二十八話:勇者の三造4
北西では暗い森の中に、予言は隠されていた。
南東では、暗く湿った洞窟の中を進むことになる。
滑る岩場を、それぞれが手を貸し合って降りた。
何処からか入る水がしとしとと音を立て、まるで雨の中を進むようにも思える。
どんどん下がると同時に水も増え、闇もまた深まって行く中、行く先に明かりを見た。
「なんでこんな暗い地下に、鳥?」
鬼女のいる場所に辿り着いて、メイはそう呟く。
メイが言うとおり、苛立たしげに羽ばたいているのは、長い尾を引きずり火を纏った、鳥の形をした鬼女だった。
長い首の先には角の生えた女のような顔があり、胸に空いた穴を挟むように胸のようなふくらみが見える。
「濡れて飛べなくなった鳥のようにも見える」
「いやいや、でかさ」
シオンが言うとミツクリがもっと気になる点があるはずだと突っ込む。
鬼女の大きさはやはり胴体部分が二間ほどあり、さらにそこから羽根の広さや、首の長さが加算され、見上げるほどに長大だ。
「まぁ、玄武と同じくらい大きいな、みたいなことは思うけど」
「ふむ、さしずめこちらは朱雀か」
「いや、そうっすけどぉ。本当に行くんすか?」
ミツクリは怯えではなく、メイを心配する様子で聞く。
「俺らも補助はする。けど、倒しきるとなるとメイだけしかあの朱雀に対抗できない」
「そうだな、ジンダユウは上手く気をひいて助けていた。その役回りは今回私がやろう」
「いやいや、無理だって。顕現で防げても削れたりはしないんだから。そこはちゃんと盾の顕現の奴を中心に考えてるから、シオンも無理すんな」
やる気を出すシオンに、ミツクリは気弱な発言とは裏腹に準備をしていた。
ただ、シオンとメイは顔を見合わせる。
「あれ? シオンとホオリの顕現って…………」
「あぁ、太刀では駄目だが顕現なら少し削ぐことはできる。そういうものだとばかり」
「え、削ぐ? 俺そんなことない、けどなぁ」
今度はミツクリが自信を失くして目を泳がせ始めた。
しかし護衛隊は揃って首を横に振り、ミツクリに追従する。
誰も巫女の顕現が特別だから、鬼女を倒せると思っていたのだ。
つまり、ホオリともども鬼女を削げることがおかしいと、今になってシオンは知った。
「もしかして、メイの顕現で強化されたから?」
「あ、そう言えばシオンにはいつもやってるよね」
「もしそうなら、メイ。この場の全員にいつもの力を強めることはできそう?」
「や、やってみないとわかんない」
距離を取ってメイが集中し始めると、ミツクリが拳を握って助言をする。
「顕現は心持ちだ。他人に影響を与える形の顕現は自信が大事だって聞いたことある。そうじゃないと他人をどうこうなんてできないもんだって」
「えー、自信なんてないよ」
メイが気弱なことを言った途端、広がっていた領巾が縮み始めた。
「メイ、今は集中して。いっそ、ジンダユウにできるなら自分もできるくらいの気持ちで」
「あ、それはできそう」
他人を巻き込む顕現として例に出したシオンの助言で、メイは笑ってもう一度集中する。
ほどなく、シオン一人を取り巻いていた領巾が巨大化。
全員を包むと、撫でるように動いて元の大きさに戻った。
「あれ、今のでできた?」
「ミツクリ、手を貸して」
「え、こう。うぉ!?」
不安そうなメイに、シオンはミツクリの手を握り、無理に引っ張る。
驚いたミツクリだが、一歩踏み出しただけで踏ん張った。
「うん、私の腕でミツクリを引き寄せられたなら大丈夫」
「た、確かに予想以上の力だった。今のこけると思ったけど、俺も止まれたし」
そのやり取りを見て護衛隊たちも軽く強化の影響を点検し始める。
問題ないとなって、それぞれが朱雀打倒のための配置についた。
三手に別れ、まず気を引くためシオンと護衛隊が動く。
次に遠距離から援護をするミツクリは一人、足場の確かな場所に陣取った。
そして最初に狙う羽根を攻撃するため、メイが護衛隊と一緒にシオンとは逆側へ。
「喰らえ、朱雀!」
ミツクリは鬼女討伐のために用意していた鋼の塊を靫に入れて、宣戦布告をした。
固い矢を複数掴むと、引き絞って放つ。
気づいた鬼女が首を動かし、目元をかすめるにとどめた。
ただその際に鬼女の表面から煤のような黒いものが散る。
「本当に削れた!? あ、休んでる暇ねぇ!」
驚くミツクリは慌てて次の矢を番える。
さらに朱雀が吠え猛って威嚇するのも気にせず、次々に矢を放った。
