十九話:旅立つ巫女3
魔王が治める陸、その首都。
石畳で整えられた道には線路が敷かれ、一両編成の路面電車が派手な車輪の音を立てて闊歩する。
そんな最新の道の向こうには、木造の高下駄太鼓橋もあり、新旧の街並みを見下ろす六台の上には城が聳えていた。
魔王の騎馬が黒い揃いの鎧で列をなし、道を避ける者たちに王が帰ったことを知らせた。
城に入った魔王は臣下を集めて、上段下段の間を解放した大広間に入る。
上段の間に座る魔王の正面には、カガヤが手を突き頭を下げた。
「我が君、ご足労いただきましたのに。救世の巫女と見抜けぬ不明を如何にお詫びすれば」
カガヤが謝罪するのは、鬼女討伐の際、救世の巫女の力を借りつつ正体を見抜けなかったこと。
「まぁ、陛下の御代を騒がすあの? それを見抜けないだなんて蒙いこと」
「期待されたことをこなすだけでいいのに、それも満足にできないわけか」
男女別れて並ぶ臣下は、普段から派手で粗暴なカガヤを嘲弄する。
カガヤは深く魔王に頭を下げつつ、歯噛みして沙汰を待った。
そこに立ち歩く音が立つ。
魔王の前で無礼だが、カガヤにも無礼を押し通す者の心当たりがあった。
「まぁまぁ。鬼女が倒せるとわかったのは吉報だ。いいことじゃないか」
軽薄な金髪の男は、暗い紺色の着流し姿で、カガヤを庇うように笑う。
魔王の前で立ち歩いても誰も止めないが、集まる視線には忌避と警戒が色濃い。
「カガヤもできることをしっかりやった上で、失態を認めているじゃないか」
「うるっさい! 黙れ、ツキモリ!」
カガヤが耐えきれずに、自らを庇って見せる男を罵倒した。
それもまた、魔王は止めない。
勇者でありながら魔王についたツキモリは、笑みも揺るがずカガヤに返した。
「報告では陛下がそれでいいって言ったんだろ? だったらカガヤもいいじゃないか」
「はぁ!? それとこれとは違うんだよ! あたしと我が君の話に口挟むな!」
「えー…………」
庇うようなことしか言っていないツキモリは、さすがに眉を下げる。
カガヤは蛇蝎の如くツキモリを嫌った上で、魔王からの声かけの機会を奪ったことに怒っていた。
「誰だ、大王であるお方の御前を騒がせるのは!」
大広間に大喝が起きる。
新たにやって来たのは身の厚い、見るからに武人の銀髪の男。
その後ろには同じく銀髪だが、流麗な美丈夫が続いていた。
「堅葉金吾武土、遅参いたしました」
「同じく、綾津陸之丞泉輔。帰投いたしました」
「キンゴか。ムツノジョウもご苦労。報告をせよ」
魔王は臣下に対してさえ無関心なほど反応がない。
ただカガヤは渋々、遅れて来た者たちに魔王の前を譲る。
その上でカガヤに睨まれるカタシハは、魔王軍大将であり上司に当たる。
カタシハもカガヤの敵意に呆れつつ、魔王に頭を下げると口を開いた。
「まずはアヤツの報告から。南西に発生した鬼女は規定どおり人里から追い立て、禁則地に封じました。その際、普段の鬼女の様子と変わったことはなかったとのこと」
「巫女であれば鬼女を浄化できる。なんの不思議もない。鬼女が変異したわけではない」
カタシハの言葉を魔王が肯定すると、途端に臣下がざわめく。
「では、すぐに巫女を捕えて鬼女を浄化させなければ。あれは邪魔でしょうがない」
「ようやくあの醜女どもを消しされるのなら、巫女でも構わず使うべきだろう」
口々に話すのは、どうメイを利用しようかという内容。
そこには使い潰すことも厭わない、身勝手さがあった。
魔王は扇を脇息に打ちつけて、臣下の勝手な話を止める。
「黙れ、害虫ども。私はキンゴに話をさせている」
魔王は変わらず無関心な様子であり、そこには怒りさえもない。
その上で、心の底から臣下を害虫と呼んで、煩わしいだけの虫として扱う。
そんな魔王の対応に、不満よりも恐怖が下段の間には広がる。
誰も黙った中、カタシハは報告を続けた末に、巫女についても言及した。
「すぐに討伐を進言いたします」
しかしそれには部下であるアヤツが待ったをかける。
「聞けばカガヤに協力したと。兵への暴行も許されたのなら、敵対しているわけでもないではありませんか。ただの女子に討伐など」
