三十三話:大将の堅葉1
夕方に、ジンダユウが限られた者たちを呼び集めて話し合いを始めた。
「外からの連絡で、退いたアヤツはこっちの救援の足止めに向かったらしい。もしアヤツの目を盗んで真っ直ぐ来られても、到着は夜明けだ」
シオンは当たり前の顔をして話を聞いているが、メイとミツクリは場違いを感じて小さくなっている。
年長者のケンノシンと、他指揮ができる隊長格は真剣に話を聞いていた。
「こっちは今さら顕現の力知ったとか言う抜けた巫女のお蔭で怪我人も減った」
「言い方」
メイの抗議を無視してジンダユウは続ける。
「それでもあの大将の攻撃はまずい。六台自体はまだもつが、上に作った建物がもう傾いでる。目に見える被害は士気にも影響する。矢もミツクリ以外はほぼ撃ち尽くした」
「予言に従い、夜襲をかけるべきだろう」
よろしくない状況にケンノシンが進言すれば、ミツクリが不安を挙げる。
「その予言、本当に当たるんすか? あと、シオンが言ってたけど、敵も同じって読める部分があるんだろ?」
「対ふ敵のたとしへなし。影見のほしきものぞ著く違えぬ。いづれもえやは影のうつしたる思ひ明かりてなむありける。私はこれを、敵も比べようがなく同じ状況。鏡写しではっきりと運も欲するものも同じ。互いに鏡の影を写したように、燃える思いははっきりある。そう読んだ」
意訳するシオンに、ケンノシンは異論を挙げた。
「いや、反語からの否定であるから、次の動詞を否定する。つまり、写せない、だ。互いに光を写せぬが、思いはただ燃えて照らしている、と私は解釈する」
「えっと、つまり、それはどういう意味になるの?」
「ざっくり言えば、思いが強いほうが勝つってことだろうな。後は、影見で鏡、つまりはそこに写ってるのに写せない。これは、今ここにいない奴のことを言ってるかもしれない」
困惑するメイに、ジンダユウがさらに別の解釈を挙げた。
意訳が増えるばかりで、古語のわからないメイとミツクリは顔を見合わせて黙る。
「いっそ、影という光を否定して、夜を指しているということはないだろうか?」
「いや、ここは動詞だ。だが、写せないとなると光のない夜ともとれるか」
「思いだけがあるっていうのも、なんか誰かの思惑絡んでるとも取れるな」
古語がわかるシオン、ケンノシン、ジンダユウで話し合い、それぞれに視線は暗く日も沈んだ外へと向いた。
「やはり夜だ」
「夜であるな」
「夜かぁ」
「話まとまった?」
メイが聞くと、ジンダユウが手を振って話し出す。
「これは巫女の予言だ。状況を揃えればそうなる。で、今はアヤツと離れたカタシハ一人。そして夜、で、今日は満月。こうまでなると、状況を揃えればってことにかけるしかない」
「向こうも兵は連れているが、カタシハはその攻城戦における武勇と裏腹に、白兵戦を好むともいう。夜襲で周囲を排除し、誘えば乗るだろう」
語るケンノシンに、ミツクリは賞賛の声を向けた。
「ケンさんよく知ってるっすね。大将なんて他人使うばっかりかと思ってたのに」
「そこは若者に任せてフラフラしてた分情報をな」
シオンは予言を遂行するにも、残る障害を挙げる。
「相手を釣りだすためには、夜襲の対応を捌く必要がある。そして夜襲がカタシハを必ず怒らせる上に、自ら勝負を挑んで、一人で相対しない状況を作らなければならない」
「え、勝負しろって言っておいて複数で勝負仕掛けるの? 無理じゃない? そんなの絶対受けてくれないよ」
言われたシオンが見つめることで、メイは自分を指した。
「も、もしかして、私?」
「もちろん私もいる。ただ複数でもいいと相手が乗る条件として、巫女は適してると思う」
シオンが言うと、ジンダユウは顎に手を当てて考える。
「夜襲をしかけて対応に出る兵を見送る。陣中に残った奴らは俺たちが対処する。そしてカタシハに巫女として勝負を挑む」
「性格からして怒るだろう。だが、怯むな。シオンが名乗りでて助太刀を申し入れろ。そして後退しつつ、仲間から引き離せ」
ケンノシンが真面目な顔で無茶を言うが、シオンは淡々と応じた。
「私とメイで釣りだしたところで、ミツクリは援護に回ってほしい。本当に女子供という理由で多数を受け入れるなら、日中飛矢を捌くことができた相手であるミツクリなら、侮る」
