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三十二話:三傑の綾津4

「びっくりしたよ、もう!」


 六台の上に設けられた拠点で、メイがジンダユウに声を上げた。


「ははは、俺一人ならまずかったがな。ギリギリでケンさんも駆けつけてくれた」

「いやはや、所用で離れはしたが、軍が汽車を徴収したと聞いて慌てて戻ったのだ」


 魔王の軍に囲まれはしたが、ジンダユウたちの被害は家屋のみ。

 ジンダユウが救援要請を発したのは態のいい招集の理由だった。


 それでも軍による攻撃を受け、ケンノシン一人では打開できない。

 避難や防御に関してジンダユウが指揮できても、戦力の不足は賄えない。


「実際危なかったのは本当だ。こうでもしないと勇者ども動かない。予言も無事に開放された。だったらそのまま連れてきてくれるかと思ったんだ」

「そんなことせずとも、ミツクリは来る途中だったよ」


 シオンに言われたミツクリは視線を泳がせる。


「いや、俺なんて、その、今さら…………」

「何を言う。予言にもお主が立つ必要があることが書かれておろう」


 弱気なミツクリに、ケンノシンが呆れる。

 ジンダユウも空に浮かんだ予言を諳んじた。


「あさましく黙もあらん者あらば避らず。いたづらに甲斐なきは勇士なりけり。あれは勇士の中に戦わない者がいるなら全滅するってことだろ」

「それでいっそ全員を呼び寄せると言うのもどうかと思ったのだがな」


 全滅を予想していながら、ジンダユウの思い切りの良さに、ケンノシンも心配しつつも止めずにいた。

 結果としては、ミツクリはメイと共に戻り、攻められる反抗勢力は士気を上げている。

 ジンダユウは笑って余裕を見せた。


「妙に士気が低かったからな。これはいっそ集合の機会にすべきだと思ったわけだ。…………一人向かわば冥きにてなんて、単独行動してる奴がヤバいって話だしな」

「けっこう考えてるんだね、ジンダユウ。女の子を戦わせるだけの情けない奴かと」

「この田舎者は口の利き方を知らないなぁ!?」


 見直すメイにジンダユウは口の悪さで叩き返す。


「俺だってな、魔王軍に当たるなら予言全部集めて勝ち確定になってから当たるつもりだったわ!」

「情けな!?」

「いっそそこまで確かに言えるならすげぇ」


 呆れるメイとは逆に、ミツクリはいっそ感心する。

 ケンノシンは苦笑しながら言いつくろった。


「まぁ、兵を前にした時にはそれなりに繕えるので、いささかの情けなさも許せ」

「余裕は、あるのか? 私たちの合流が成功したのはあちらの警戒か士気の低さ。次もあるとは思えない。他の勇者が来たとして、各個撃破される可能性もある」


 シオンが現状を冷静に指摘すると、ケンノシンも真面目に応じた。


「三傑はあまり連携はせずにいる。しかし大将カタシハが出ているならば、三傑を呼び寄せることも可能となる」

「時間をかけると向こうに救援。味方呼んでも、こっちも押し返す準備は必須だ」


 ジンダユウも真面目になるので、メイは巻物を出して聞いた。


「これ、ここにどうにかできること書いてないの?」

「シオンに聞いた限りじゃ、だいぶ不穏だけど」


 ミツクリも言うが、ジンダユウは投げやりに答える。


「もうな、予言は何かを比喩にした名詞が多すぎるんだ。巫女が花ってのはわかったが、じゃあ、鏡は? 星は? 考えてもこの中にそれを示す答えがない」

「いや、動かない者がいるなら危ういというなら、暗い行く先に光を灯せとも取れる。そしてこの状況は敵にも共通していると思われる。対ふ敵のたとしへなし、敵と比べようもないとある。火が灯れば影が差し、高楼を築けば影が差す。月は暗い夜ほど明るい。私たち、もしくは敵のどちらが光りに当たるかは決まっていないということだろう。それと共に、この条件を整えれば、敵を冥きにおける」


