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三十一話:三傑の綾津3

 魔王軍、アヤツが率いる隊は拠点に立てこもるジンダユウを圧していた。

 ただ後方から所属不明の人馬が現れ、アヤツへと報せが走る。


「我が軍を攻撃? 南から来たのなら、動かなかった勇者か」


 アヤツは報告を聞いて考える様子を見せた。

 目の前には踏み荒らされた木の柵があり、反抗勢力の拠点となっている家屋にも、現在抵抗する者はいない。

 ただその先には、堅牢な壁にも似た六台がある。

 いち早く下の拠点を捨てて、勇者は六台の上に従う者たちと共に避難したのだ。

 見た目ほど、優勢を誇示できる状況ではない。


「数も、五十に満たない寡兵ですが、いかが致しましょう?」


 報告した兵は見るからに士気が低い。

 アヤツが懸念したとおりであり、寡兵相手に討伐報告ではなく対処の相談をしている。

 アヤツから見ても、戦いたくないと言っているようなものだ。


「このまま長期戦に持ち込んでも士気は下がるばかりだ。であれば、不確定要素を理由に一度退いて大将へご相談をさせていただこう」

「はは」


 兵がすぐさま応じてその命令のために走ると、周囲でも安堵の息が漏れる。

 アヤツはそれを見て苦笑いだ。


 アヤツは素早く兵を退いて、後方の大将カタシハの元へ向かった。


「慎重すぎるぞ、アヤツ!」


 予想できたカタシハの叱責に、アヤツは状況を説明する。


「一人と思われていた勇者が二人。さらに三人目も現れては当初の想定との乖離は明白。慎重を期すべき事由であると具申いたします」

「その三人目は少数であっただろう。即時捕えていれば兵を退く必要もあるまい」

「軍と知って、種数で向かってきたのです。それは死兵でしょう。受けてはこちらの兵を損耗させられ、ましてや低い士気をさらに落とします。そうなれば攻城戦などできません」

