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二十四話:勇者の尽太夫4

 予言を開放するためにシオンとメイは、ジンダユウが率いる護衛隊と共に移動を始めた。

 向かうは勇者の拠点の北西、人の手が入っていない原野を越え、その先に広がる森へ。


 薄明の中、森は日差しを遮り昼でも暗い。

 それでも下草は絡まり合い、繁茂し、人が通わない森は何処までも暗く、人々を飲み込むように広がっていた。


「本当に、こんな所に、予言、あるのぉ?」


 歩き疲れたメイが、息切れしつつ何もいない森の様子を疑う。

 ただの補助具としての杖を振って、ジンダユウがメイを振り返った。


「言っただろ。妖魔のいる原っぱを渡ったら、妖魔もいない森だと。理由はあれだ」


 ジンダユウはそう言って、杖で先を示す。

 護衛隊が合図を送って止まっていた。


 灌木に隠れて身を屈め、見た先には黒くお椀状の何かがいる。


「高さが二間はある。まさか」


 呟くシオンに、ジンダユウは眉間に皺を寄せて応じた。


「そのまさかだ。あれこそ特大の鬼女。玄武だ」


 ジンダユウの声と同時に、お椀のような影から首が二本伸びる。

 前後から伸びる首は異常に長く、お椀上の胴体の高さに並ぶ二間ほどがあった。

 そして首の先の顔はやはり女性のような形で、二本の角が見える。


「わ、私たちが倒したのより全然大きいじゃん」


 メイは震える声で竦むが、ジンダユウはいっそきっぱりと言った。


「いや、行ける。顕現の領巾が削ぐんだろう? 二間の大きさの人型の鬼女を削ぎ切った。だったらあの長く無防備な首もやれるはずだ」

「確かに首を落とした後の鬼女の動きは目に見えて鈍かったね」

「シオン、でも二つもあるんだよ?」


 メイは不安と恐怖でシオンの袖を握る。

 ジンダユウは今さらになって怯えるメイに溜め息を吐いた。


「ここで男を見せてみろ」

「女ですー」


 そんなことを言ってる間に、護衛隊は戦闘準備を始めている。

 すでにどう動くかは決めてあるため、メイも首を狙えと言う指示は受けていた。

 それでも不安を口にするのは、実物を目にした緊張と戦闘に慣れないための逃避。


(ジンダユウはそれにつき合ってくれているのか)


