二十九話:三傑の綾津1
高くそびえる魔王の城。
畳の敷かれた一室に呼び出された魔王軍三傑のアヤツは、呼び出した魔王軍大将であるカタシハと向き合って座っていた。
用件を聞いたアヤツは、苦い表情を浮かべる。
「陛下からのご命令だ。アヤツ、勇者率いる反抗勢力の討伐に向かえ」
「しかし、あれらは妖魔の討伐や、傷病の民を保護することもしており…………」
討伐には気乗りせず、アヤツは勇者の功を挙げる。
もちろん個人的な尺度だけではなく、現実的な問題も提示した。
「巫女を迎え反抗勢力が参集しているため潰せと言うだけでは、我が隊の者たちの士気が上がりません。争った経緯のあるカガヤと違い、我が隊はあの反抗勢力と争いになったことがないのです」
「まぁ、お前たちの隊は統率が取れているからな。カガヤは特に命令もしていないが、陛下を魔王などと罵倒する者がいたということで襲いかかったとか」
「それは、確かに罰せられてしかるべき不敬でしょう。しかし、まだ不安と不満で寄り集まるだけの者たちを討つなど、私には…………」
アヤツは民を討つことに反対していた。
カタシハもそう言うとわかっていて命じている。
「カガヤは陛下直々に命令を受けて、東へ行く。嵩上は鬼女発見の報告を受けて掃討に動いている。どちらに代わることもできまい」
カタシハの言い分にアヤツは考える。
カガヤは魔王直々の命令のため、その行動を覆せない。
三傑の一人カサガミは鬼女に立ち向かうという仕事もまた、重大だ。
時間稼ぎがやっとだったカガヤではできない掃討が、カサガミにはできる。
追い払うだけだが、人の町から引き離せるだけ三傑の中でもその力は抜けていた。
「たとえカガヤさまがいらっしゃったとしても、組織を相手になさるならば、アヤツさまが適任でいらっしゃいましょう」
最初からカタシハと共にいた女官が口を挟んだ。
話しながら書類を処理するカタシハの補助役を担い、終わった書類を片づけると、新たな書類をカタシハの前に出す。
また、足りない墨を足し、使った判の朱肉を拭いてとよく働いていた。
「トノどの…………貴殿はよろしいのか? 巫女は」
「陛下が討てと申しますのは反抗勢力。もし巫女が目の前に現れるようであればこの手で討ち果たしましょう。しかし軍の作戦行動に割って入るような無作法は致しません」
かつて巫女を処刑し損ねて、腹を切ったサクイシの領主。
その跡を継ぎ魔王に仕え、カタシハの業務を助ける女官、トノ。
アヤツは結論を先延ばしにするように、カタシハに話しかけた。
「カガヤは、何を仰せつかったのでしょう?」
「知らぬ。直接陛下から命じられ、そのまま城を出た。行く方向だけは確かめたがな」
「カガヤは陛下に傾倒しすぎておりはしませんか? 大将であるあなたに報告も出立の挨拶もなしとは」
真面目に憤るアヤツに、カタシハは笑ってみせる。
「そうした礼儀を弁える三傑は、お主のみだぞ」
「はぁ、カサガミもですか。無口ではありますが、言えばカガヤと違い聞くと思っていたのですが」
「その場ではな。このところ隊を置いて行くこともなくなったが、兵の運用など考えてはいない。組織での動きというのを覚える気はないのだろう。陛下に忠誠を誓い従順ではあるんだがな」
カタシハの愚痴にアヤツも応じる。
「それで言えば、カガヤは完全に自らの隊を掌握できずいますね。こちらにもカガヤの隊の者が不正を行ったと訴えが届いています」
「カガヤはそうした訴えが本当だとわかると、その場で処断してしまうから、こちらも事後報告になってな。扱いも雑なせいで兵の損耗も激しい」
「ですが、陛下への忠誠心であれば疑いようもなく」
トノの言葉に、愚痴をこぼしていたカタシハは頷く。
そしてアヤツに向かって言った。
「ただ忠誠だけでは兵を動かせぬ。組織を相手に、しかも攻城戦となる。それを指揮できるのはお前だけだ、アヤツ」
三傑と呼ばれる戦功をあげる者たちの中で、アヤツだけが兵の運用を弁えている。
三傑以下の将兵もいるが、それらでは勇者と呼ばれる戦力に対抗は難しい。
三傑と呼ばれるのは相応に武力を認められたからこそだ。
だがアヤツは首を横に振った。
