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三十七話:勇者の九郎1

 朝焼けに戦いは終わり、ジンダユウとケンノシンは敵と味方の回収と指揮を執る。

 クロウという僧形の勇者は、カタシハの遺体の弔いを申し出た。


 シオンは震えるメイを戦いの痕跡が見えない場所へと誘導する。

 そして座らせると、近づく足音があった。


「悪い、遅れた」

「ホオリ」


 シオンが呼びかけると、ホオリはメイの前に膝をつく。


「大丈夫か、メイ? 二人とも、怪我は?」

「メイの顕現に新たな能力があったんだ。それで傷は回復してもらえてる」

「そうなのか。顕現は大きな衝撃で変わることもあるというけど。メイの場合はそもそも顕現の力を引き出しきれてないのかもな」


 話す間もメイは黙って下を向いている。

 ホオリ困った様子でシオンを見た。


「あまり、怒鳴られることが得意ではないらしい。それと、目の前で人が死ぬことにも、慣れてない」

「あぁ、カタシハか。戦陣切って鼓舞する将だったからな。いっそカガヤに騒がれるよりも迫力があっただろう」

「私…………守ってもらってるのに、怖くて。動けなかった」


 メイが呟くと、シオンは丸くなった背中を撫でる。


「…………なんで、囲まれて、殺されるって、死ぬってわかってるのに、逃げなかったんだろう、あの人」

「そうか、カタシハ逃げなかったのか」


 メイの言葉にホオリが呟く。

 シオンはメイの疑問に、自分なりの答えを伝えた。


「それだけの理由が、戦いにかける思いがあったのだと思う」

「それって何?」


 答えられずシオンは困る。

 答えはもうないのだ。

 語るべきカタシハが、この世にはいないのだから。


 沈黙が落ちると、そこに新たな足音が近づく。

 現れたのは勇者のクロウだった。


「ホオリ、いたか。火を貸してくれ。捕えた魔王軍の者たちに遺体を確認させた後、荼毘に伏す」

「それはいいが、クロウ。お前、ちゃんとメイとシオンに自己紹介したか?」

「む、そう言えば勇ましく戦っていたところに飛び込んだだけであった」


 困り顔になるクロウは、シオンとメイに笑みを向ける。

 その様子に、ホオリは手を打つ。


「あ、これ知らないやつだな。こっちのメイ、救世の巫女だぞ」

「なんと、ではそちらは?」


 ホオリに言われて驚くクロウは、メイの正体自体知らずに戦いに参加していた。

 シオンは考えて、ジンダユウに言われたことを伝える。


「私は、救世の巫女であるメイの従者だ。シオンという」


 メイは落ち込み何も言わない。

 ホオリはそうなったのかと目で聞くので、シオンは目顔で応じた。


 クロウは袈裟を着た墨染の袖を払って挨拶をする。


「拙僧、大苫九郎溜連と申す」


 はつらつとした声に、メイも顔を上げた。


「あ、僧坊の勇者?」

「このとおり有髪であるが、そのように呼ばれる。衆生済度のため微力を尽くしている」


 戦いの後にも拘らず暗いところのないクロウに、メイは悲しそうに聞いた。


「どうして、戦うの? 怖くない?」

「…………なるほど、そのようなこともあろう。だが、恐れ嘆くは人のさが。救いを求めて伏して奉るにもその身全てを投げ出し、掌へと全てを委ねるものだ。拙僧、我が身は己のものにあらずと思い、一切を衆生済度の請願に懸けてある。恐れる思いも、また拙僧からは離れて久しい」

