ!」


 ミツクリは自らを囮にするため、咆哮のような声を上げた。

 同時に新たに作った石の矢を最大引き絞って放つ。


 その間にジンダユウは長刀の仲間の止血と、人手を新たに呼んでの救命にかかった。


「一人は、落とす」

「やれるもんならやってみろ」


 当たり前のように宣言するカサガミに、ミツクリは腹の底から声を出して応じた。


 形勢は最初から不利。

 弓を番えて引くという動作がいるミツクリに対して、ただ鎌を振るだけのカサガミだ。

 間合いを離し過ぎれば他が狙われるため、ミツクリは自身に有利な距離を取ることもできず打ち合う。


「ぐ!?」

「腕やった。もう弓引けない」

「さっきみたの、忘れたか!」


 ミツクリは打根を作って片手で対抗。

 それもまた間合いが不利だ。

 ただそこまで粘るとジンダユウも、またミツクリに加勢に入れるだけの猶予ができた。


 ミツクリが粘ることで新たな死体も出ず、反抗勢力の仲間は退避も済む。

 残るは勇者二人であり、六台からはカサガミを狙い打とうと弓矢の準備が進んでいた。


「…………お腹すいた。退き時」


 ジンダユウが加勢したことで状況を見たカサガミは、今以上の死体を作れないと見て潔く退く。

 たった一人後退するだけのカサガミは身軽だが、隙も多い。

 しかし追討する余裕が勇者側にはなかった。


「…………本当に退いたか。ともかく死体を眠らせてやれ! ミツクリは休め」

「いや、ここは俺がやる。あのカサガミは、また明日も来る。だったら、指揮執るジンダユウが万全でないと駄目だ」

「万全、だったら良かったんだがな」


 他の勇者はまだすぐには戻らない。

 拠点は再建途中で荒れ、立て直す猶予もない。


 それでもやれることをやるため、ジンダユウとミツクリは互いに頷き合った。


毎日更新

次回:三傑の嵩上2

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