二十六話:勇者の三造2
予言を解放したが、読み解きに時間がかかる。
その間にシオンとメイは、挫けてしまったという勇者の元へ行くことになった。
「実はもう一つ予言の場所はわかっており、そこを見張る役をしているものの」…………」
「びびって、そこから動かないんだ。けつでも叩いてついでに予言も回収してきてくれ」
勇者のケンノシンとジンダユウにそう言って送り出されたシオンとメイは、馬を用意されていた。
行く先は北の端に近い拠点から、南の端へ。
「わ、私、乗れないよ? っていうか馬ってけっこう大きいね」
「どうやら私は乗れるらしい。メイ、一緒に行こう」
シオンが馬を操り、メイが一緒に乗ることになった。
(さて、また知らない自分を知ることになったな。少し感覚を、馴染ませる必要はありそうだが…………どうして私は馬に乗れる? 他にも乗れる者はいるし、珍しくはない、のか?)
護衛兼案内も馬に乗って同行する中、シオンは馬を操り考えるが答えはない。
馬も走り続けては疲労がたまり、水も馬の分多く必要となる。
急ぐにも限度のある旅の中、シオンは周囲の景色を遠く見た。
(やはり、雲も、大地も、人も、白い)
記憶のないシオンだが、それらに違和感がある。
もっと黒かった、もしくは色があったような気がするのだ。
考え込んでいると、メイが声をかける。
「シオン、ずっと景色見てるけど、何か思い出したりした?」
「ううん、何も。初めて見る景色だとしか。これだけ移動してるのにね」
「もしかして、ここじゃない所の人、とか?」
「否定はできないな。でも、そうなると私は密入国したことになる」
シオンが冗談めかすと、メイは曖昧に笑った。
そうして進み続けると、案内が声を上げた。
「巫女さま、従者さま、見えてきました」
鬼女を倒し、予言を回収したメイを、ジンダユウの配下で疑う者はいなくなっている。
それと同時に、予言にも語られる従者として、シオンの存在も受け入れられた。
案内が指す先には、壁のような大岩がある。
それはジンダユウが拠点にする六台と同じものだと見てわかった。
上空から見ることができれば六角形の形も同じだろう。
「あれって、もしかしてここだと珍しくないの?」
「いや、六つ同じものがあると言っていたから、その一つということだと思う」
メイにシオンが答えると、案内が教える。
「いや、高いし丈夫だしで見張るには打ってつけでしてね。ただ、魔王は六台への接近を禁じてるんで、魔王軍に見つかればすぐに追われます」
勇者のように魔王へ明確な叛意を持つ者くらいしか近づかないという。
近くにいるのを魔王軍に見つかれば連行もあるとも。
そうしていく先にはジンダユウの拠点よりも小規模な拠点があった。
案内によって中へ通され、導かれた先はお堂に似せて作られた建物。
人が集まるために余分な壁のない屋内に、一人の青年がいた。
「あ、どうも。わざわざ俺なんかのために、巫女が、へへ、お手数を…………」
「うわー」
「ずいぶん卑屈だな」
メイが呆れ、シオンも苦笑するしかない。
卑屈に頭を下げて、目も合わせない猫背の青年。
白い髪に赤い目、東雲色の着物を纏った勇者らしき青年は、そのまま喋らない。
見かねた案内がシオンとメイに紹介を始めた。
「こちら、勇者の三造さまで。実は、この地に降り立った時に、大変な目にお遭いになられたのです」
ミツクリは魔王打倒とその民の解放を志して上陸した。
土地の者に声をかけ、話を聞き、その境遇を哀れみ、励まして共に立とうと誘ったのだ。
そうして仲間を集めてジンダユウのように反抗勢力を組織しようとしたという。
「ところが、生活に困った者を助け、魔王軍に追われる者を助け、迫害された者を助けとしていたところ、助けた者が…………魔王軍を呼び込みまして」
「つまり、仲間に売られたのか」
「ぐふ…………!? は、はっきり、言うっすね」
事実を淡々と確認するシオンに、ミツクリは胸を押さえて呻く。
