三十話:三傑の綾津2
シオンとメイは、南の監視拠点である六台のふもとに戻っていた。
お堂で、二つ目の予言である巻物を開く。
「またわからない」
「読めない」
メイとミツクリは改めてみてもわからず肩を落とした。
護衛隊他、誰も古語に通じず、苦労して手に入れた分落胆している。
ただその中で、メイが顔を上げてシオンを見た。
「シオンは少しわかるんだっけ?」
「そう、かも。解釈は考えなければいけないだろうけど」
「じゃあ、まず最初のこの真十鏡って何かわかるっすか?」
ミツクリは最初も最初でつまずいていた。
「それは曇りのない鏡のことだ。そのまま読めば、鏡を見る者がいる。それは勇士の志を持つ者だ。志を果たして次に繫げる統率する者の姿だ」
「うん? どういう意味? あ、また花がどうこうみたいなたとえ?」
「たとえって、鏡が? それとも勇士の志とかなんとか?」
メイとミツクリが混乱するので、シオンは不安ながら推測を述べる。
「この勇士というのが、今の勇者の元じゃないかと思う。あと、次の段に夕星と出るから、統ばる影は、星である昴の光とかけたかも。そうなると星の光になるが、わざわざ統ばると書かれているし…………」
シオンも単語の意味はわかっても、文章としては考察が必要だった。
「ちなみに夕星って何、シオン?」
「宵の明星のこと。だから天道にたちたる夕星ぞ功しき者こそ急がるる、は夕暮れに雄々しい者ほど急げとなるかな? いや、焦る、か? ただその後はわからない。何もしない者がいたら避けようがない。何もできずに勇士は死ぬ」
「え!? それ勇者かもしれないんだろ?」
ミツクリが慌てて聞き返すが、シオンもあくまで推測としか言えない。
「まずは予言を首尾よく手に入れたと報せたほうがいい」
シオンに言われて、ミツクリは早馬を用意するよう指示を出す。
メイは細く流れるような筆で書かれた文字を睨んで頷いた。
「まぁ、私たちが考えるよりもジンダユウに見てもらうほうが早いよね」
「それでも気になる?」
「「気になる」」
目を離さないメイにシオンが聞けば、ミツクリも一緒になって返事をした。
「では次を一応考えよう。猛き者も暗々行きては影まどはしたる、は勇猛な者もはっきりせず進んでは迷う。だがその後が、ふみ行からざるべしさかしらに一人向かわば冥きにて、ふみはなんだ? 踏み行くべきではない、一人で行けば死ぬ?」
「あ、待って。ふみって、なんか知ってる。えっと。確かふみも見ず? そうだ、行ったこともない手紙も送ったこともないとか言う、掛詞を習った覚えある」
「そうなると、行くべきではないと、手紙が届かないをかけて、さかしらは小賢しい、差し出がましい…………一人出しゃばって、か」
メイの言葉でシオンは読み解きを進める。
「煤しくらに些かの明かし得うずれば、まばゆき松柏焚きてえるべし、は煤のように暗い中、少しの明かり、いや、潔白? 証が欲しければ、素晴らしく高貴な木でも、燃やして得なければ、いや、えるは選ぶか。何かを犠牲にしなければいけないという文脈にも読める」
「違うかもしれないけど、全然いい意味に聞こえないな」
ミツクリは死を想起させる読み解きに眉をしかめるが、シオンは続けて言った。
「対ふ敵のたとしへなし、影見のほしきものぞ著く違えぬ、いづれもえやは影のうつしたる思ひ明かりてなむありける。相対する敵は比べようがない。鏡で、ほしきとなると、これは星にかかるか。だったら、鏡写しのように運も欲するものも同じ。どちらも本物ではないが、思いは、火か。燃える思いは確かにある」
シオンは死の予兆がないことを見て、さらに続けた。
「火灯すがごと生ず影、高殿築くがごと差したる影、月影のさやけさよこそ闇けれ。火を灯すように影は生まれ、高楼を築くように影が差す。月光は夜の世の中が暗いほど輝く」
「不穏だぁ。勇者がなんだか死にそうで、一人で出しゃばっても死にそうで、少しでも良くしようとしたら何か選んで犠牲にして、敵も同じような状況で、明るくしても結局暗いって」
メイがまとめると、周囲も不安を表情に表す。
そこにミツクリが膝を打って注目を集めた。
「よし、これ以上考えてもわかんない。ともかくこれは、メイとシオンがジンダユウに」
「あれ、ミツクリも一緒に届けに行かないの?」
「え? いや、そんな今さら…………どんな顔して、会えばいいか…………」