 戦闘準備を後に回してメイと話している状況に、シオンはジンダユウの指導者としての資質を見た気がした。


「あのな、自分だけがとか思うなよ。俺だって戦いに向かない顕現でここに来てんだよ。鬼女にとんでもなく効くならお前のほうがまだましだろうが」

「だから、やったら私が狙われるんだって。そんなのでジンダユウに護衛隊振りわけるとかひどすぎない?」


 本気で自らの安全を危惧してのジンダユウの言葉に、メイも本音で言い返す。

 シオンが自らの判断の成否を考えて様子を見ていると、護衛隊の一人が言いつくろいにやって来た。


「うるさいが、あれでも勇者で指揮は確かだ。従者さんは巫女さまを確かに守ってくれ」

「わかった」


 言っている内容は頼りないが、確かに信頼はされている。

 その事実は、魔王を恐れる人々の中で反抗勢力を作り維持する現状と合っていた。

 少なくとも巫女であるメイは予言を重視する以上は必要であり、悪いことにはならないだろうとシオンは考える。


 そうして玄武と名づけられた鬼女を囲むように配置が済んだ。

 シオンから見て右、玄武の弐と名づけた首を誘うため、護衛隊の一部が矢を射かける。


「鬼女は生きてるものの気配に反応する。だからこうして隠れてるのに、大した意味はない。迷うな。号令を出したら行け」

「うぅ、自分は私の後ろだからってぇ」

「メイ、私も走る。大丈夫だから」

「シオンー」


 メイはシオンに潤んだ目を向け、次いでジンダユウには蔑みの目を向けた。


「くそ、この勇者に対してなんて顔を。って、おい! 行くぞ!」


 話してる内に好機が生じた。

 弐の首が完全に伸びて、無防備だ。

 さらに玄武の壱と名づけたほうも、時をずらして攻撃し始めた護衛隊の誘導で、シオンたちが隠れる場所から顔を逸らす形になった。


 ジンダユウの指示で、まずシオンが飛び出し、その陰にメイとジンダユウが隠れる。

 さらに左右を挟む形で残りの護衛隊が走った。


「え、えぇい! 顕現!」


 まだ慣れないメイは掛け声とともに顕現を出し、さらに投げるような動作で伸ばして、壱の首に領巾を巻き付ける。

 途端に玄武の動かなかった胴体が大きく跳ねた。


「うわ、本当に効いてる。って、うぉ!? 出でよ!」


 ジンダユウはすぐさまメイを狙おうとする壱の首に慄きつつ、手にはめた鞆を向ける。

 途端に、鞆から飛び出す光は人の形を取り、大盾を構えた状態で壱の首の牙を押しとどめた。


「今だ! もう一度領巾を!」

「え? 何これ?」

「早くしろ! もう消える!」


 光の人物に戸惑うメイに、ジンダユウは慌てた様子で命じた。

 実際光の人物は、一撃を凌いだだけで体の半分が消えかけている。


 メイは慌てて領巾を壱の首の額に向けた。

 途端に嫌がるように壱の首が離れ、シオンたちも距離を取る。

 体勢を立て直しジンダユウは、口早に説明した。


「俺の顕現は仲間を遠くから一時的に召喚する。だが、俺自身にはなんの戦闘能力もない。この鞆も布でできた籠手だ。防御力さえないからな!」

「いや、けっこうすごいじゃん!」


 言いながら、メイは次の弐の首に向けて顕現を操る。

 すでに弐の首もメイを狙って蠢いていた。

 しかし護衛隊が、それぞれ顕現を使いメイが狙いやすいように攻撃を加えている。

 中には鬼女に触れてしまい、苦しみ倒れる者もいたが。


「気にするな! 助けたいなら今は鬼女をやれ!」

「う、うん!」


 助けようと目を向けるメイに、ジンダユウが叱るように言った。

 シオンも七支刀を出して、被害に目を向けないよう話しかけた。


「メイ、次に移動する間に強くできる? それと、他の人もできるなら」

「や、やってみる」

「まずは鬼女だ! 隙は一瞬だ、逃すな!」


 ジンダユウの指示でメイが攻撃のために領巾を動かした。

 追撃させないよう護衛隊も、玄武への攻撃を継続する。

 シオンも護衛隊を抜く攻撃を七支刀で受けて流し、メイを守った。


 ジンダユウは攻撃、回避、移動を目まぐるしく指示する。

 シオンたちは玄武の周囲をグルグル走り回るようにして戦うこととなった。


「はぁ、はぁ、はぁ…………。もうやだ」

「それは、こっちの、台詞だ…………。はぁ、はぁ」

「頑張ったね、メイ。ジンダユウも見事だ。我々の勝利だ!」


 息切れして立てない二人に代わって、シオンが黒い煤のように消える玄武を背に宣言した。

 護衛隊たちは少数鬼女との接触で苦痛を訴えているが、ほとんどが怪我もなく鬼女を討伐できている。


 今まで倒せもしなかった存在の討伐に、護衛隊は揃って歓声を上げた。


「はぁ…………。よし、さっさと予言を回収して、こんな暗い場所離れるぞ」

「メイ、どうする?」

「見たい。気になる」


 メイはシオンの手を借りて立ち上がると、ジンダユウに続く。

 動かなかった玄武の胴体の向こうには、古びた社があった。

 石を組んだ固いものだが、経年ですでに傾いている。


「この中に予言があるはず…………。って、開かないぞ?」

「え、鍵もないんだからそんなはずないでしょ。ちょっと、貸して」


 ジンダユウを押しのけてメイが手を伸ばした。

 指先が触れた途端、石を掘って作ったらしい扉は勝手に開く。

 瞬間、光が飛び出した。

 そして暗い森を突き抜け、寄り添う木々を吹き飛ばし、頭上の白い空が露わになる。


 薄明の空に、青墨のような色で文字が浮かび上がった。

 誰も言葉もなくその文字を追い、じっくりと見る時間をおいて、文字は吹き流れるように消えると、光となり開けたメイの手に降り注いだ。

 光が収まると、一本の巻物が現れている。


「…………完全に予言の開封がばれた! ずらかるぞ!」


 空に映し出されたことで事態を察したジンダユウは、そう号令をかけた。

 遅くはあっても素早く力強い号令に、シオンもメイも文句を言う余裕もなく従う。

 勝利を得た喜びもつかの間、救世の巫女と勇者の一行は、逃げるように暗い森を後にしたのだった。


毎日更新

次回:勇者の三造1

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