打ち尽くせばまた金属塊を靫に入れて矢を生成。
近くには運べる大きさの石も積んであり、滴る水さえ矢へと姿を変える。
勇者ミツクリに矢切れはない。
「今だ、走れ!」
シオンはミツクリに向かおうとする朱雀を横合いから護衛隊と共に急襲。
新手に朱雀はけたたましい声を上げて身を返し、身にまとう火も舞い上げる。
黒い体の中でも、鋭い蹴爪の見える足で襲いかかった。
しかしシオンたちも、一度切りつけては大きく下がるという戦法で致命傷を避ける。
体力は使うが、入れ代わり立ち代わりに気を引く、ジンダユウの戦法だ。
「よ、よぉし! 行こう!」
メイも、ミツクリとシオンが作った隙を使って、右側から襲う。
そしてメイが領巾を操って羽根に巻きつけた。
途端に朱雀は嫌がるように暴れ、今までの気を引くだけではシオンも援護ができなくなる。
しかしメイに集中した途端、朱雀の目はミツクリによって射抜かれた。
新たに激しい鳴き声を上げ暴れる朱雀。
その激しさに負けるように、右の羽根がメイの領巾が巻き付いたところから先がもげる。
メイは護衛隊たちに掴まれて、羽根を放さないようにしていたため、時間と動きで朱雀の羽根は浸食されていたのだ。
「ミツクリ、頼む! メイ! 入れ替われ!」
「う、うん!」
ミツクリは鋼の矢を打ち尽くして、今度は石の矢に変えていた。
一度目を射抜かれている朱雀は嫌がって、当たれば砕ける石の矢でも顔を背ける。
その隙に、シオンはメイと場所を入れ替えるため走った。
ただ走り出した途端、羽根が片方もがれたまま暴れたせいで朱雀は転倒し、メイの目の前に自ら首を出すようにして伏した。
「メイ、首を! そちらは羽根がないから集中して!」
「うん!」
シオンが作戦変更を告げると、メイは領巾で朱雀の首を狙う。
その間に起き上がろうとする朱雀を、シオンは護衛隊を二つにわけて片方は足の指を潰すように命じた。
(暴れる羽根に潰されずに気を引くなら少数でいい。それよりも、少しとは言え削れるからには、足を削ってまた体勢を崩せれば)
ただやはり、鬼女は触れれば死の可能性のある怪物。
メイを守る護衛隊も、シオンと共に戦う護衛隊も、暴れる朱雀に触れて苦しみもがく者が続出した。
「早く、早く、早く!」
メイは周囲で上がる苦しみの声に泣きそうになりながら、朱雀の首に巻いた領巾を引く。
ただ燃える鬼女に領巾を巻き付けるのは、メイ自身に内側から焼けるような苦痛を強いた。
それでも領巾で大きく削ぐメイを守るために立つ護衛隊が、また一人倒れる。
巫女の負担にならないよう、苦痛の声さえ噛み殺す気配に、メイは強く願った。
「もう、起きないで!」
途端に、領巾が複数に枝わかれし、朱雀の頭や胸、残った羽根の根元に巻き付いて行く。
暴れることさえ押さえ込むような領巾に、朱雀は目に見えて煤のような黒いものを盛大にまき散らして苦しむ。
その苦しむ動きがさらに領巾に身をこすりつけることとなり、結局朱雀は起き上がることなく首が落ちた。
瞬間、傷口から黒い煤が舞い上がり消えて行く。
鬼女の朱雀は見る間に形を崩すと同時に、辺りを照らしていた火も小さくなった。
黒い朱雀の残骸を挟んで、シオンとメイはお互いが無事に立っていることに安堵の息を吐く。
そこに、一人弓を弾いていたミツクリが走り寄って来た。
「あ、あぁ! 本当に、勝てたのか?」
「勝鬨を、と言いたいところだが、ここは火が消えれば冷える。すぐに予言を回収して外へ出よう」
「あ、そうだ。ばれるから逃げないといけないんだった」
呆然とするミツクリに、シオンは周囲で苦しむ者たちも抱えて撤退する準備を進言する。
メイも護衛隊たちに領巾を向けて、鬼女の影響を軽減させ始めた。
ただ予言の封印された石の社は、護衛隊の誰が手をかけても開かない。
メイが促されて手を伸ばせば、指が触れた途端に開き、また光が天へ上った。
ただ今回は、岩の天井に映し出されるのみ。
「これだったら、ばれないかな? あ、でももう火も消えたし出たほうがいっか」
「外がどうなってるかはわからないから、ともかく逃げるほうがいいと思う」
シオンの求めに、わからない顔の面々は揃って頷く。
メイはもちろん、ミツクリたちも、古語の教養は身につけていなかったため、天井に光る予言の意味はわからないのだった。
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