三十六話:大将の堅葉4
不穏な黒い煤のようなものを出すカタシハは、不調に陥った。
そこにジンダユウとケンノシンが加勢に現れるが、勇者たちも他の手勢はいない。
(カタシハ側の味方を押さえるために残してきたか。その上で、予言どおりにカタシハだけが一人の状況)
シオンはメイを守る位置に立って状況を整理した。
そんなシオンにメイが震える声で聞く。
「ねぇ、なんであの人まだ戦うの? 逃げればいいじゃん」
「負けられない理由があるんだろう」
「何それ、命よりも大事なの?」
「ここで大将が逃げて、その後の兵はどうなる? 勇者という反抗勢力から逃げたとなった後、こちらはどうする?」
「え、えーと」
「そもそも今は夜だ。敵と味方の区別もつきにくい中では、撤退も難しい。せめて朝まで引き延ばし、アヤツという仲間の帰りを待って撤退すべきだ」
「で、でも、あの人は」
「…………煤しくらに些かの明かし得うずれば、まばゆき松柏焚きてえるべし」
シオンは予言の一節を口にした。
そうしている間も、カタシハは息をあげ、槌を振る腕が落ちそうになる。
そんな隙をケンノシンが鉾で攻め、ジンダユウが種々の顕現を借りて補助した。
「この暗い状況に光明を得ようと、足掻いているのかもしれない」
「どういうこと?」
「堅葉というのは、柏のことだ。焚きてえるべしが、選べとかけてるなら、何処かに松の名を持つ者もいるんだろうが。ともかくどちらかが犠牲にならなければいけないと読むなら」
「予言の状況を自分が引き受けることで、魔王軍に少しでも? そんな…………」
予言は空に浮かんだ。
(見ていたなら予言を知っているだろう。大将ともなれば古語の教養を持っていてもおかしくはない。ましてや自らの名前だ。その曰くを知らないわけもないだろう)
シオンは、カタシハが退避もままならないと見て命を懸けて予言を引き寄せようとしているように見えた。
「つ、捕まえて、生け捕りとかさ」
縋るようなメイに、シオンは首を横に振る。
「そんなことを許さない気迫だ。あの大将どのはそれほどの強者。ケンノシンも攻めに徹しているが、攻め切れていない」
弱ってなお、カタシハは強い。
だからこそ生け捕りの余裕もない。
「よし、ケンさんやるぞ!」
「おぉ!」
「自棄か!?」
ジンダユウが退いて、ケンノシンがあえて詰める。
猛攻を受けるカタシハは、息の続かない攻撃に防戦に回り、時が過ぎるのを待つ形。
ただ、ジンダユウは退いた上でシオンに合図を出した。
その動きをカタシハも視界の端に捉える。
「メイ、ジンダユウが挟む形に移動しろと言っている」
「え、今の動きだけでよくわかるね?」
「そうかな? …………どうやら決めるつもりだ」
メイと一緒に左右から挟むと、そのままジンダユウはシオンに指示を出した。
そして待機の合図が出されたものの、シオンは自身の判断で七支刀を正眼に構える。
カタシハは正面からの攻撃を防ぎつつ、左右への警戒も強いられた。
そうしてケンノシンの猛攻が止まる。
カタシハはケンノシンへの反撃に移りながら、左右への警戒も怠らない。
ただ、次の手はケンノシンの後ろから来た。
「大苫の九郎、参る!」
律儀に名乗りを上げて、僧坊姿の若い男が槍を突き出す。
途端に槍は光り輝き得物を見据えたカタシハの目を潰した。
「ぐ…………、こんな小細工が通じると、思うな!」
カタシハは目をつぶったまま、槌を返して右へと振る。
すると、光に紛れて飛び込んだジンダユウの攻撃を跳ね返した。
その捌きは会心。
だからこそ、飛んでくる矢への対処が間に合わなかった。
ミツクリが靫に入れて作った矢は、昼にカタシハが砕いた六台の欠片。
そしてミツクリにはメイが力を強めるよう、領巾を巻いていた。
他にもカタシハに気づかれないよう、ジンダユウの指示でシオンの顕現の火の向こうから射ていたのだ。
「なんだ、この、火は!?」
「なんで、そんな鬼女みたいに?」
カタシハも困惑するが、メイも驚いて問う。