メイから顔を背けるミツクリに、シオンは首を傾げる。
「共に鬼女を倒した。何を恥じる必要もない」
「いや、俺なんて、遠くからチクチクしただけで、あれで倒したなんて…………」
「ばっちり目を撃ち抜いてたじゃん」
言っても受け入れないミツクリを見て、メイはがっしり手を掴む。
シオンも遅れて反対の手を掴んだ。
「もうこのまま連れて行こう。馬を用意してくれ」
シオンの言葉に周囲は即応する。
「え、えぇ!? ちょっと待って、どんな顔して会えばいいのかわかんないって!」
ミツクリは抵抗するが、仲間からさえ追い出されるように拠点から出ることになった。
また護衛隊がついての移動となり、シオンたちは北上する。
魔王軍と会うこともなく、鬼女が現れることもなく平穏だったが、異変は起きた。
「あれは、向かわせた早馬?」
ミツクリが気づいて道の先を見晴るかす。
大きく手を振っていた早馬の使者は、息を切らせているが、それでも訴えた。
「きゅ、救援に、向かってくれ! 北の拠点が、魔王軍に!」
「な!? 予言二つ目開放とほぼ同時に動いてるのか!?」
ミツクリは、早馬が救援を求める使者と会ったことを聞いて驚く。
一つ目の予言の時点でジンダユウは守りを敷いた。
そしてほどなく二つ目の予言が空に現れ、魔王の城からの軍が発したという。
「率いる将は?」
「アヤツ、そして大将の旗も!」
ミツクリ他、護衛隊が目を剥く。
シオンはわからないなりに、状況が芳しくないことは察した。
「まずいのなら、行くか? それとも戻って隊を整える?」
「…………行こう。それだけの相手が来てるとなると、ジンダユウは削り切られるかも」
ミツクリの決定に全員が急いで荷を軽くした。
早馬は休みなく、南の拠点へと戻ることになる。
動かせるだけの兵を率いて、救援の本隊を用意するために。
シオンは手綱を握りしめて馬を走らせながら、メイに説明を求めた。
「辛いかもしれないけど、教えてほしい。アヤツと大将という者を知ってる?」
「アヤツは三傑で、カガヤよりずっとしっかりしてるって聞くよ。三傑でも強さ順だと、カサガミ、カガヤ、アヤツなんだって。けど、兵もしっかり使うし負け知らずって」
カガヤは独断専行もあり、負ける時には負けると、メイは揺れる馬の上で語る。
シオンも実際鬼女に単独で挑むカガヤを見ているので、強さと危うさは想像できた。
ただアヤツは全く別の戦い方をする将だ。
兵を指揮して戦術を考えるため、正面から戦うとなると一番やりにくい。
「それで、大将っていうのが、三傑の上の人。この人が、兵も使うし自分で戦っても強いって。三傑と違って、妖魔退治や鬼女探しで周辺動いてないからあとはよく知らないの」
「いや、まずい状況はよくわかった」
シオンは焦るミツクリたちの理由を理解して、さらに先を考えた。
馬を操ると、先を急ぐミツクリに並んで声をかける。
「ミツクリ、一度休みを取るべきだ。辿り着いても疲労で動けなければ意味がない」
「…………わかった」
ミツクリは焦りながらもシオンの助言を受け入れる。
急ぐためには、馬にも水が必要だった。
水場へ行って人も休む中、シオンは救援としてやれることを話し合うよう勧める。
「相手は軍だ。だったらこの少人数で行ってできることは限られる」
「何するの?」
「こちらには勇者と巫女がいるため、軍の一部を割いてでも追いたいはず」
「え、つまり私たちが囮になる感じ?」
メイが不安そうに聞き返すと、ミツクリは真剣に考えて意見を挙げた。
「それをしても逃げ果せるか、わからない。返り討ちにするには人が足りない。だったら、なんとかジンダユウに合流するほうを優先したい。新しい予言と巫女っていう、安心材料で耐える兵を鼓舞できると、思う…………」
安全圏から敵を誘い追われるか、敵中に斬り込んで味方と合流するか。
どちらも危険が付きまとうため、語るミツクリは語尾が弱くなった。
「じゃあ、ミツクリもしっかり勇者として背筋伸ばさないと」
メイは俯きそうになるミツクリの背中を叩く。
言い返そうとしたミツクリは、メイが緊張で強張ってるのを見て口を閉じた。
そのまま頷いて、護衛隊と打ち合わせに入る。
シオンは予言の犠牲がこの先生じる可能性を感じながらも、口にはしなかった。
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