二十三話:勇者の尽太夫3
「お前、巫女の自覚あるならもっと自重を覚えろ。女としてもおしとやかなほうが」
「古ーい。そんな考え透けて見えたら、顔が良くても誰も振り向いてくれないよ」
「ふん、ご心配どうも。引く手数多だ」
半眼になるメイに、ジンダユウは誇らしげに髪をかき上げた。
同時に大きくため息を吐く。
「田舎娘が物を知らない、その上常識があるかと思った従者は記憶がない。ともかく、大前提から話すからよく聞け」
ジンダユウは胡坐をかいた膝を叩いて言った。
「まず魔王だ。あいつは千百五十年前、この陸を統一して国を建てた。それまでは大小さまざまな国が乱世を繰り広げてたんだ。そして国を建てる時に、魔王は自らを将軍として頼っていた王をその玉座から追い落とす不忠を成した」
「千年以上も前のことでしょ?」
不忠と責める言葉にメイが肩を竦めれば、ジンダユウは指を突きつける。
「そもそもの始まりが悪い。だったらその統治がいいわけがない」
「終わり良ければ全て良しって言うじゃん」
「なんだその無責任な言葉」
ジンダユウに言われて、メイは目を泳がせると口を閉じる。
ジンダユウは首を傾げつつ、魔王について続ける。
「有名な魔王の悪逆は、敵対者に対する無慈悲さだ。敵に従う者さえ許さず皆殺しにする。降伏した者も許さない。敵の肉親であれば獣に食わせ、敵の友人であればその肉を敵に食わせる。これは誇張じゃないぞ。実際に刑罰の記録として残ってる」
「うぇ…………」
「それはいつの話だ? 今なおやっているなら、町の平穏はおかしい」
あまりのことにメイが口を押えると、シオンは実際に見たこととの乖離を確認する。
「ま、国建てた初期の話だな。あと、民からの人気は、そうして殺した相手の財産や食料は全て民を養うために使ったからだ。ただそうして恩を受けたからには、行き過ぎた悪逆を止めるために諫言することもできなくなって今だろう」
魔王の治世は敵を殺しつくすところから始まったと、ジンダユウは語る。
そして魔王の国の人の出入りを禁止し、鎖国した。
「魔王の国から出て来られる者はいない。逆らえばかつての敵のように無残に殺される。そのくせ、魔王自身は突然この陸から離れて船団を引き連れ、他国の人間を攫って行く。さらには気に食わない者は小舟に乗せて島流し。二度と帰ることも許されない」
魔王の悪さを並べ立てるジンダユウだが、メイは違和感を上げた。
「じゃあ、鎖国してるのにどうやって勇者たち来たの? 六人いるんでしょ?」
「ヨウマルめ、口が軽い。…………簡単に言えば密入国だ」
「駄目じゃん」
「うるさい、お前は何処にきてるつもりだ」
ジンダユウは反抗勢力内部である周囲に顎を向ける。
シオンは周囲で話を聞くだけで口を挟まない反抗勢力を見回して聞いた。
「民に情けをかけるくらいはする王だから、内側から瓦解せず千年以上も保ってるの?」
「いや、敵対者に容赦ないから、そういう気骨がある奴は全部死んでるはずだ。で、情けをかけるわけでもない。魔王は民を雑草、臣下を害虫と呼ぶ」
「えー、何それ。カガヤが言ってたのってもしかして魔王の真似?」
メイの言葉に深く頷くジンダユウ。
シオンはじっとジンダユウを見ると、心に浮かんだことを口にした。
「ホオリと違って、ジンダユウには私怨を感じる」
「確かに。あ、もしかしてその攫うって言うのに身内が?」
「いや、そっちじゃない。この俺の祖に当たる方を魔王は不当にも追放したんだ!」
先祖の恨みに拳を握り、ジンダユウさらに別の話を始める。
「魔王が立つ前には台国という国があった。そこには清廉潔白な王がいたんだ。俺の祖先はその臣下で、それは公明正大に振る舞った。魔王に対しても戦乱を終わらせた正しい行いに対しては敬意を表しもした。さらに行き過ぎた暴虐には諫言をし、この国を良くしようと努めたんだ。だがそれを嫌って魔王に追放された!」
「はいはい」
拳を振るジンダユウに、メイはやる気なく応じる。
シオンも取り返しのつかない過去よりも先を考えた。
「それで、ホオリからジンダユウは予言を一つ見つけてるって聞いたのだけど?」
「おい、そこまでか…………」
ジンダユウはいっそそこまで明かされていることに警戒を示す。
しかしメイはホオリに言われてことをそのまま告げた。