シオンの顕現の火を纏った矢に貫かれた腹からは、煤のように黒いものがはらはらと落ちる。
それと同時にカタシハの腹も崩れるように穴が大きく開き始めた。
「だって、シオンの火は鬼女を少し削ぐだけなのに」
「肌は焼けるだけだった。何故、腹の中から崩れているんだ?」
シオンもおかしな状況に聞くが、カタシハは思い当たることがある様子で黙る。
そしてそれ以上は何も言わない。
「おいおい、鬼女は魔王のせいで現れると言われてたが、まさか、鬼女ってのは魔王軍の慣れの果てか?」
「馬鹿な勘繰りを!」
ジンダユウの飛躍に、カタシハは叫ぶが、体に力を入れたことで口からは血を吐く。
内臓をえぐり貫いた矢は致命傷。
元より不調のカタシハは、片膝をついて動けない。
顕現である槌も、小さくなりカタシハの体を支えるだけになっていた。
「何も知らず外からのうのうとやって来た無礼者どもが」
それでもカタシハは集う勇者を睨みつける。
それに光る槍を持つ僧坊姿の勇者クロウが答えた。
「知らないわけではない。この四年、拙僧なりにこの地を回り、人と語り、国を見た」
「それで何を知った気になった? 貴様らに陛下のお志などわかるわけがない」
「確かに人を助けても、悪意を返されることのほうが多かった。だが、諭し教えれば改心もする。力で押さえつけ、怯えさせ、他人を出し抜くことを良しとする、そんな国を作った者が正しいとは言えない」
クロウにカタシハは血を拭うこともせず吠える。
「今のどうとでもなる状況しか見ずに言うからあの方の正しさがわからないのだ!」
「いや、今の変わった状況に合わせて変わっていれば、改めていれば、魔王などと呼ばれることもなかった。それはこの国の王の過ちである」
「千年もの間国を保たれた我らが王を愚弄するな!」
クロウの言葉にカタシハは怒り、その感情を力に槌がひと回り大きくなった。
心を表す顕現だからこそ、その戦意の高まりが力になる。
腹の穴を押さえて立ち上がろうと足に力を入れるカタシハ。
ジンダユウはクロウの肩を掴んで止めた。
「何を言っても無駄だ。魔王のやり方は間違ってると言ったところで、その魔王が正しいと妄信してるんだ」
「ほざけ! あの方以外でこの地を救える者などいない!」
「救いなど、何処にあるのだ」
カタシハの言葉で、クロウも首を横に振る。
それにもカタシハは怒りを滲ませた。
「救われている者ほど平穏を当たり前に享受し、その恩恵を理解しえぬ…………!」
「それを、教える気はないのか?」
問うシオンをカタシハは睨むように見た。
しかし、思い出したように目を瞠る。
「知らぬ、者に、言ったところで…………知れる、訳も、ない」
「そうだな。私は大将どのの言葉の真偽はわからない。魔王と呼ばれるほどの悪を成したとも知らなければ、聖王のように称える理由もわからない」
シオンが口にするのは、全ての否定。
そしてそれが心からの疑問故に出た言葉。
そうと知って、カタシハは脱力する。
それと同時に顕現も消えた。
あまりに無為。
知らぬ者に、実感さえもない者に一から話しても、何にもならない。
その空しさが、カタシハの戦意を消した。
「悪を押しつけたところで、あの方は揺るがぬ…………。台国の轍を、踏まぬことの…………。あの方の、敵…………お前、たち、では、な…………」
カタシハの声は微かにしか聞こえない。
同時に大きく鳴る呼吸の音に紛れて聞き取れず、シオンは耳を澄ましたが、甲斐もなく。
一つ大きく息を吸うとそのまま倒れ、二度とカタシハは起き上がることはなかった。
メイはじっとシオンの背中にしがみつき震える。
ジンダユウはその様子を横目に息を吸いこんだ。
「俺たちの、勝利だ!」
突き上げた拳はいつの間にか白み始めた空に照らされ、はっきりと誰の目にも映ったのだった。
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