「で、もっとひどいことには、今まで助けてきた奴らが、ミツクリさまを裏切って、袋叩きにして魔王軍に差し出して命乞いしようとしたんですよ」
「えー、ひどすぎ。けど、まぁ、そうなるよね。ここの人たちだもん」
「うぅ、そうっすよね。はは、信じて騙された俺が馬鹿だったんだ…………」
メイの言葉に、床に顔がつきそうなほど項垂れるミツクリ。
メイもさすがに正直すぎたことで口を手で押さえてみるが、吐いた言葉は取り消せない。
そのまま案内から、命からがら逃げて、魔王打倒も民の救済も挫折してしまったミツクリの成り行きを聞いた。
聞き終わったシオンは一つ頷いた。
「助けて騙され裏切られたわけか。何一つ報われないな」
「へ、へへ…………はい」
ミツクリは自棄のように笑うが覇気もなく、肯定しておいて自ら傷つく。
「馬鹿だと思うか?」
「馬鹿でしょ、わかってるっす」
シオンの問いに、ミツクリは自嘲して答えた。
シオンはメイと目を見交わし、笑みを交わす。
「それなら私たちも同じ馬鹿だよね」
「そうだな」
「え?」
ミツクリがようやく顔を上げたことで、今度はシオンとメイが身の上話をした。
ジンダユウにしたように、お互いに出会った日のことから。
「魔王と会った? よく殺されずに済んだっすね」
「本当にね。けど、人をなんだと思ってるんだって感じの人で!」
「メイが怒ってしまって、魔王の前でカガヤと口喧嘩をしていた」
「えー、もういっそそれ、余裕じゃないっすか」
聞く側に回ったミツクリは、調子よく相槌を打つ。
そうして話し終えた時には、三人車座になっていた。
「どうやら、ミツクリは自信を失くしているだけのようだな」
「そうだね。けっこう喋るじゃん」
「え、いや…………調子こいてすみません」
途端に引くミツクリに、メイは気軽に笑いかける。
「大丈夫だって、戦えない顕現の私たちでもどうにかなったんだから」
「それに、自己卑下は言っても、他人を助けることを否定はしてないな」
「あ、本当だ。じゃあ、まだ助けられる人いるかもよ」
「少なくともここにいるな」
メイとシオンはさらに引こうとするミツクリに畳みかけた。
「だからさ、予言のために一緒に行ってほしいんだ」
「正直、私たちだけでは心もとない」
「それにここに人がいるの、ミツクリを頼ってでしょ」
「それなら、一度くらい応える気はないか?」
「あ、う…………その、えぇと…………」
ミツクリはすぐさま拒否もできず、迷う。
否定の言葉はないと見て、メイは膝立ちになると距離を詰めた。
そのまま手を取って、ミツクリを立たせる。
「行こう」
「でも」
「行ける行ける」
まだ迷うミツクリを、メイは雑な勢いで押す。
「ちょっと、女の子に頼られたら、胸張って嘘でも守るよって言ってよ」
「うん? そういうものなのか」
「シオンはどっちかって言うと言ってくれるほうだけど」
「もちろん、メイは守る」
「ひぇ、かっこよ」
照れるメイと一緒にミツクリも照れる。
「と言っても、言ったとおり私は記憶がないから知らないことばかりだ。少しでも知る者がほしい」
言われて、ミツクリは拳を握りまだ迷う。
けれど、その拳をシオンが握った。
異性との触れ合いにミツクリが頬に熱を集めると、シオンは真面目な表情で言い放つ。
「よし、迷ってるだけ無駄だ。行こう」
その言葉に、メイも片腕を突き上げて乗った。
「うんうん、行ける行ける。ゴーゴー!」
「え、ちょ!? 今なんかそんな雰囲気じゃなくなかったっすかー!?」
ミツクリの手をそれぞれに引いて、お堂から外へ。
案内役も止めない。
どころかすでに外には、一度中座した案内役に言われて、武装した人々が待っていた。
それは挫けたミツクリの下で働く者たち。
助けたのではなく、自ら集まった志ある者たちだった。
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