三十四話:大将の堅葉2
夜襲によって、大将カタシハとの戦いが始まった。
想定どおり戦いを挑むと、応じた上でシオンの助太刀にも物言いはなし。
どころか、動きだけでメイに戦う力ないと察して怒り出した。
「巫女と持ち上げられて驕ったか!? 戦いも知らぬ女子供が我が前に立つな!」
「ぐ…………!」
振られる槌の早さと取り回しの鋭さに、シオンは顕現の七支刀で受け流すのがやっとだ。
それもメイが力を上げる領巾の能力あってこそ。
(ただの太刀でメイもいなければ、相対することも難しい相手か)
シオンは自らの力不足をわかっていて、カタシハの罵声に反論はしない。
その上で、メイには決して攻撃が向かわないよう立ち回った。
さらには隙あらば七支刀の燃える枝を、カタシハの手に当てようと試みる。
細やかな反撃であり、火傷にしても与える影響は軽微。
ただその行動が、七支刀という顕現の形と相まって、カタシハに警戒を呼んだ。
シオンが火を当てようとする度に、カタシハは顕現による能力を疑い退くことで、なんとか時間稼ぎだけはできている。
「シオン! 大丈夫?」
「大丈夫、まだやれる」
カタシハのほうから距離を取られ、シオンも間を開けると、メイが心配の声をかけた。
さらに領巾で包んですぐさま強化をかけ直し、軽いけがなら治してしまう。
ただ力を強めても、怪我を治しても、消費した体力や気力は戻らない。
それでも少しずつ退く距離をあけることで、カタシハを引き寄せる。
孤立させるためにギリギリの戦いだった。
「…………何者だ、娘?」
シオンの呼吸の隙を突いて距離を詰めたカタシハは、槌の一撃を見舞う。
しかしシオンは七支刀を横から当てたことで、勢いと狙いを逸し致命傷を避けた。
地面を揺らす一撃を凌ぎ、シオンは構え直すとカタシハを見据える。
「これほどの使い手の噂も聞かぬ。それほど面妖な顕現であれば話にも上ろう」
「記憶がない。故に知らない。ただ、今は巫女の従者をしている」
偽る必要もなく答えたシオン。
聞いたカタシハは、見定めるように容赦なく連撃で槌を振る。
シオンは辛くもいなしてまた退き、短く息を整えた。
「慣れている、死線に。だがそれほどの者などこの国では聞こえない。しかし勇者でも巫女でもないのなら、その腕は惜しい」
「何?」
またカタシハが打ち込む。
シオンは受け流して横を抜けると背中を狙うと見せかけて、またメイを背に庇う位置に戻った。
カタシハに勝っているのは速度だけ。
それを生かして立ち回り、槌を受けず、メイに届かせず、シオンは立ち回る。
その様子にカタシハは頷いた。
「やはり、それほどの腕前で顕現が戦いに向かないのならば、いっそ我らの軍に入れ。そうすれば振るうに値する得物を得られるぞ」
突然の勧誘だがカタシハが最初に見せた怒りは、シオンと立ち会う中で消えている。
ただシオンは静かに答えた。
「確かに魔王と呼ばれる者に思うこともない。故に私の友も共に行くのであれば考えよう」
メイが驚くと、カタシハも友が誰かを察して息を吐く。
「なるほど、野暮だったか」
「この剣を振る意味は、すでに定めた」
「迷いがあるように思えたが、記憶というよりどころがないためか」
シオンは見透かされていたことに驚きながら、カタシハの振る槌の柄に七支刀を滑らせ、切り上げようとした。
しかしカタシハはすぐさま槌を切り返して七支刀を防ぐ。
どころか、槌を回してシオンの腕を折りにきた。
刹那の判断でシオンは七支刀を手放し、腕の安全を確保する。
それだけでは終わらず、シオンは足で七支刀を蹴り、その柄を掴んだ。
得物を掴んで構え直す隙を狙って振り下ろされる槌。
シオンは転がって避けると、メイを守る位置に戻るためカタシハに果敢に攻撃を再開した。
ただシオンが避けられる前提で振った刃は、予想外に反応がなく、カタシハの腕を確かに切りつけた。
「む…………、そうか、薬が切れたか。ふん、好調が普段に戻っただけよ」
カタシハは一人呟いて、すぐにシオンに槌を振る。