「私、鬼女どうにかできる力があるから、予言確保するために鬼女倒さなきゃいけないなら力貸してあげてって」
ジンダユウは途端に眉を上げた。
「待て。まさか倒した鬼女の大きさはでかいのか?」
「え、えーと、メートルは使えないけど、尺もわかんないし」
メイの呟きに、シオンは拳を握ると、人差し指と親指を開いて見せる。
「一尺はこれだ」
「いや、それは半尺だ。その倍が一尺。なんだ、お前も実は田舎者か? 随分古い尺度だな」
ジンダユウに言われて、シオンはまた自身の記憶に不信を抱いて首を捻った。
「それが今の尺であれば尺の上、間だ。二間はあったと思う」
「つまり、人の身の丈の倍以上か。相当に大きな鬼女だ。それをどうにかできたと言うなら、確かにその力、使えるな」
「言い方がヤダ。助けてくださいって言って」
メイが口角を下げて我儘を言うと、ジンダユウは美丈夫と呼べる顔を歪める。
「はぁ? この勇者ジンダユウさまがその力使ってやるって言ってんだよ。巫女の癖に一人でふらつくわ、魔王軍の三傑の前に身を晒すわ、魔王の前に引き出されるわ。危機感も常識もぺらっぺらの巫女のためにぃ」
「よし、まずはこの邪悪な性根のジンダユウからどうにかしよう」
「おい! そこで拳を握るな! 噛みつくことしか知らん犬か!?」
「私が犬ならそっちは尻尾巻き込んでるくせに吠えることだけはやめない犬でしょ!」
幼稚な言い合いを横目に、シオンは話をまとめた。
「ともかく、予言を得るためにはメイの力を借りたいということでいいか?」
「そうだ、こうしちゃいられない。すぐに予言の確保のために動くぞ。お前たち、すぐ戦えるよう備えろ。必要なら水でも食事でも言え。おい!」
ジンダユウは言うや、声をかけて手を叩く。
途端に外で控えていた者たちが現れた。
「これより予言回収に向かう。予定していた者たちに声をかけろ。それと指揮に関して半刻後に打ち合わせを行う。あ、この巫女たちの世話をさせる。女衆にも声をかけろ」
今までのふざけたやり取りが嘘のように、ジンダユウは淀みなく命じる。
いくつもの指示を出しながら、人を動かす姿は頼もしくあった。
同時に自らの中で予定を立てて、次々と片づけるべきことを上げては並べるさまは、指導者としての威がある。
「なんか、別人みたい」
メイがひそひそとシオンに耳打ちする今、すでに蚊帳の外だ。
手配された世話係の女性が来るのを待つだけの二人は手持ち無沙汰だった。
「勇者というものをわざわざ予言で集めたのだもの。相応の資質が必要なんだと思う」
「予言、資質…………」
メイは不安そうに繰り返す。
予言で救世の巫女と言われ、巫女として生まれたとされるメイは、自身の資質に疑問を覚えたことが見てわかった。
「よし、それでは明日の朝に出発だ」
そんな中でジンダユウ、シオンとメイを見て告げる。
「どうやって鬼女を倒すのか、やり方は二刻後に聞く。それまではまずは休め」
「そうさせてもらおう。一応、こちらはあまり戦闘に適した顕現ではないから」
「もちろん護衛隊はつける。現場の判断で退くのもありだ」
柔軟に応じるジンダユウだったが、その言葉にシオンは違和感を覚えた。
「指揮は、ジンダユウではないのか?」
聞かれたジンダユウは無言。
周囲の者たちはジンダユウを見る。
視線を集めたジンダユウは、息を吐くと不敵に笑った。
「貴様らの奮戦を期待する!」
「女の子だけ行かせて自分は行かない気だー!」
メイが指を差して非難の声を上げる。
途端に人聞きの悪い指摘にジンダユウは慌てた。
「ば、馬鹿! 俺の顕現は戦いには向かないから、これは、その…………」
「それはこちらも同じだ。そしてまだ信頼も築けてはいない。私たちも前に出なければいけないことはわかっている。それなら、勇者として共に立ってほしい。少なくともホオリは身一つでそうしてくれた」
「あいつの顕現は刀だからだ!」
シオンが言っても見苦しく言い訳をするジンダユウ。
そんなジンダユウに反抗勢力の者たちが肩を押す。
「行って来い。手は貸すから頑張れ」
謎の言葉にジンダユウはジタバタするが、シオンとメイは意味がわからない。
それでもその言葉にジンダユウは言い返せなくなったのだった。
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