二十一話:勇者の尽太夫1
小川が薄明の光に白く煌めきながら流れ、山々は青みを帯びて連なる。
なだらかな曲線の自然美が目を楽しませる情景の中に、直線的な異物があった。
異物を眺めるのは、シオンとメイの二人きり。
「えー、あれがホオリの言ってた六台ってやつ? 本当になんか台って感じだね」
「不思議だ。あんな大岩を成型したの? なんのために?」
見つめる先には巨大な壁のように、直線的な面を持つ岩山。
ただ上には城塞の黒い瓦が見えており、下にも木の柵と濠を巡らせた拠点が設置されている。
ホオリは巨大な壁のようなものが、六台と呼ばれることを教えた。
堅牢な一枚岩で高さもあり、勇者の拠点として攻めにくいとも言ったのだ。
そんなことを教えたホオリはすでに別れている。
これまでの旅では盗賊を退治したり、追剥を撃退したりと色々な冒険を共にした。
「そして東のほうにも同じくらいの高さが見えるのは、魔王の城と」
「ひゃー、山の上に天守の屋根見えるって、相当高いよね。同じような台に乗ってるらしいけど、それって向こうも攻めにくいんじゃない?」
遠く見晴るかす山の合間に見えるのは、距離があっても他に並ぶ高さの物がないからだ。
「ここに拠点を敷いた勇者は相当肝が太いんだろうね」
「こっちから見えるってことは向こうからも見えてるかもしれないしね」
言いながら、シオンとメイは勇者の一人が反抗勢力を築く六台へと近づく。
山ほどの高さのある、六角に成形された一枚岩。
その上に立つ城塞は、近づくほどに高く大きく見えた。
「何者だ! 止まれ!」
シオンとメイが近づくと、門番らしき者たちが誰何の声を上げる。
太鼓腹のような鎧を纏い、槍を持つ二人の声で、中からさらに他の武装した者が顔を覗かせた。
シオンとメイは顔を見合わせると、メイのほうが愛想笑いで応じる。
「あのー、勇者に会いに来ました。巫女でーす」
メイの言葉に沈黙が落ちる。
ただ次の瞬間、弾けるような笑いが起きた。
そこには侮りと嘲けりが確かに滲む。
「嘘を吐くにしても、もっとましな者を連れてきたらどうだ!」
「あっははは! 今までで一番みすぼらしい偽巫女じゃないか!」
「いや、よく見ると服はいいぞ! 一張羅か? ぶははは!」
拠点の者たちからすれば、メイは田舎者が背伸びしただけの少女に見えた。
あながち間違いではないため、余計にメイは恥ずかしさに肩を震わせる。
それを見たシオンは庇うように前に立った。
同時に、太刀に手をかける。
「…………帰りな。ここは小遣い稼ぎの場所じゃねぇ」
シオンの立ち姿に門番も警戒して、笑いをおさめた。
剣呑な雰囲気になるが、それで馬鹿にした笑いも収まり、シオンは問いかける。
「偽物がいたのだろうことは察する。だが、話も聞かずに嘲笑するのはあまりにこちらを軽んじている。そもそも何を持って巫女とするのか知っているのか?」
メイもその確証を知りたくて、シオンの後ろから顔を出すと答えを待った。
しかし門番やその仲間たちは、予想外なことを言われたと言わんばかりに顔を見合わせ、口々に言い合いだす。
「え、なんかそういう雰囲気あるもんじゃねぇか?」
「いや、予言だろ。勇者だって予言で決まったんだし」
「それで予言受けたって偽物いただろうが」
「巫女の予言だとしたら、誰も本当のところわからないだろ」
意見は出るが、誰も確証などない。
それを聞いてメイはがっくりした。
「えー、ここの人たちも知らないの? じゃあ、なんでホオリはあんなすぐ?」
「年齢、というにはそもそも巫女と知って閉じ込めた理由も不確かだね。ただホオリは浄化の力を見たからだろうとは思うよ」
ただそれは現時点では証明不能。
鬼女など、そうそういるものではない。
ましてや鬼女を連れてきて浄化を見せるようなことをしても、混乱を招くだけ。
勇者や魔王の別なく害するのが鬼女だ。
そんなものを呼び寄せただけで敵対行為でしかなかった。
「待て待て、今ホオリと言ったか? それは陽丸のことか?」
言って、門番の後ろに現れるのは、浅葱色の羽織を纏った身なりのいい青年。