安全策とはわかっていても、多対一の上で侮られる状況にミツクリは渋面になる。
それにジンダユウが指を突きつけて言った。
「カタシハの顕現で攻められ続ければ、過去に落とされた城と同じ末路だ。そんなことになれば囲まれて逃げ場もない。だったら、可能性を掴む。ここで終わるわけにはいかない」
その言葉に、ジンダユウに従う隊長たちは頷き、ケンノシンは静かに応じる。
ミツクリも渋面から表情を引き締めると、ゆっくり頷いた。
シオンは怯えるメイを見て、あえて笑いかける。
「メイはすぐに退いてくれていい。でも、怪我をしたら治してくれると助かる」
「それは! もちろんするけど、怪我、しないでほしいな」
「さて、それは相手の腕次第だ」
特に気負った様子のないシオンに、ジンダユウは眉間を険しくした。
「正直、シオンの顕現は変だ。だからこそ相手が警戒もするだろう。その上、剣の腕は悪くない。凌ぐことだけに専念しろ。後は、ミツクリ。お前が退くための隙を作ってやれるかだ」
そんな打ち合わせをして、すぐに準備が始まる。
その間に、メイが離れるとシオンにジンダユウが近づいた。
「お前は巫女の従者を名乗れ。そうじゃなきゃ格好がつかない。相手にもされないぞ」
「わかっている」
「…………巫女は、殺させるな。記憶のないお前に言っても実感はないだろうが、巫女がこうして表に出てくるのを俺たちは、待っていたんだ」
シオンが見ると、ジンダユウは真剣な顔をしていた。
「言われずとも、私はメイに恩がある。魔王にも知られて、こうしてメイが合流した途端に軍を向けられた。その意味がわからないわけではない」
魔王は会って許した上で、放逐した。
しかし勇者と合流するや軍を発したのだ。
それは敵でないなら放置するがが、敵になるなら殺すという明確な意思表明。
敵だと判断された今、逃げたところでもはやこの国に居場所はない。
シオンは自分の支度を終えてメイのところへ向かった。
「メイ、準備は?」
「だ、大丈夫。はは、なんかいつもどおりのシオンの顔見たら、安心したかも」
「それは良かった」
そうして二人連れだって、夜襲のために集まった者たちの元へ向かう。
まずは気づかれないように六台を下った。
そして魔王軍の陣中を窺がい配置につく。
六台の上から位置は確認したため、シオンとメイはミツクリと共に、一番カタシハに近い場所で待機した。
「…………始まった」
「まだだ」
一緒にいるジンダユウが言うと、怒号の中ケンノシンが制止する。
「確実に兵が向こうへ回ってからだ」
争う音、喧噪、息を詰める緊張感が耳を弄する。
(静かだ)
シオンは自分のおかしさを自覚していた。
城を崩すほどの顕現を相手に、これから立ち回る。
隣のメイは月明りにも緊張で強張っているのが見えた。
だというのにシオン自身に焦燥も高揚もない。
(記憶と一緒の感情まで忘れたというよりも、私はこの戦いの空気を知っている?)
シオンの胸中は凪いでいる。
戦いを前に、何か感じることを麻痺させるような空虚さがあるほどだ。
とは言え、ともにいる者たちを攻撃されて思うことはあった。
戦意がないわけではないことを自ら確認して、シオンは肉刺のない手を握りしめる。
「今だ、ミツクリ」
ジンダユウの指示でミツクリが矢を連射した。
それによって陣中の松明が倒され一気に暗くなる。
そこにジンダユウとケンノシンが顕現を露わにしながら走り出た。
勇者二人による襲撃に騒ぎが広がり、即座に逃げる二人を追って人の足音が響くほどに夜の静寂をかき消す。
矢を射たミツクリも、射手として姿を隠すために移動を始め、さらに少数の追っ手を誘って離れて行った。
「…………行こう、メイ」
「う、うん」
暗い陣中ですぐさまカタシハが、近づくシオンとメイに気づくが、月光に照らされたその姿に青筋を立てる。
「未熟者が我が前に立つとは、ふざけているのか!」
怒りの大喝にメイは竦むが、シオンはなおも静かな胸の内に首を傾げた。
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