表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/80

二十五話:勇者の三造1

 反抗勢力の拠点に戻って改めて、シオンとメイはジンダユウと腰を据えて向き合う。


「その顕現は何か聞いてもいい?」


 シオンにジンダユウは手をかざすと、顕現の籠手を現した。


「古い防具の一種の鞆だ。これは仲間を一時的に目の前に読んで力を借りる」


 使い方によっては強いが、ジンダユウ自身に戦闘ができるわけではない顕現だった。


 そんな話をする広間で、メイは手にした巻物を板の間に広げる。

 ジンダユウも畳の上段の間から降りて、一緒になって巻物を覗いた。


「空に浮かんだ時も思ったけど…………読めない」


 メイが言うと、覗き込む勇者の仲間もほとんどが頷く。

 それにジンダユウが呆れ半分の表情で手を出した。


「貸せ。読んでやる。まったく字体が古いだけだろう」


――世の人は清げなりしをいみじかり咲きたる花を抓み取らむ

露が如くに咲ける故萎ゆること惜し枯るること惜し

種水撒かりせば次ふ花も咲きざるべし

よきもの撚りて尽くさば千歳を待ちなむ

花も移ろわで行く末の遥けし末え末えの怪し

あやなし高き君ことなかりけるに

鬼も花こそ見ぬふゆ間に

幸ふる地の香の隠るる

ひらけたる初花の暁の頃待ち居たれ

匂うや冬の閉ぢめを見つる

咲せむ方をながむれば灯る思ひもあらなん

往きつらむ救世の巫女の侘しければ

いみじき供を打ち連れまし

忍ぶることもなやましきに


「長…………。それにやっぱり意味がわからないよ。何これ古文?」

「千年以上前に書かれたなら、古いもの、だとは思うけど」


 メイは巻物に書かれた予言の内容を聞いても首をかしげる。

 それに対してシオンは困惑を浮かべた。


(意味が、わかる。私はこれを、かつて見たことでもあるのか?)


 ほとんどが予言の意味がわからない中、ジンダユウだけがわからないことを責める。


「全く、古い言葉とわかるくらいなら真面目に学んで教養を身につけてだな」

「古文なんて知ってても何に使うの。覚えてないよ」


 ジンダユウはこれ見よがしに巻物を指すが、メイは顔を背けた。


「ともかく、内容を確かめるべきだと思う。ほとんどが、わからないのだから」


 先に進めるシオンに、ジンダユウもメイの相手をやめた。


「まぁ、古い書き方だから、俺も段落が何処につくか不安だが。たぶん最初の四行で一文だ」

「たぶん、四、四、三、三でわかれる文章じゃないか、と思う」

「お、シオンは忘れてる割に文才でもあったのか。そうだな。それでいくと、最初の四行は美しい花を摘みすぎて、千年待たなきゃ花が咲かないって話だ。で、次の四行は花が枯れないのはおかしいし…………えーと」