「えっと?」


 滔々と淀みのないクロウに、メイはわからずシオンを見る。


「つまり御坊は、恐れ嘆く心さえ、使命に全てかけているから、使命を果たすことだけを考えて、怖がることも忘れたって言いたいんだ」

「…………牛蒡?」


 シオンの説明さえもメイは理解し損ね、ホオリが噴き出した。


「ぷ、もうメイは眠くなってるんじゃないか。ま、こういう真っ直ぐすぎる勇者もいるってことを覚えておけばいいさ」

「何、迷わず救いの手を伸べるのはホオリも同じ。三傑のアヤツを引き受けてくれて助かった。お陰でこうしてまた皆の顔が見れたのだから」


 クロウの言葉にシオンが確認する。


「ホオリは、そんなことを?」

「ま、予言が二つ目まで出たんだ。魔王ももう放っておかないと思ってな」


 メイは緩く首を横に振った。


「やっぱり、わかんないや。どうして戦えるのか」


 ホオリの判断は仲間を助けるため。

 ただその判断をして行動に起こす、その間の隔たりに、メイは理解が及ばない。


 今度はシオンも答えられなかった。

 戦うことを体が覚えている。

 ただそれだけで理由などないのがシオンだ。

 メイの助けになろうと考えれば、戦うことを知っている体が動くだけだった。


「拙僧仏門だが、戦いに身を投じたのは昔話の影響よ」

「昔、話?」


 クロウの軽い言葉にメイは目を瞠る。


「知っているかもしれないが、誠の士と呼ばれる強者の昔話よ。魔王がまだ現れる前のことだ。この陸で人々は思い思いに旗を上げ、自らの勇を打ち立てんと争いに次ぐ争いの時代」


 語りだしたクロウに、メイも押されて聞く。

 一人の将が乱世を終わらせんと志、在野の強者を集めて回った。

 その中に無名ながら武勇に優れた男を見出したという。


「それこそが後の世に誠の士と呼ばれる擬市。ギイチは始め無教養だったそうだ。ところが将の高き志に触れ、自ら学び、行いを改め、武を振るうは暴にあらずと悟った。そうして自らを見出した将にさえ、時には人倫に悖る行いは諫め、暴虐の兆しあらば戒め、誠心誠意、忠誠を極めた者、誠の士と呼ばれ尊ばれるまでになった」

「二人して、初めて聞いたって顔してるがな? 有名な昔話だぞ」


 ホオリはシオンとメイを見て笑う。

 知らないとわかって、クロウはさらに意気を上げて語った。


 誠の士と呼ばれるギイチの主人となった将は、仕える国を周辺の雄に押し上げた。

 しかし国の主は声望を集める将を恐れ、時には刺客を放つこともしたという。


「ただそんな窮地もギイチが駆けつけ、助け…………ついに、将は病を得て倒れた」

「え、そこはひどい王さま倒すんじゃないの?」

「そんなことをしたら忠義に反する。主人の王を倒すなんて誠の士の名が廃れるだろう」


 メイにシオンが言うと、ホオリとクロウも頷く。

 メイは自分の感覚が違うと見て、クロウに手を向けて先を促した。


「王は死ぬまで貫かれた将の忠義に打たれ、ようやく改心した。そうして将の子に自らの王位を譲り、乱世を終わらせるよう願ったという。その死ぬまでの忠義を支えたのが、誠の士ギイチだ」


 語り終えたクロウは、メイに笑いかける。


「これが私が憧れた昔話。仏門に入ってからも誠の士のように正しくありたい、正しく人々を導ける自分になりたいと。それだけだ」

「…………自分に、なりたい。なりたい、自分」


 考え呟くメイに、もう恐怖はなくなっている。

 対してクロウは、楽しく話せて満足していた。

 シオンとホオリは顔を見合わせて笑う。


 その上でホオリは、咳払い一つして長居できないことを告げた。


「俺は火葬を手伝ったらまた行く先がある。用事の途中だったんだ。クロウ、ジンダユウにはまだ俺は先に動くと伝えてくれ」

「魔王軍はこれから見逃してはくれないだろう。そんな時に一人での行動は危険すぎはしないか?」

「いや、今はまだ一人のほうが逃げ隠れもできる。大丈夫だ」


 クロウが止めるのを、ホオリはその胸を拳で軽く打って笑う。

 そしてシオンとメイに改めて声をかけた。


「必ずまた会いに来る。だからそれまでにはしっかり休んでおけよ」

「そういうホオリのほうが大変そうだ」

「一番何もしてないの、私かも」


 また落ち込みそうになるメイを、ホオリは少々乱暴な手つきで頭を撫でる。


「メイはやれることをやっていれば大丈夫だ。なんせ救世の巫女なんだからな。それくらい開き直っても罰は当たらないさ」


 そう声をかけると、ホオリはクロウを連れて、カタシハを荼毘に伏すため去って行った。


毎日更新

次回:勇者の九郎2

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