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二十二話:勇者の尽太夫2

 魔王の城を遥かに臨む地に、勇者が拠点を築き反抗勢力を組織した。

 その胆力は人々を驚かせ、それほどの実力と自信があるのだと期待させたのだ。


 シオンがそう思えるほどに、ジンダユウは居丈高だった。

 ただ少女のメイに殴り倒される程度には、貧弱でもある。


「全く、この俺の美しい顔の価値もわからないのか、この田舎娘は」

「うん、顔が良くても表情が腹立つから殴ってもいい気がするよ」


 メイの切り返しに、周囲のジンダユウに従う者たちの中に頷く者がいる。

 その人望さえ疑えそうな状況に、シオンは首を傾げた。


「顔かたちの美しさを否定はしないが、それに価値があるのだろうか?」

「…………シオン、もしかして自分の顔わかってない?」

「そういえば、自分の顔を見たことがないな」

「はぁ?」


 メイとシオンの会話は記憶喪失故だが、知らないジンダユウは声を上げた。


 拠点の入り口から奥へ歩きつつ、ジンダユウは呆れたように手を振る。


「やはり野蛮な奴の連れもまた変な奴か。年頃の女が鏡も見ないとは」

「まぁ、変わった経歴かもしれないな。だが、私は今のところ自分の名前も忘れてしまっている。常識に外れた行いは指摘してもらわなければわからないことを言っておこう」

「名前も? そんなことあるわけ、いや、そういえば過去の記録に気がふれるほどの酸鼻を尽くした状況に置かれた者は全てを忘れると…………」

「さて、起こされる前の記憶は何も。だからどんな状況だったかなどはわからないな」


 ジンダユウの不穏な言葉にも、シオンは変わらず応じた。


(記憶喪失って言うのが、巫女に取り入る嘘ってことはあり得るか? だが、嘘を吐くにしてももう少し取り繕いようはあるか)


 ジンダユウは疑いの目を向ける。

 メイもシオンも現状はただの不審者だ。


 それでも明確な敵とは言えない。

 何故なら勇者の敵は魔王だから。

 絶対強者の地位にいる相手が、こんな小娘を潜り込ませるわけがなかった。


「まぁ、覚えてないならこれは忘れるな。女子たるものは男を立てて三歩後ろを歩き、そのお陰を噛み締め…………」

「古。聞かなくていいよ、シオン」

「まぁ、腕力では劣るから、守って前に出てくれるなら感謝もしよう」

「いや、そうなった時は俺を守れ」

「駄目じゃん! なんか勇者か怪しくなってきた」


 メイが疑う言葉を吐くのに対して、シオンは周囲を見る。

 誰もジンダユウに道を譲り、指示を受けては走っていくのだ。


(少なくとも、この拠点を掌握しているのはこのジンダユウだ)


 そうして連れて行かれたのは、平屋だが大きな屋根に黒い瓦が葺かれた屋敷。

 畳が敷かれた一段高い上段の間に座ったジンダユウは、下の板間、下段の間に座るシオンとメイに手を向けた。


「よし、それじゃここまでのことをしっかりわかりやすく話せ。ヨウマルのこともな。あ、どうせならお前たちの出会いも、いや、処刑されかけた巫女がどう生き残ったかというところからか?」


 ジンダユウの言葉に、メイは肩を跳ね上げる。

 シオンは庇うようにジンダユウの指示に物申した。


「こちらは助力してくれたホオリの要請でここへ足を向けた。話すのはいいが、その分そちらも語ってもらう」

「ふん、組織の内側に入り込んで強気なのは、ものを知らないからか?」

「いや、魔王さえ認めた巫女であるメイの反感を、勇者が買うようなことをするとは思っていない」


 動揺もないシオンに、ジンダユウは鼻を鳴らす。


(猪突猛進な田舎娘に、頭の切れる従者か。ヨウマル、扱いあぐねてこっち回したんじゃないだろうな?)


 ジンダユウの無言は、シオンの指摘を認めているから。

 すでに魔王がメイを巫女だと他の目がある中で指摘したことは、シオンが告げていた。


「っていうか、なんで巫女ってそんなに疑うかな? 魔王は一発だったから、わかる人にはわかると思ったのに」

「今まで勇者の名に集まる者の中には、巫女を騙る者がいくらでもいたぞ」

「えぇ? なんでそんな危ないことするの?」

「巫女としてちやほやされたいんだろ」

「巫女だから閉じ込められて命狙われたのに、ちやほやなんてされるわけないじゃん」


 ジンダユウはメイの返しに眉を上げる。

 多くは予言に語られる救世の巫女に夢を見たからこそ、大事にされる、養ってもらえる、守ってもらえると思い込んで騙った。

 同時に、自らが巫女だと示すための自己顕示も、聞く前にやっていたのだ。

 しかしメイは常に受け身。

 そして、調べなければわからない、四年前に発覚するまで巫女がどんな扱いをされていたかを、当たり前のように口にした。


「…………そもそも、なんでお前は自分が巫女だと?」

「閉じ込められてる時は病気って言われてたけど、なんかその内実は巫女だってことを漏れ聞いた感じ? で、十二の時に突然巫女だから処刑するって連れ出されて、そのまま逃げた。だからいっそ、何があったら巫女なのか教えてほしいくらいだよ」