「ことが、言と事にかかっているならば、君と呼ばれる高位の人物が代替わりもしない、詔もない、となると思う」

「あぁ、で、次の段のふゆ間は、冬と増ゆか。…………え、千年の間に鬼が増えるって予言じゃねぇか。その次もあんまりいい意味には取れないな。大地が疲弊しそうだ」


 シオンとジンダユウが読み解きを進める間、メイは黙って待つ。

 三行で一つになる部分は、花が咲けば冬が終わり何かしらの意識が生まれる。

 続く三行は旅立つ救世の巫女に供がいること、そしてなお過酷な旅になることが語られている。


「えー! 待って、よく意味わかんないけど、なんか不穏!」


 メイが嫌そうに声を上げた。

 それを皮切りに、周囲でもあれこれと憶測が上がる。


「灯る思いというのは、こうして決起する時期を指しているんじゃ?」

「香の隠るるって、隠れるは身分の高い人が死ぬ意味じゃなかった?」

「なぁ、代替わりしない高位の君って、どう考えても魔王だろ?」


 それぞれが好きに話していると、シオンとメイの頭上から声が降った。


「ふぅむ、騒がしいと思えば。なんと、予言を手にしたか、ジンダユウ」

「お、戻ったのか。おい、メイとシオン、勇者の賢之進だ。ケンさん、このメイが救世の巫女で鬼を浄化し、予言の封印を解いた」


 ジンダユウが自ら動いて席を作るのは、三人目の勇者。

 しかしホオリとジンダユウが青年という若者なのに対し、ケンノシンは壮年だ。

 松葉色の羽織を着た、茶色い髪の男だった。


「ほぉ、これは巫女どの。かような若い身で、よう決心くださった」


 ケンノシンはすぐに膝をついて、メイに頭を下げる。

 しかしメイは両手を振って慌てた。


「え、あの! わ、私まだ、戦うとか、そういうのは困るって言うか。え、っていうか、ジンダユウに比べてすっごいまともで、あ、勇者ってやっぱりジンダユウがおかしい?」

「おい!」


 慌てて喋るメイに、ジンダユウが怒りを含んだ声を上げる。

 ケンノシンは、メイの消極的な言葉に優しく微笑み、シオンに目を向けた。


「私は、メイに助けられたことで共にここまで来た。シオンと呼ばれている」

「ほう、つまり、いみじき供とは、そなたのことか」


 予言の巻物を読んで意味を理解したケンノシンがそう言うと、ジンダユウは膝に頬杖を突いて応じる。


「まぁ、美しいだか珍しいだかの巫女のお供なら、確かにシオンだな」

「私が、予言に?」

「え、そうなの?」


 驚くシオンとメイに、ケンノシンが顎をさすって巻物を見下ろす。


「私も国許で予言については聞いていた。思ったよりも比喩は多いが、合致する点もある」


 そう言って、ケンノシンは花と書かれた部分を指差した。


「予言では巫女を、花と例えるところがあり、また魔王の治世を冬ともたとえると。圧政の厳しさを冬に、そこからの解放を春にたとえることから、春の象徴として花を巫女にあてたのだと思っていたが、どうも違うようだ」

「ケンさんが言うとおり、花のほうが先に書かれてるな」

「あの、この抓み取らむとか、花が人だと考えると、なんか不穏なんだけど?」


 ジンダユウがケンノシンの言葉を肯定すると、メイが恐々と聞いた。

 シオンも予言を見直して、眉間に力を入れた。


「確かに、それで言えば次ふ花は、次の巫女が何かの不手際で現れなかったような。それに、撚りて尽くさばとは、あまりに不穏だ。誰かが巫女を殺して回ったように読める」


 あまりに不穏な言葉で、周囲ではざわめきが起きる。

 その中には、殺して回ったのは魔王ではという言葉が聞こえた。


 ケンノシンはジンダユウに水を向ける。


「この魔王の領域の記録はジンダユウの家が残していたな。そこに何かなかったか?」

「いや、巫女を狩るようなことは何も。ただもしかしたら、巫女の取り合いくらいは起こったかもな。魔王が立つ前は戦乱の世だった」

「つまり、巫女が現れるのは、千年待たずに済んだはずだった?」


 シオンはそう言って、種水撒かりせばという文字を指す。

 種も水も撒かなければ、次の花も咲かないという一文だ。

 花にたとえられる巫女のことであれば、種や水にたとえられる何がしかをせずに巫女が途絶えたと読める。


 そんな予言の解説を聞いて、メイも気になった部分に指を向けた。


「そう言えば花は抓むだけど、よきものは撚るって、意味違うの?」

「いや、こうして変えてあるならそもそも巫女とは違うよきものという何かだよ」

「普通に考えれば善人か、高価なものか…………」


 答えるシオンに続いて、ジンダユウも考える。

 ただケンノシンは考察を遮るように声をかけた。


「予言の判読には今しばらく時がかかろう。この微力を尽くして巫女の助けとなる所存。だが、少々力を貸していただきたいことがあるのだ。ある者に、声をかけてはいただけないか?」


 ジンダユウも気づいたように言った。


「あいつか。確かに若い女が声かけたほうがやる気になるかもな。俺が言っても変にひねやがって」

「お主は少し自重せい」


 ケンノシンは苦言を向けた上で、わからない顔のシオンとメイに向き直る。


「実は、一人勇者が難事に当たり挫けてしまっておるのだ」


 ケンノシンの願いは、巫女としてその勇者に声をかけ、また魔王に立ち向かうための勇気を与えてほしいというものだった。


「え、でも、私は魔王と敵対とかは、する気ないし…………」

「それでも、自らが勇者として選ばれ、この地に自らの意思で立ったことを思い出させてほしいのだ。そのためには、巫女どのが確かにいる、自ら勇者として選ばれた理由は確かにあるのだと示してしてほしい」

「う、うーん、私なんかがどうにかできるかなぁ」

「あのままではあまりに不憫だが、同じ勇者では自己卑下にしかならぬようなのでな」


 ケンノシンは年下に迷わず頭を下げる。

 その姿にメイは、声をかけるだけならと、応じたのだった。


毎日更新

次回:勇者の三造2

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