それまでの鋭さはないが、それでも確かな技量が曇るほどでもない。
少しの隙、その程度。
その程度だと、打ち合っていたシオンも思った。
だが、月明りにカタシハに起きた異変は目に見えるほどになる。
「はぁ、はぁ、なんだ?」
「どうしたの?」
カタシハが息を切らせているのは、メイから見ても確かだ。
突然の不調に、シオンも警戒してメイのほうへと退く。
「怪我ではない。ただ病にしても、今まで全く前兆もなかった。薬がと呟いていたから、それ?」
「えっと、体壊してて薬に頼ってて? つまり病人?」
「いや、そんな雰囲気ではない。今いきなり体調不良になったような感じだ」
悠長に話す姿に、カタシハは攻めに動くが、呼吸は乱れて重心がぶれる。
それをシオンが見逃す理由もなく、七支刀に灯った火でカタシハの腕を焙った。
そうして火が触れた瞬間、カタシハから煤のような黒が散る。
「え、今のって鬼女の? 鬼女を攻撃した時に出る、あれだよね?」
「なんだと?」
驚くメイに、カタシハ自身驚いて自身の腕を確かめるために初めて引いた。
状況の変化に、シオンはカタシハを改めて見る。
「あながち間違っていないかもしれない。大将どのの顕現が小さくなっている。まるで、鬼女に弱らされる者のように」
カタシハの槌はその長さと大きさがひと回り小さくなっていた。
それは鬼女に触れたカガヤの顕現でも同じことが起きており、体の不調も同じ。
命を枯らす鬼女によって、その命を脅かされた者の症状だった。
「何故だ!? 周辺に鬼女などいないはず?」
カタシハもわからず辺りを警戒するが、すでに陣は遠く相対するシオンとメイしかいない。
思いのほか引き離されていたことに気づいたカタシハは、一歩足を引く。
ただそこに足音が迫ってきた。
「状況報せろ!」
声はジンダユウだと判別して、シオンが答える。
「大将どのが不調だ」
「はぁ!?」
「ほざけ!」
シオンの返答にジンダユウが驚きの声を上げた。
しかしカタシハは強がりを口にしてまた槌を振るう。
その強がりは全くのこけおどしでもなく、カタシハは少しずつ弱った今の自身の力を振るうために立ち回りを変えていった。
「無理を、すべきではないはずだ」
力量差が少し縮んだだけとは言え、シオンは槌を受けないよう捌き忠告する。
シオンに答えず、カタシハは一度止められた槌を力で押し切って、近づく新手にも半身を向けた。
ジンダユウはシオンと挟む形に立つ。
カタシハが向かってくると、すぐさま鞆を使って大盾の顕現を持つ仲間を召喚。
一撃を防ぐとその後ろからケンノシンが飛び出した。
「何!? 勇者が二人だと? 我が兵はどうした!」
「こちらの援軍に任せた」
ケンノシンが鉾を使って、カタシハの腹を狙う。
槌よりも取り回しが早く、鋭い突きの連撃にカタシハも守りに入った。
ジンダユウがシオンとメイに聞かせるためにも状況を教える。
「本当に状況さえ整えれば予言は現実になるらしい。夜明けを想定してた援軍が、無理押して夜の内に来やがったんだよ」
「馬鹿な! 勇者であれば止めるためにアヤツが向かったはずだ!」
槌を大きく振って牽制するカタシハに、ケンノシンは一度退いた次の瞬間、矢のように鋭く距離を詰めて鉾を突き出した。
「三傑であれば、別の者を追って離れた」
「ぐぅ!」
危うく首筋を切られそうになってカタシハは、大きく体を逸らして体勢を崩す。
それでも身を返してケンノシンの続く攻撃を避けると、自らもまた槌を振るった。
体調も不良、多勢、仲間もなし。
そんな状況で、カタシハは戦うことを辞めない。
「なんで…………?」
「鬼女はいないとなれば、カタシハは何かしかけられたのかもしれない」
メイの困惑の声に、シオンはいつでも加勢に出られる体勢を維持して告げる。
ただ仕かけるために近づける者が、魔王軍の内部にしかいないことは口にしなかった。
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