三十五話:大将の堅葉3
勇者ジンダユウの拠点が襲われた夜、夜襲を仕掛けるジンダユウたちとは別に戦いが起きていた。
「ふぅ、なんとか間に合ったな」
別行動をしていたホオリは、二つ目の予言解放で襲撃を予見。
救援を用意して駆けつけていた。
そこにアヤツが抜き身を手に現れる。
「ホオリ、君は単独で動くばかりで、兵を擁しているなんて情報はなかったはず」
「もちろん。あれはジンダユウが予言探しに派遣してた奴らさ。声かけて集まってもらった。だから俺の指揮下には最初からない」
両手を上げるホオリに、アヤツは気にせず月明りで笑う。
後ろに従う少数の魔王軍も、不動だ。
「君は策士かな?」
「そんなものじゃない。泥臭く走り回るばかりさ。その上で、そっちの情に縋るしかないのはわかってる」
「手紙で呼びつけておいて良く言うものだ」
戦いの中にしては穏やかなやり取り。
敵対する勇者と魔王軍のはずが、どちらも攻撃する様子はない。
「手紙に応えてくれて助かった」
「こちらとしても、殺さずにいられるならそのほうがいい」
ホオリとアヤツは利害が一致していた。
それでもアヤツは剣を手に部下も連れて現れている。
ただ部下は会話を聞いていないかのように無表情無反応を貫いていた。
ホオリは静かなそれらに一瞥を向けて、アヤツに問う。
「もう少し、争うふりでもすべきか?」
「いや、こちらは明かりを持たずにいる。見通せもしないだろう」
「月影のさやけさ、よこそ闇けれ、か」
「あえて暗い中に光を見出すような予言だが、冥い場所へ行かないためには、光を持つなという暗示にも思えてね」
「となると、ここで火の灯った刀を出すだけ、予言としては俺は不利だなぁ」
ホオリは笑ってからの両手を挙げて見せ、アヤツは困ったように笑った。
ホオリも月の光の下、笑って見せる。
「例の薬はカタシハに?」
「あぁ、飲んでいただくために私も服用した」
「ふぅん、顕現を使わなければ大丈夫なはずだが、異変は?」
「今のところないな。腹の底に感じていた熱も冷めた。今頃、あの方も好調からの落差に戸惑っているだろう」
アヤツがカタシハに飲ませた薬の出所はホオリだった。
効用としては確かに好調で、だからこそ六台をひと打ちで揺らすほどの威力も出たのだ。
ただだからこそ、普段どおりに戻るのはいっそ不調を感じるほどの差になる。
「それで退いてくだされば良いのだが」
アヤツは言って、火を消された暗い陣のほうを見る。
ホオリは笑みをおさめて真剣に聞いた。
「一応、あの薬に鬼女の欠片容れたことは言ったよな? よくそれで飲んだな」
「あの方は攻撃的だが考えのない猪武者ではない。そうでもしなければ飲んではいただけないだろうと思ったからな」
「だからこそ、不調を感じれば退くと?」
アヤツはじっとホオリを見据える。
ホオリも、結果がすでに決まってる話は横に置くことにした。
「予言を見ただろう? 現状、鏡の顕現を持つ者として、意見を聞きたいもんだが?」
アヤツは微笑むと、剣を持っていない手を振って顕現を露わにする。
アヤツの背後に、三面鏡が現れた。
「ただ相手の望みを映すだけの、なんのとりえもない鏡だが。それでも何がしかの役があるのだろうか」
「真十鏡見る影勇士の志、なんて予言されてるからには、こっち側だと思うんだが?」
「それは…………。私は三傑とも呼ばれ、従う部下もいる。ましてや陛下からの御恩もある」
「だが、こうして手を貸してくれるくらいには、思うところがあるだろ?」
ホオリの指摘にアヤツは諦めたように息を吐いた。
「陛下は戦乱の時代を生き、そして国を築かれた。民は必ずしも正しき心の持ち主ではない。今の平穏の中でもそうであれば、戦乱の世はいかほどか。だが、その姿勢は今や古い」
「正直、千年も保ったのはすごいと俺個人は思うさ。だが、やりすぎとも思える」
「そう、今や民を脅かすのは平穏を乱す他勢力ではない。民を押さえつけるために武力で威嚇する、我々なのだ…………」
アヤツは苦しげに言いつつ、半身を返して三面鏡を見る。
ホオリは頷きつつ、遠く闇に舞う小さな火を眺めた。
カタシハのいた陣から少しずつ離れ、闇に紛れて行く。