(他が道を譲った? つまり、この組織でそれなりに上位の者か)
シオンは浅葱色の羽織の青年を観察する。
メイは素直に聞かれたことを復唱した。
「ヨウマル? それは知らないけど、ホオリは勇者のホオリだよ」
「だから、そいつの名前がヨウマルだ。あいつがお前を巫女だと言ったのか?」
浅葱色の羽織の青年は、ホオリの知り合いらしいことが口ぶりでわかる。
ただメイは最初に笑われたことから話すのを躊躇った。
シオンはそんなメイを見て、囁く。
「私が話そうか?」
「え、いいの?」
「かまわない。…………私たちは魔王軍に乱暴を働かされそうになるのを撃退した。そのせいでカガヤに目をつけられたが、その逃亡を助けてくれたのがホオリだ。だが、逃げた先で鬼女に遭った。追いついたカガヤと共に四人で鬼女と交戦。そしてこれを討伐している」
討伐の言葉にざわめきが起きた。
だが浅葱の青年は片眉を上げて、逆に疑う表情になる。
「その証明は? というか、ヨウマルはどうした?」
「カガヤが封印に来た魔王に報告し、私たちは魔王軍の兵を撃退したことは、討伐の功で許された。…………これ以上は、まずそちらの名前を聞いてからにしよう」
シオンはホオリについて話す前に、相手に水を向けた。
浅葱の青年は後ろに隠れたメイを一瞥し、シオンにいう。
「確認だ、巫女はそっちの田舎娘なんだな?」
「なんで私だけ田舎者扱い!?」
「立ち姿が雑すぎる」
「うぐ、確かになんかシオン背筋伸びて立ち方綺麗だけど」
「ありがとう?」
シオンは褒められたのかどうか迷いつつ礼を言う。
そのやり取りに浅葱の青年は嘆息を吐いた。
「はぁ、なんだこれ? 想像以上に想像以下だ。本当にこいつが巫女だと言うなら期待外れもいいところだ」
「はぁ!? こっちだって突然魔王にまで巫女って言われてわけわかんないんだけど!」
「はぁ!? もう魔王にばれてるのかよ! 少しは自重しろ!」
「うるさい! そんな余裕なかったもん! っていうか、誰!?」
メイが怒りで勢いづいてシオンに並ぶと、指を差された浅葱の青年は顎を上げて胸を張る。
「ふん、予言じゃしょうがない。よく聞け、この尽太夫さまこそ選ばれた勇者の中で最も高貴にして、民を導く尊貴な使命を帯び、今こそ魔王の圧政を終わらせ、世界の希望となる偉大な男!」
「うっわ…………。勇者だった」
「そうか、ジンダユウというのか」
メイはがっかりするが、シオンは名前を答えられたことに頷きを返した。
「私はシオン。こちらのメイに恩を受け、報いるためにその歩みを助ける者だ」
「つまり、なんの使命も役目もないおまけか」
居丈高なジンダユウに、メイは拳を握るが、シオンは手で制す。
「そうだ。そしてそのような役割を持つ者などごく少数。だからこそ、ジンダユウの周りにはその役割に期待して人が集まる。持たざる者を率いるならば、まさか私を嗤うまい?」
「…………なるほど、いい従者を連れているな」
「友達ですけどー?」
ジンダユウの言葉に、メイは唇を尖らせた。
その間にジンダユウが門番に手を振る。
それだけでシオンとメイは中へ入ることを許された。
「言っておくがまだ信じたわけじゃない。言うからには力を示せ」
「じゃあ、はい」
メイは返事と同時に、背を向けたジンダユウに握っていた拳を見舞う。
背中を殴打されたジンダユウはあっけなく地面に顔面から倒れた。
受け身も取れなかった無様さに、メイは目を瞠る。
「え、弱…………」
「もしや、こちらこそが偽物、影武者を使っていたのか?」
「あ、それだ」
「違う! 力の示し方が殴るってどんな野蛮人だ!?」
シオンの推測にメイは指を向けて納得した。
しかし地面から跳ね起きたジンダユウは、メイの乱暴さを元気に罵る。
(そういえば、さっきの自信に満ちた言葉の中に、力を誇示する台詞はなかったな)
シオンは存外正直なジンタユウに、メイが言い返す姿を見守ることにした。
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