「だからこそです。厳しい戦いの中、最初から士気の上がらない兵を率いて勝てる戦でもありますまい」
今のままでは勝てないと、自らの力不足を口にしたアヤツは、カタシハを見据える。
「どうか、大将においでいただけないでしょうか」
「私か?」
「我々も三傑と称される身。しかしその我々が届かぬ高みにおられるのが大将。まさに軍神に等しき武勇。その威光を浴びて兵を奮起させられればと思います」
誉め言葉を満更でもない様子で聞いたカタシハだが、それをトノが止めた。
「反乱勢力程度、軽々に大将であるあなたさまが出られる必要はございません。三傑と呼ばれる方が、そのような弱気でどうします。ましてや陛下はアヤツさまで足りるとのご判断」
「もちろん、陛下のご判断を疑うわけではない。しかし、それも常の力が出せるならばの話だ。言ったとおり反抗勢力と言われるが、我が隊の者どもはその悪なる行いを見ていない」
アヤツは滔々とトノに語る。
「常、私は従う者たちに、戦う理由はお国のため、民草のためと言っている。見合うだけの振る舞いをせよとも。そう言い聞かせたからこそ、今回のことに納得させ、意気をあげさせるだけの理由が見つからないのだ。故に、少々の弱気も覆す大将の威徳にお縋りしたい」
トノは止める言葉を挟むが、アヤツのほうが語りは堂々として強い。
その結果、カタシハは頷いた。
「うむ、他の不埒な勇者どもに、我らは退かぬと示すために私も出よう」
「はは、よろしくご鞭撻のほどをお願い申し上げます」
頭を下げて感謝するアヤツを、トノは眉間に力を込めて見据える。
トノがアヤツに釘を刺そうとしたそこに、慌ただしい足音が舞い込んだ。
室内には入らず、廊下に膝をつくと外から声がかけられる。
「失礼! すぐに南の空をお確かめください! 第二の予言が現れましてございます!」
「なんだと!?」
すぐにカタシハは南の見える部屋へ移動した。
続くアヤツを、トノは早口に詰める。
「自らの兵の損耗を嫌ってカタシハさまを盾にするおつもりですか? それが三傑と呼ばれる方のなさりようとは恥ずかしい」
「いや、誤解されるな。すべては私の不徳ながら、一所懸命に努めさせていただく」
アヤツは笑みで受け流した。
ただトノからすれば、その動揺のなさが欲得づくの策謀に思える。
カタシハに続いて移動する中、アヤツの従者が足早に近づき耳打ちをした。
「何? そうか、わかった。そちらの話も聞こう」
「今度はなんの悪だくみでございますか?」
予言を確かめずに離れるというアヤツの行動に、トノが棘のある問いを投げかける。
しかしアヤツは笑みだけで答えない。
さらに詰めようとしたそこに、カタシハがトノを読んだ。
「また古い言葉だ。トノ!」
「は、ただ今」
忠実に自身の疑念よりも呼び声に応じて離れるトノに、アヤツは苦笑する。
「妄信するばかりが解決策ではない」
そう呟くアヤツの視界の端に、勇者のツキモリの姿がよぎった。
南を見るためというには、周辺にツキモリが用のある場所などない。
しかも今は、南面の廊下から離れるように移動していった。
「ツキモリどの、いかがされた? 何故こちらに?」
アヤツが怪しんで声をかけると、ツキモリは笑って袖を振る。
「いやぁ、予言見てみたけどさっぱりわからないし、もういいかなって」
この近くにいた理由にはならない答え。
アヤツは疑いの目ながら、予言が消える前に、一度南の空を見ることを選んだ。
――真十鏡見る影勇士の志果たし継ふ統ばるの陰
天道にたちたる夕星ぞ功しき者こそ急がるる
あさましく黙もあらん者あらば避らず
いたづらに甲斐なきは勇士なりけり
猛き者も暗々行きては影まどはしたる
ふみ行からざるべしさかしらに一人向かわば冥きにて
煤しくらに些かの明かし得うずれば
まばゆき松柏焚きてえるべし
対ふ敵のたとしへなし
影見のほしきものぞ著く違えぬ
いづれもえやは影のうつしたる思ひ明かりてなむありける
火灯すがごと生ず影
高殿築くがごと差したる影
月影のさやけさよこそ闇けれ
アヤツが読み終えると同時に、空に浮かんだ予言は流れるように消えて行った。
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