 メイはうんざりして言えば、シオンはここへ来た理由を口にする。


「ホオリは知らないようだった。ただここの勇者なら何か知っているかもしれないと」

「はぁ、やっぱりあいつ、俺に押しつけたな? 平民は知らないだろうが、上流の奴なら家が続く中で古い伝えもある。その中に、巫女として生まれた者の条件があるんだ」

「え、そうなんだ。だから…………」


 ジンダユウの答えに、メイは納得して考え込む。

 ただシオンは全くわからない。


「そういえば、巫女は今までどれくらいいたの?」

「この千年そうだと言われたのは、析石の巫女だけだ。魔王が現れてから、巫女も現れなくなったと言われている」

「つまりそれ以前の伝えで、メイは巫女だと言われた?」

「そうだ。魔王以前のずっと昔には二十年ごとくらいに現れてたらしいし、なんだったら、前の巫女が死んだら数年で次の巫女が生まれてたそうだ」


 ジンダユウの言葉にシオンはもちろんメイも目を瞠る。

 その様子に、ジンダユウは指を突きつけて言った。


「どれだけ世界が巫女の再来を待ち望んでたかわかったか? しかも予言で救世を謳われた巫女だ。魔王の圧政で苦しみ、余裕を失くし、隣人にも猜疑心を抱かなければ生活できないこの地の者たちもまた、長く待っていたんだろうよ」


 ジンダユウの指摘で、メイは竦む。

 シオンは他人の期待など気にしないかのように、元の話に戻した。


「それで、結局巫女はどうやってわかる?」

「はぁ、本当に知らないからこその度胸か、それ?」

「カガヤにはくそ度胸だと言われた」

「カガヤとも会ってるのか。生き延びるくらいの力はあるってことはわかった。で、巫女だがな、伝えに曰く、死して生まれた女児の身に、白き星の天より堕ちるは巫女の誕生なり。とのことだ」

「死んだ、女児…………」


 メイは何かを悟ったように呆然と呟くと、ジンダユウはその反応を見定めるように続けた。


「星が落ちると生き返るそうだ」


 メイは息を呑んで何も言わない。

 シオンは知らないからこそ、根本的な疑問を口にする。


「そういえば星を見ていない。白いのか?」

「一応教えておくが、黒いぞ」

「では、暗い夜ではより見えないだろう?」

「夜の暗さよりは少し明るいんだ。だから雲の向こうに見える。これも伝えだが、魔王が立ってから星は暗くなり出したという」


 初めて知った星の色に考え込むシオンを横目に、メイは微かな声で聞いた。


「シオンは、星は白いと思う?」

「白い? いや、光るもの、という気が、する。ただ私はやはり記憶に難があるからな」

「そっか…………」


 薄明に包まれた世界の星は黒い。

 昼に白い雲を透かして黒く見えるほどに。

 しかし夜になると空の暗さよりも少しだけ色が薄く、そこに星があるとわかる。


「変な世界だよね」

「お前らのほうが変で不信だからな。全くどうしてヨウマルは…………」

「そのヨウマルって呼び方なんで? なんか知ってるっぽい?」


 メイは飽きれるようなジンダユウを遮って、ホオリについて聞いた。


「知ってるも何も、あいつとは同じ陸の出身なんだよ。ホオリ ヨウマルが名前だ。ここに来るまでにともに船旅をした。陽気な馬鹿で同じ勇者としてどうかと思ったが、案の定ふらふらと」


 ジンダユウが知った風に語るが、シオンとメイは顔を見合わせる。


「落ち着いていて、きちんと考えもしているように思った」

「陽気って言うか、明るいのは確かだけど馬鹿ではないよね」

「ヨウマルのことはいい。この四年で少しは成長したかもしれん。だが、今度はそっちの話だ」


 ジンダユウに言われて、シオンとメイはお互いの出会いから話した。

 そしてカガヤに追われ、ホオリに助けられ、鬼女と戦い魔王と顔を合わせたことも。


 語れば改めて、波乱に満ちた数日のこと。

 そのあまりに無謀で運任せな行動に、ジンダユウは畳に倒れ伏してげんなりしていた。


毎日更新

次回:勇者の尽太夫3

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