「だからこそ捕えて勢いを得る時だったのだ! 全く!」


 カタシハの叱責に、アヤツは頭を下げる。

 従容とした姿にカタシハもそれ以上は責めなかった。


 そこにトノが外から陣内にやって来る。


「落ち着かれてくださいませ。ただいま、新たな報が。僧坊の勇者が動いたとのことです」

「やはり、この戦いを勇者参集の契機にされたようですね」


 予想していたように言うアヤツに、カタシハは眉を上げた。


「つまり、三人目の時点で呼び出されたものと読んだのか?」

「憶測でしかなかったので…………」


 アヤツの言い分に、カタシハも黙る。

 救援があるならば無防備に背を向けるのは、背後を突かれる危険がある。

 死兵となって時間を稼ぐ者がいるならば、より危うい判断となっていただろう。


 叱責の気配がなくなったカタシハから、アヤツはトノに目を向ける。


「城にいらっしゃったはずでは?」

「報せがありましたので、お知らせに参りました」

「自ら? 危険です、すぐに都へお戻りになるべきだ」

「危険を前に職責を放棄するほど臆病ではございません」


 トノは居座ると言い放った上で、カタシハに現状について意見を上げる。


「六台は鬼女が触れても揺るがぬ特殊な地。そこに逃げ込まれる前に潰すべきでした」

「そうだな。その上で士気まで低いままとはいかんともしがたい」


 トノの言葉に、カタシハも一度は治めた叱責の気配を漂わせる。

 アヤツは眉間に皺を寄せて苦渋の表情を浮かべた。


「わかり切っていたことを対策せず、みすみす逃げ込まれたのは落ち度でございましょう。これは手心を加えたと言われても仕方ないことでは?」

「そのようなことは決して。お疑いならば、この戦いを今から一人でも敵の前に身を晒し、潔白を証明して見せましょう」


 責めるトノに、アヤツは命をかけると訴える。

 その言葉を受けて、アヤツに従う者も不快感のある目をトノに向けた。

 それを見てカタシハは手を振って見せる。


「いい。すぎたことなど今は良いのだ。それよりも、今後の話をする」


 言われて退くアヤツは、同時になんでもない顔のトノを見て、眉間の皺をより深めた。

 慎重すぎると檄していたカタシハも、トノが現れたことで沈静化している。


「おっしゃるとおり、慎重すぎたやもしれません。トノどのが言うように、臆病と見られたとすれば、我が不徳にて」


 反省の弁にカタシハは頷いて応じた。


「うむ、慎重にあたり負け知らずでよいこともあるが、今回は悪手であった」

「はは。つきましては今一度機会をいただきたく。そして私自ら先陣に立ちかの六台を登攀いたします」

「ま、待て待て。それは無謀だ。集中砲火を受けるだけだろう」


 突然の蛮勇に、カタシハが止めると、アヤツは苦笑を返す。


「私の顕現なら、集中砲火を受けることも可能であります」

「鏡と反射ですね。飛び道具や術にはめっぽうお強い。目立ち、狙われる場へ出ることは悪い判断ではないのでは?」


 危険に飛び込むことを推すトノに、アヤツは緩く首を横に振った。


「兵と並び鼓舞する大将のご威徳を少しでも真似ようとしたに過ぎない。そうして私が前に出ることで士気を少しでも上げようと考えたのだ」

「それは私のやり方であって、お前は冷静に相手の弱い所を見定めて攻めるべきだ」

「しかしそれで今回後手に回っております。この後に救援もあるのであれば、陛下のご命令を全うするために動くべきかと」


 アヤツの言葉にカタシハ考える様子を見せると、またトノが推す。


「よろしいのでは? 兵がそれでついて行かないほど統率がお粗末でもありません」

「トノ、煽るな」


 窘められてトノが引くと、カタシハはアヤツにも諭すように言った。


「焦るな。連携させねば良いのだ。であれば、後から来る者たちには足止めの隊を送る。籠る者たちには圧迫を続ける。一当たりするよう引き摺り出して、痛打を狙うのだ」

「では、やはり引き摺り出すためにも」

「待て」


 焦るように言うアヤツに、カタシハは溜め息を吐く。


「なんだ、慎重すぎると怒ったからか? そういうことではない」

「大将のお言葉まことにおっしゃるとおりであると愚考いたしました。それと共に予言によって、今以上に騒擾を起こす者が現れるのではないかと懸念があるのです」

「む、確かに。陛下を害そうという不埒者は他にもいよう。確かにここで時間を食うのはよろしくない」


 カタシハがアヤツの意見に傾きかけると、トノは引き戻すように言を上げた。


「六台は堅牢。慎重さも必要。単独で現れる救援を確実に狩ることを考えるべきです」

「それでは遅い。何より、私は陛下のお側に勇者が放置されていることにも懸念がある」


 アヤツの言葉にトノも否定できず口を閉じる。


「そうだな。確かにあれを城で好きにさせるのはいかん」


 カタシハは手を打って決を下す。


「よし、この戦いは早急に終わらせるぞ。前に出るのは私だ。アヤツは救援に現れる勇者を止めろ。そしてトノ、そなたは城へと戻り陛下に注進をせよ」

「いえ、私もここで」

「トノどの。大将がこの時に向けられた信頼を無下にされるのはいかがか?」


 諭すようなアヤツに、トノは黙れというように睨む。

 けれどカタシハが翻さないので、それ以上はトノも言えなかった。


 指示を出して陣中が慌ただしくなり、トノも都へと戻ることになる。

 カタシハの前を辞する時に、トノは六台を見上げた。


「…………メイ、あの時に死んでいれば。こんな騒乱の種になんてならなかったのに。本当に、鈍い子」


 独り言ちて陣中を出る。


 残ったカタシハに、アヤツは膝を進めて懐から巾着を出した。


「こちら、懇意にする薬師に作らせた気を強める薬でございます。このように飲み込むことで腹の底から熱を孕んで意気を高めるものとなります。実はこれもあって前に出ることも考えておりました」


 そう言って、アヤツは丸薬を一つ飲み込む。

 勧められたカタシハはアヤツが手に出す丸薬を一つ摘まんで飲み込んだ。


「ほう、確かに熱く。うむ、気力が湧くようだ」

「えぇ、顕現にも鋭さが増すとのこと。まぁ、私は鏡なのでその辺りは実感できぬのですが」

「はは、何見ておれ。手本を見せてやろう」

「その時私は後方の救援に対処しているので、惜しいことですが」

「それもそうか。では、結果で見せてやろう」

「はは、ありがたき。ただ薬が切れるとその勢いも削がれますのでお気を付けを」

「何、早急に終わらせれば良いのだ」


 カタシハは勢いづいて、顕現を露わにする。

 柄の長い槌の形をした顕現がうなりをあげて振るわれると、兵も意気を上げた。

 鏡の顕現ではできない士気の上げた方に、アヤツは苦笑を漏らす。


 それと同時に自らの兵にも指示を出し、陣外へと走らせたのだった。


毎日更新

次回:三傑の綾津4

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