それでも確かにある火は、松明ほど大きくもなく、特徴的だった。
(思ひ明かりてなむありける、か)
光というには弱く、誰かの陰を映すには小さい。
そんな火を顕現に灯した者として、ホオリはシオンを思い浮かべた。
(あぁ、そうか。自らを刻む影もないシオンだが、確かにそこに戦う意志はある。シオンの存在もまた、予言にあったのかもしれないな)
メイと連れ立って別れたシオンを思い浮かべるホオリ。
その間、アヤツは暗い星を見上げていた。
「大将どのも、陛下のお考えを継ぎ、命を軽く扱われる。それは、正しいこととは思えない」
アヤツの言葉にホオリは意識を切り替える。
「カタシハと上手くつき合ってる三傑はあんただけだと思っていたが?」
「それはもちろん、武人としてあの強さには感服する。だが、それが国を憂える思いを凌駕するかというと…………」
アヤツは溜め息を吐く姿に、ホオリは軽く応じる。
「ま、今回はカタシハには退いてもらおう。で、あんたは勇者二人の接近により、片方しか引き受けられなかったと言って、助けに向かえばいい」
「私の軍での立場を思ってか? それも策士なりの利用価値だろうか?」
「買い被ってもらえるのはありがたい。だが、狙いは別にあるだけさ」
アヤツはホオリの言葉に反応し、鏡を見る。
アヤツの鏡の顕現で有名な特徴は、ホオリも情報収集で知っていた。
相手の望みを映すということは、嘘をついてもばれることであり、ホオリは肩を竦める。
「あんたの顕現に嘘は吐けないしな。軍のお仲間に対しては裏切れない思いはわかる。だが、完全に余所者が大きな顔してるのは、違うと思ってはいないか?」
「あぁ、自らの役割を弁えず、心血注ぐ者を嗤うような不届きな態度には虫唾が走る」
アヤツは誰を指すのかを察して答えると、揃って頷き合う。
「俺はツキモリをどうにか魔王の側から排除したい」
「同じ思いだ。あのような者を近づけても害にしかならない」
カタシハの撤退に続いて、利害の一致が起きた。
「で、そうなるとツキモリの名前が、予言に入ってた場合だ」
「今回の夜襲と、重ねて別の意味が?」
「だって、俺の名には火がつく。高殿に当たる名はないが、高い、上と考えると三傑のカサガミが相当する。そして、月だ」
「確かにそこの三行が固まりだと思えば。どう読む?」
「単純に、俺が活躍すると結果悪くなる。カサガミが功績を上げると悪くなる。そして、世が混迷するほどツキモリは調子づく」
「そうだな、そう読める。なんとも予言は難解だ」
「深読みの可能性はあるが、ツキモリを排除するなら昼に、正攻法で」
「つまり、ツキモリの排除には私が動くべきだと?」
アヤツにホオリは笑って見せる。
勇者として魔王と敵対するなら、正攻法などできない。
アヤツであれば、勇者を敵として正攻法で排除ができる。
「もちろん、表でやれないが俺も協力は惜しまない」
「やはり策士ではないか。自らが表に出られない理由と、予言に従うという体裁の上で私を使おうとしている」
「ははは、使われてくれるほど温い相手だとは思っていないさ」
ホオリの言葉に、アヤツは口元を覆って俯いた。
考えるような仕草に、ホオリはじっと見据えて思いを口にする。
「果たし継ふ統ばるの影。ことを成して終わりじゃない。勇者は魔王と戦うためにいる。だが、その後の国を思えば、俺たちも命を懸ける甲斐もある」
「…………そこまで、思い決めているのか、勇者たちは」
「少なくとも、命を惜しむことは恥だな。勇者として名を知られている以上、何も果たさず帰れはしないさ」
「そうか、どうやら私は勇者という者たちを侮っていたようだ」
「ま、俺はこうして隠れて動いてるしかないからしょうがない。だが、他の奴らは本気だ」
ホオリの言葉にアヤツも頷く。
そして三面鏡を確かめてもう一度頷いた。
それからツキモリ排除に関して策謀を話し合い、ホオリが気づく。
「火が増えた。勇者が合流したんだろう。そろそろお互い仲間を引き離そう」
「あぁ、これ以上の犠牲はいらない」
そう言ってホオリとアヤツは歩み寄ることはなく離れて行った。
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