四十四話:巫女の従者4
カガヤは伝説にも語られない世界について話した。
(ホオリが言うとおり、真偽は不明だが)
シオンは隠れるメイを見て思う。
(全くのでたらめではないのだろうな)
表の世界があり、この世界は穴の底。
そんな話にわかには信じられない。
しかしメイは別の世界の空を語り、落ちたという言葉に怯えたのをシオンは知っている。
黒い星が輝く空を見て、六台という周囲よりも高い位置から下を見た。
(この高さだけでも、落ちると思えば肝が冷える。メイは、どれほどの恐怖だったことか)
それが体がない、魂だけなら死にはしないなどというそんな話ではない。
メイには落ちた自覚があり、どんなに体に影響がなくともその記憶が苦痛となる。
払拭できない恐怖を思って、シオンはメイにそっと寄り添った。
そして魔王への思いを語るカガヤに視線を据える。
「あたしが一番我が君のお役に立つんだ! 他の奴らは阿ってるのが大半だ。だからこそあたしは我が君のために!」
「カガヤ、ずいぶんと余裕がないな」
シオンの言葉にカガヤは肩を跳ね上げる。
「以前は、わかってないと怒ってはいたが、こんな風に語ってわからせようともしなかった。わからせずとも、自分が知っていればいい。そんな余裕があったように思う」
「お、お前らがあんまり馬鹿だから、しょうがなく、だ!」
「それはそれで教えてくれるのはありがたい。だが、やはり違う。何か自信を失くしているような…………いや、いっそ正しいことをしているんだと語っているような。あぁ、そうか。何か悪いことをしている自覚でもあるのか?」
言い返そうとしていたカガヤは、シオンの疑問に二の句がつげない。
それは図星を指されて思考が飛んだことを如実に物語っていた。
メイも察して眉を顰める。
「え、何してるの? 悪いことだってわかってるならしちゃ駄目だよ」
「う、うるさい!」
カガヤ言い返すが、左右に振れる目には迷いがあった。
それは自身の行いに、迷うためだということは見てわかる。
「教えてもらった分、こちらも話を聞こう。まだ夜はある」
「あ、そうだね。迷ってるなら話聞くし、悪いことだっていうなら止めるよ」
「違う、馬鹿、やめろ」
近寄るシオンとメイに、カガヤはどうすればいいのかわからないように罵倒を並べた。
しかしその言葉は弱く、座り込んだままカガヤは疲れたように息を吐く。
様子を見ていたホオリは、取り成すように声をかけた。
「まぁ、お勤めの上で言えないこともあるだろう。ただ、判断に迷って最善を選べないようなら、一度立ち止まって相談もありじゃないのか?」
「少なくとも、お前に言うことはない」
カガヤは勇者であるホオリには、睨みを利かせる。
指を突きつけられたホオリは、降参するように両手を上げて言う。
「そんなに刺々しないでほしいな。下手なことして、その正しい魔王のやり方間違うほうが駄目じゃないか?」
魔王を引き合いに出され、カガヤは口角を下げた。
「そ、それは嫌…………。え、でも我が君の命だし、別に間違ってないはずだし。それとも時期が悪い? 今じゃない?」
カガヤが一人呟く言葉に、ホオリは眉を顰める。
シオンも、何か魔王の命令でこの場に一人いるカガヤに違和感を覚えた。
「何故、カガヤは一人でいるの?」
「あ、本当だ。そう言えば、軍どうしたの?」
シオンに続いて、メイも無邪気に聞く。
「あいつらは近くの町で待機させてる。いても邪魔だし」
「えー、やめてよ。カガヤの所の兵って、乱暴なんだから。ちゃんと見てて」
被害を受けたメイが言えば、カガヤは言い返さない。
二人の訴えに兵を調べた結果、訴えが本当だとわかっているためだ。
兵に圧をかけるため、婦女暴行に及んだ兵は他の兵の前で見せしめもした。
ただ、カガヤはメイを調子づかせることが嫌で言わず、ただ顔を背けた。
「あー、魔王軍の三傑がそんなんでいいの?」
被害に遭ったからこそ責めるメイに、カガヤは後ろめたいからこそさらに黙る。
