二十話:旅立つ巫女4
白い空から漏れる薄明。
草木を揺らす微風が田畑を渡る。
「田畑は、こんなに広がってるものだろうか?」
「あー、育ちによっては珍しいよね」
「そうか? 何処もこんなものだろう?」
記憶喪失のシオンにメイが同意すると、ホオリは首を傾げた。
シオンでは、どちらの意見が一般的であるか、判断がつかない。
ただ道を進むごとに町から離れ、治安の維持に難儀することはわかっていた。
それでも田畑が荒らされもせず整えられている光景に、珍しさを感じたのだ。
(何故、私はこれを見慣れないように思うのだろう?)
シオンに記憶はないが、それでも感覚的には何か覚えがある。
考えていると、ホオリが別れ道で足を止めた。
シオンとメイが不思議そうに足を止めると、ホオリは振り返る。
「さて、改めて聞こうか」
ホオリはシオンとメイを見据えて言った。
「今回町を離れたのはカガヤのせいだ。まぁ、戻れない事情はわかる。だが、鬼女を前に一緒に戦ってくれた二人の勇気と義侠心は本物で、俺もそれに助けられた」
改めて言葉にするホオリの真剣さに、シオンとメイも続く言葉を待つ。
「だからこそ、これは勇者じゃなく俺個人の誠意だ。…………左の道の先には、別の町がある。見知らぬ土地で一からやるのは難しさがあるだろう。それにここは前の町からの噂も届く範囲だ。落ち着けるかは約束できない」
ホオリは右の道を指し、自らもそちらに立った。
「この先は、魔王の都へ向かう道になる。この陸の北の端だ。都の南西に、勇者ワタツミが拠点を築いて反抗勢力を集めてる」
ホオリはそう説明すると、シオンとメイに手を差し出す。
「悪く言えば、二人は魔王軍に認識されたからには大人しくするのが安全だ。ただ、できれば俺たちと一緒に戦ってほしい。千年以上も続く魔王の暴政を、止められるのは今しかないんだ」
「私は…………正直、戦えるとは思えない。けど、魔王軍は駄目だと、思う」
メイはなんとか応えようと、俯いて言葉に迷っていた。
(それに、魔王に見つかった。あの人の名前も出た。だったら、私には追っ手がかかる)
実際、処刑から逃げてすぐは、メイに追っ手がかかった。
この一、二年ほど追っ手はなかったメイだが、それも、ばれたからにはまた追っ手がかけられることは想像できる。
(あの町にはいられないし、別の町に行ってもたぶん魔王軍がまた関係ない人を巻き込んじゃうし。それは、嫌だな)
逃げるだけならできるからこそ、後味の悪い想像にメイは罪悪感を覚えた。
そしてホオリにぎこちなく笑って見せる。
「それに、予言も気になるし。見せてもらえるなら、見たいよ」
「そうか、ありがとう。きっと俺以外の勇者たちも、君を一番に守るよう動くはずだ。だから、戦いたくないと言うなら、はっきり言ってくれていい。俺たちは、勇者として戦うためにここに来たんだから」
「ホオリ、強いんだね」
メイからすれば戦うとはっきり言えることが、そもそも埒外だ。
戦うことをメイはわからない、知らない。
だから考えて、考えすぎて、怯えるしかなかった。
しかしホオリからはそんな胸中を推し量ることはできない。
自己卑下が含まれることを察することはできるが、同時にメイの賞賛に照れた様子で目を逸らす。
「そう正面から言われると、肯定もしにくいな」
気を取り直して、ホオリはシオンに目を向けた。
「それで、シオンはどうする?」
「どうする?」
「シオンについては追われる理由がないだろ」
言われたシオンは、思わぬことを聞いた様子で瞬きをする。
「私は、メイと一緒に行くつもりだったけど?」
「え!?」
言われたメイのほうが驚いて顔を上げた。
「で、でも、シオンは私みたいに巫女だからなんて理由もないし。魔王軍ヤバいし、魔王だってなんか怖いし」
「メイは、魔王を倒したい?」
「え、別に」
「じゃあ、苦しむ人を見たい?」
「それはヤダ」
「その思いは、間違ってないと私は思う。だから、メイの力になりたい。少しでも苦しむ人を見ないで済むように」
「…………うん、そうだね。そう、思うほうが戦うっていうより、いいな」
メイは頬を染めてシオンの言葉に賛同する。
そして俯くと、変わらず一緒にいてくれるシオンに礼を言った。
「ありが、とう」
「それに、メイが言ったとおり私も魔王軍は駄目だと思う」
記憶はないが感じる中に、シオンは魔王軍の狼藉は目に余るという思いがある。
カガヤは最低限身を張って役目を果たしていた。
その上で言えば、窃盗という確実な罪を犯した男を処断するのは職権の内だ。
(もしかして、町で派手に暴れて見せたのは、勇者のように組織立っていることを疑った?)
実際それでホオリは釣れている。
そう思いはするが、今はもう終わったことであり、確かめるすべもない。
シオンはホオリに向けても懸念を伝えた。
「旅になるんだろうが、正直心許ない。頼ることも多いだろうがよろしく頼む」
「あ、そうか。旅していかなきゃいけないんだよね。どうしよう、着の身着のままだよ。あそこ泥棒入るから持ち金は全部持ってきてるけど、そんなにないし」
メイが世知辛いことを言いながら、旅支度も整っていないことを心配する。
ホオリは逆にそのしっかりした様子に、笑って応じた。
「もちろん、任せてくれ。不自由はあるかもしれないが無事に届けることは約束する」
「そうか、では行こう。メイ」
「うん」
右の道に三人揃って踏み出した。
その様子にホオリは笑みを浮かべる。
「巫女が発った。これからだ」
「何?」
メイに聞かれたホオリは先を眺めて、首を横に振った。
「いや、実は俺も今回のことは成り行きでな」
困ったようにホオリはメイから顔を逸らす。
「誘っておいて恰好がつかないのはわかってるんだが、先約がある。たぶん連れて行けるのは拠点前くらいまで。そこから俺は別の用事を済ませに向かわなきゃならない」
「えー」
「用事を済ませたらちゃんと合流する。先に行って待っててくれ」
不安そうなメイへ、ホオリは拝むように手を合わせる。
「あと、巫女の旅立ちは、予言されてる。ここから、たぶん魔王が倒れるまでの予言に関して何か動きがあると思うんだ」
「…………知ってる。そっか、これからか。四年前がそうだと思ってた」
ホオリの言葉にはっとした様子のメイ。
ただシオンは首を傾げるしかない。
「予言に、巫女の旅立ちが語られているの? つまり、予言成就に向けて動き出したと他の者たちも考える?」
「それで言えば、勇者である俺たちがいる時点で動いてると思いたいな」
ホオリは、いっそ予言に向けて動き出したのだという確証がほしいという。
シオンが考える様子にメイは下から覗き込む。
「何か思い出した?」
「いや、何も。これから先行く場所に、縁でもあればいいんだが」
心許ない言いようのシオンに、ホオリは指を立てて見せる。
「あれはどうだ、魔王。都に縁があれば見たことあるかもしれない。記憶には?」
「ないな。あんな陰気な男、見れば忘れないと思う」
「ぶ、あはは。シオン言うねぇ」
「魔王を相手に陰気か。確かにそうだな」
怯えていたはずのメイの笑い声に、ホオリも口元を押さえて頷く。
軍に追われるかもしれない状況にあって、足取りは軽く、三人は進む。
旅立ちに後ろを振り返ることもない。
王が倒れるという、国が乱れる予言を見据えて、三人は旅立った。
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