十八話:旅立つ巫女2
ホオリが巫女に望むこと、それは予言を確かめる手助けだった。
「普通は予言を受けたら、いい内容なら従う。嫌なら避ける程度だ」
「そうだね。って勇者も断れたりしたの?」
思いついて聞くメイに、ホオリは肩を竦める。
「どうかな? 一応勇者を名乗るのはご下命だ。それに名誉でもある。選ばれたくても選ばれない者もいて、断るなんて考えもしなかった」
「つまり、ホオリは勇者になりたかった?」
メイの声に真剣な色が窺える。
シオンは不思議そうに窺うが、メイは真っ直ぐにホオリを見ていた。
「勇者になりたいと思ったことはないな。ただ、世界を救いたいとは思った」
「…………す、ごいね」
ホオリの偽りの感じられない言葉に、メイは消沈して肩を落とした。
その姿にホオリは困った様子で、シオンに視線を向けて助けを請う。
「正直、自分のこともままならない私からすれば、二人ともすごい。そんな時に勇者だとか巫女だとか言われても、私は何をする気にもならない」
「だ、だよね」
メイはシオンの言葉で少し浮上した。
ホオリも、自分はメイとは違うと笑う。
「俺は前々から思ってたことが、実現できるかもって期待があって受けたんだ。なんの期待も持てないだけの称号なんて受け入れたかはわからない」
「その、今日初めて鬼女に会ってね。それで巫女って言われる力あるのが、わかったくらいなんだよ、私。本当、なんで私? って思ってるんだ」
メイは不安な心の内を零した。
ホオリはそんなメイを、軽い調子で誘う。
「それを確かめるためにも、予言、見たくない?」
「そう言われると…………見たい」
メイが不服そうながら、興味を隠せない様子にシオンは笑った。
「ともかく、巫女の予言が特別な理由の続きを聞いたら?」
「そうだった。簡単にいうと巫女の予言は、予言に書かれた状況を整えれば、予言が実現するんだ。で、顕現でそういう能力を得た奴の予言は、そうだな、例えば春になれば花が咲くという予言があった。それを阻止するために花芽を摘んだ。それで阻止できる。だが、巫女の予言は違う」
ホオリは一度言葉を切って指を立てて見せる。
「巫女が予言で春になれば花が咲くと言えば、春になれば花芽を摘んでも、葉を枯らしても、どうやっても花は咲くんだ」
「つまり、回避不能なの?」
シオンの確認にホオリ頷いて指を振って見せた。
「そしてその巫女の予言には、魔王の打倒が予言されてるんだ」
「え、ってことは、予言確かめて予言に言われてる状況整えれば、魔王は何があっても倒されるの?」
「そうなるはずだ」
メイも驚くと、ホオリは気遣うように目を向ける。
「だからこそ、巫女が求められてる」
言われてメイは、他人ごとではなかったことを思い出して息を呑んだ。
言葉もないメイに代わって、シオンが確認を口にした。
「つまり、魔王打倒の予言に謳われた中に、巫女と勇者がいるから、揃えて少しでも予言成就の状況を整えたい者がいる?」
「そういうことだ。ただ、今回魔王も気づいたのに、普通に解放した理由がちょっと引っかかるな。きっと、巫女と勇者を揃えるだけじゃ、駄目なんだろう」
考えるホオリに、メイは魔王に言われた言葉を繰り返す。
「私じゃ、救えないんだって」
悔しさが滲むメイの顔を見て、ホオリは微笑ましそうに笑った。
「メイはけっこう負けず嫌いだな」
「何? 子供っぽいって言いたいの?」
「いいんじゃないか。魔王相手にそう思えるだけ強い証だ」
ホオリの言葉に、メイは唇を尖らせる。
頬を染める姿には、照れがあった。
「でも、シオンのほうが全然冷静で、強いじゃん」
「それは、私は魔王に目も向けられなかったからな」
「そうなのか?」
シオンの言葉にホオリが以外そうに反応した。