見ていたホオリは思いついた様子で、シオンにカガヤから距離を取るよう手振りで合図をした。
シオンは絡もうとするメイを止めるようにして引き寄せる。
「…………三傑がこれじゃ、魔王も大変だ。命じたことすらきちんと覚えていられないなんて。それともあんまり話すほどの時間もとってもらえないみたいだし、伝えそびれたか?」
「はぁ!?」
挑発を受けた途端にカガヤはいきり立つ。
ホオリは誤魔化すように笑って見せるが、その反応は煽り以外の何物でもない。
シオンが言うとおり、出会った当初であれば自信に満ちて罵倒するだけだったろう。
しかし今カガヤは疲れていた。
そもそも鬼女に襲われてひと月も経っておらず、回復が追いついていない中、移動に次ぐ移動。
そこに魔王の命令を十全に遂行しようと気負うと同時に、遂行してしまった後を考えて迷うことで、より精神に負担をかけていた。
「もう、もうだったら教えてやる!」
精神的な重圧で、カガヤは爆発する。
「勇者の拠点に、カサガミが向かわされた! あいつは殺した奴を操って従えてまた殺す! 数の多い敵ほど味方を増やして殺しつくす! こんな所に顔並べて馬鹿か! お前ら勇者はもう終わりだ!」
カガヤが暴露したのは魔王軍の攻撃。
しかも三傑の一人が向かわされたというもの。
その上、カタシハよりも個人での戦いにおいては厄介な三傑だった。
「え!? 大変じゃん! 報せなきゃ…………!」
「行かせると思うか?」
メイが動こうとするのを、カガヤは黒い靄を針にして飛ばし足を止めさせる。
「メイ、動かないで。黒いから、受けるにも避けるにも暗いと難しい」
シオンはメイを庇って立ち、太刀に手をかける。
ホオリも静かに立ち上がり、顕現の太刀の火を大きくした。
「…………今から行っても、間に合わない。ここから報せるすべも、ない。カサガミは単独だからこそ動きが早い」
言いながら、ホオリはシオンに目で合図を送った。
シオンも太刀から手を放すと、顕現を出して同じように刃を火で覆い明かりにする。
メイも領巾を出して、まず近くのシオンを強化し始めた。
カガヤも勾玉を手に戦闘態勢だ。
「知られたからには、ここで足腰立たなくしてやる」
「いや、やるべきことがあるからそれはご免被る」
シオンの断る言葉を皮切りに、夜の闇の中戦いが始まった。
決してカガヤは弱くなく、呪いを宿した顕現は負傷範囲の割に強烈な痛みを与える脅威だ。
ただ、カガヤにとっては相手が悪かった。
その呪いを払える巫女のメイがいて、呪いを焼き払うホオリがいて、同じようにできるシオンがいる。
何より三対一だ。
空が白み始めるころ、カガヤは体力が尽きて座り込んでいた。
「うわ、朝になっちゃう。急いで拠点に戻らないと!」
「いや、それよりも俺たちはやることをやったほうがいい」
慌てて戻ろうというメイに、ホオリが止める。
「確かに間に合わないならせめて次のためにやれることをやるほうがいいと思う」
シオンも同意する間、座り込んで弱ったカガヤは何も言えず、動けもせずにいた。
シオンは一度振り返って、カガヤに膝をついて声をかける。
「カガヤ、しっかり休んでから降りたほうがいい。もう何をしてたかは聞かないけれど、私たちが来る前から、疲れてここで休んでたんでしょう?」
「そうだね、時間ないしカガヤも教えてくれそうにないし。ともかく、危ないから気をつけてね。カガヤ」
メイも心配の言葉を残すと、ホオリは苦笑した。
「こっちは一方的に襲われたようなものなんだけどな?」
少しの皮肉を口にして、ホオリは六台を降りて行く。
シオンとメイも続き、六台の上にはカガヤが残された。
「なんで…………私、いつも…………めん、さぃ…………死、ないで…………こんな、言わなきゃ…………のせいで…………」
小さな震える声は、誰にも届かない。
ただ、仲間を見捨てず助けに戻ろうとする者たちを、甘く見ていたことを悔いるだけだった。
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