 シオンの言葉にメイが広げた巻物に目が集まる。

 敵が死に瀕する状況を押しつけられるかもしれない、そんな考えに誰も無言になった。

 そこに雄叫びが届く。

 さらに急報が走り込んできた。


「ジンダユウ! 将が変わった、カタシハだ! 意気軒高に攻め寄せて来た!」


 状況が動いた。

 お行儀のいいアヤツと違い、ひたすら前進をする兵は退かないだろう勢い。

 魔王軍のその先陣に大将カタシハがいるという。


「押し込まれるな! 常に矢を尽きさせるな! 上が優位だ、焦るな!」


 ジンダユウが鼓舞して防衛を指示するが、ひときわ大きなざわめきと共に誰もが手を止めた。


 シオンとメイも外を見ると、銀髪の壮年の男が槌を握って六台の下にいる。

 壁のような六台に比べれば、小さすぎるほどの槌を振り下ろした。

 途端に足元から広がる衝撃。

 槌の顕現の力とはわかるが威力が規格外だ。


「くそ、落ち着け! すぐに矢を! この程度でかつての勇者が築いたこの六台が崩れるものか!」


 ジンダユウが自信ありげに声をかけ、仲間の動揺を鎮めにかかる。

 ただただ驚くシオンとメイに、ミツクリは顕現の靫を出して呟いた。


「あれが攻城兵器大将、カタシハか」

「何あれ。あんな顕現あるの? え、ハンマー振っただけだよね?」

「メイ、落ち着いて。攻め寄せられると危ないのはわかった。ミツクリ、カタシハを狙ったほうがいい」


 シオンは巻物を見て、気づいた様子で目を瞠る。


「火が灯り、高殿築き…………」

「明かりのない、高くない場所。そして月の輝くのは夜」


 同じく察したケンノシンに、シオンも目を合わせ推測を口にした。


「つまり、この攻撃を凌いで、夜襲を狙えと?」


 シオンの言葉にジンダユウが慌てた様子で戻る。


「待て。まずはミツクリ、お前の矢で牽制だ。他にもまだ手はある。早計に決めるな」

「と、ともかく、ミツクリの矢にできるもの探そう、おわ!」


 メイも言うが、途端にまたカタシハの槌が六台を揺らし、メイが転びかける。

 シオンが咄嗟に支えるが、周囲では軋む柱と人々の悲鳴が重なって響いた。


 ミツクリは手持ちの石や土塊で矢を作り牽制するも、どれもカタシハには当たらない。


「こっちの射る呼吸読まれてる! 俺の矢なら、槌の振りを止められるけど、当てられてくれないぜ!」

「ミツクリ、落ち着け。相手は歴戦。対処されることは覚悟の上で、振らせるな」


 焦るミツクリにケンノシンはしっかりとした声で助言をする。

 ジンダユウも二度目の揺れに怯える人々を鼓舞して声を張った。


 メイは不安そうに、シオンの腕に掴まったまま問う。


「わ、私たちにできることってなんだろう?」

「矢を補充する手伝いをしよう。さっき言ったように、ミツクリの矢にできる固いものを探すのもいい」


 メイが頷くと、シオンは共に矢の材料にできるものを探して走った。

 その間にジンダユウは立て直しと同時に防衛の練り直し、さらに救援としてくるだろう勇者の位置の割り出しなど、周囲に指示を飛ばす。

 そのジンダユウを補佐しつつ、指示出しを時折代わるケンノシン。

 ミツクリはひたすらに大将カタシハに槌を振らせないように矢を射た。

 そうして二刻。

 日が暮れると魔王軍も攻撃をやめて、野営のために兵を退く。


 ただ兵が退く間も、反抗勢力に当初の意気の高さはない。

 凌いだだけだという状況の悪さは、誰も肌で感じていた。

 そんな中、ミツクリは疲労と共に痛みに呻く。


「う、く…………」

「ミツクリ、って、指の皮むけてるじゃん! あ、待って。左手も真っ赤!」

「弓を引きすぎたんだろう。動かせるか? ともかく一度弓を放せ」


 メイが気づいて、シオンが強張ってしまったミツクリの手から弓を取る。


「どうしよう、薬とか包帯とか」

「いい、指覆われても、感覚鈍る、だけだから」

「だが、このままでは痛みで弓を引くどころではないだろう」


 心配するメイにミツクリは断る。

 シオンは眉を寄せて周囲を見た。

 ミツクリはカタシハを止められたからこそ、休みなく弓を引いた。

 それでも防衛が楽になることはなく、力を尽くした人々は疲労が滲む。


(長くはもたない。明日、勇者の救援があってから打って出るのは、やはり遅い)


 シオンはジンダユウとケンノシンが真剣に話し合ってるのも確認した。

 その間にメイが、ミツクリの皮がむけた右手を取る。


「あ、ともかく応急処置はしよう。私の顕現領巾だし、ちょっと巻いておくね。風当たってもひりひりするでしょ」

「いや、顕現ってそんな風に使うもんじゃないし。…………あれ、ちょっと痛みがひいた」

「メイ、領巾が光っているけど、何をしてるの?」

「え? あれ、本当だ。なんだろう?」


 戸惑うミツクリの言葉に振り返ったシオンは、メイの領巾が輝いていることを指摘する。

 ただ本人にもわからず領巾をミツクリの指から外すと、皮がむけていた指は元通りに回復していたのだった。


毎日更新

次回:大将の堅葉1

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