「ふん、いい子ぶってるアヤツならそういうだろうけど。もう勇者に目、つけられてるぞ」
脇に避けていたカガヤが、半ば捨て鉢に教える。
アヤツは苦渋の顔で巫女を案じる様子があった。
ただ、カガヤが不満そうな顔で言っていると気づくと、眉を開いて驚く。
そんな部下たちの勝手なやり取りに、カタシハは咳払いをして魔王の答えを求めた。
「我らが大王、いかがでしょう」
「処断であればトノを向かわせる」
ただそれにはカタシハが待ったをかける。
「しかし、トノは戦う力などございません。勇者と結んでいるのならば、トノに勝ち目はないでしょう」
「それは、あの巫女も同じだ。同じく戦いというものを知らない者同士、釣り合うだろう」
巫女は魔王の臣下であるトノの妹であることは、周知の事実だった。
また、予言に救世の巫女がいることの意味は誰も知っており、魔王が倒れる可能性が現実味を帯びてきていることもわかっている。
しかし当の魔王は不動であり、確信を持って答えた。
「あの巫女では、世界など救えぬ」
救世の巫女にはなれないとも取れる言葉に、魔王は続けて言う。
「向かうならば、近くの勇者だ」
「は、あの綿摘の小僧ですな。先祖が受けた陛下からの御恩も忘れて反抗勢力などとふざけたことを。しかしそこへ合流するのであれば敵対と見るべきでしょう」
「あそこには行く当てを失くした者も集まります。早計では?」
討伐を押すカタシハに、アヤツが押しとどめるように言う。
アヤツは、カガヤと並ぶ魔王軍三傑の一人。
それが巫女を庇っていた。
そして勇者であるツキモリはその様子を眺めるだけというおかしな状況。
「鬼女が複数同時に動くのは対処が面倒だ。他に目を向けるだけ手を取られ無駄だ。であれば、合流させるといい。巫女がどうあれ、勇者はそれを使う」
魔王の言葉に、聡い者は含意に気づく。
気づいたツキモリだったが、勇者の話だというのに他人ごとで応じた。
「つまり勇者は、予言成就は近い、兵をあげろと檄を飛ばすわけか。いやぁ、まるで絵物語だ」
「それで集まれば、潰せ」
ツキモリの無責任な発言に激しかけた者たちは、続く魔王の冷めた言葉に口を閉じる。
そして用は済んだとばかりに魔王は上段の間から立ち上がった。
退室の間際、魔王は振り返って声をかける。
「カガヤ、後で来い」
「はい! 我が君ぃ」
「おやおや、私たちには聞かせられない密事かな?」
ツキモリは他人ごとながら興味を示すと、アヤツは魔王の退室を待って睨みつけた。
「少しは案じる言葉を口にできないのか。勇者は貴様の仲間だろう」
「はは、とは言っても同じ予言を受けただけの見知らぬ誰かだ。あちらは仲間だと思っているかな?」
ツキモリは笑いさえしてアヤツをあしらうと、カガヤに目を向ける。
「それで、陛下直々に何を言われるのかな? 心当たりはあるかい?」
「お前には関係ない」
カガヤは睨んでツキモリを拒絶した。
つれない対応に、ツキモリは首を竦めて怖がって見せつつ、笑いかける。
「これでも心配しているんだよ。鬼女に触れたとか。それは君であっても顕現にまで悪影響があるだろう。またすぐに何か言いつけられるにしても、休むのは必要じゃないかな?」
「あたしを舐めるな! この三傑のカガヤさまがその程度でへばるか!」
「殿中で騒ぐな!」
激怒して声を大きくするカガヤに、カタシハがさすがに叱責をした。
カガヤはそんな上司にさえ鼻を鳴らすと、そのまま不機嫌な足取りで大広間を去る。
大半は嘲弄するほど嫌っていても、カガヤの力を恐れて何も言えない。
ただアヤツは、カタシハに小さく告げた。
「カガヤは私が。少しでも休むよう声をかけましょう」
「私も心配しているのに、どうしていつも怒らせるのだろうね」
怒らせた張本人のツキモリの発言に、カタシハもアヤツも呆れた目を向ける。
そんな視線を受けて、裏切り者と呼ばれる勇者のツキモリは首を傾げてみせた。
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