「あぁ、というか臣下に対しても大して興味がない様子だった。それで言えば、巫女であるメイに関しては私や臣下に対するよりも興味を示したように思う」
シオンの言葉に、またホオリは考え込んで黙る。
その間にシオンはメイに、自身が感じた印象を語った。
「たぶん魔王は、メイが生きようが死のうが、どっちでもいいと思ってるんじゃないかな」
「う、それは、ちょっとわかる。そんな感じだったよね」
「鬼女を倒せたということには評価はしたとも思う。けど、それでメイに何ができるかなんて期待はしていないような雰囲気を感じたよ」
否定的な言葉を並べられて、メイの顔が厳しくなる。
「でもカガヤは、私たちを従えて鬼女討伐をしたかったようだけど」
「え? あ、そんなこと言ってたかも?」
口喧嘩をしたせいで、それ以前にカガヤが何を言っていたかを忘れていたメイ。
聞いたホオリは慌てて会話に入って来た。
「確かにそれも人助けになるし、カガヤのあの様子だと二人を無下にもしないだろうが。一度だけ、予言の解放を手伝ってくれないか?」
「でも予言が何処あるかなんて魔王以外知らないでしょ」
手伝えもしないというメイに、ホオリは行く先に指を向ける。
「実はな、これから向かう先の勇者が、一つ見つけてるんだ」
「なんだ。避難させるだけじゃなく、そういう思惑もあったの」
シオンに言われてホオリは頬を掻く。
「いやぁ、メイが戦いを好まないこともわかってるし、シオンがそれどころじゃないって言うのもわかってるんだが。ただやってくれって言うよりも、ついでって思ってくれるほうが頷いてくれないかなぁと」
「うーん、確かについでに予言見てみない? って言われたら…………」
メイは自らが巫女と語られる予言は気になる様子を見せる。
シオンはメイの心中を察して聞いた。
「知っていれば、メイが巫女と言われる理由もわかるかもしれないね」
「そうかな? 物心ついた時には巫女ってわかってたみたいだけど。顕現も出せなかったから、ホオリみたいに特徴で気づくなんて無理だろうし」
「そういえば、特にこれこれが巫女だ、なんて噂はないな」
ホオリも言って、笑みを浮かべる。
「実はな、予言が隠されている場所は見つけたが、そこの前に鬼女がいるそうなんだ」
「あ、だから私に?」
ホオリはメイに向かって両手を合わせて拝む。
「囮を使って引き離してる内に予言をなんて、焦ってるみたいなんだ。下手したら、予言近くに留まってる鬼女が、刺激されて人里を襲いかねないし、囮からも犠牲者が出る」
「ホオリは止めたいのか」
「無駄な犠牲はいらないだろ」
聞くシオンに、ホオリは手を広げて軽く応じた。
その言葉に、メイも頷く。
「確かにそれは見過ごせない、かな」
言って、メイはシオンを見た。
「けど、また鬼女なんて危ないし、シオンつき合わせるのは…………」
「メイが行くなら行くよ。自分が誰かもわからないけど、メイが誰かのために動くなら、私はメイを助けるために動こう」
シオンは迷いなく言って、笑みを向ける。
メイは頬を染めて、嬉しそうに笑い返した。
「えー? 義に厚いっていうか、シオンはけっこう気障なのか?」
「本心というには自分についてもわからないが、間違ったことはしていないと思う」
茶化すような、羨むようなホオリに、シオンは何処までも真面目に応じる。
そんな気の抜けたやり取りに、メイは笑い声を漏らした。
「うん、シオンが一緒なら、すっごく心強い」
「そりゃ、魔王を前に怯まなかったならそうだろうな」
「逃げたことを気にしているなら、次は助けてほしい」
ホオリはシオンの言葉に迷い、それをメイに責められた。
「そこはうんって言ってよ」
「いや、魔王とやり合うよりも連れて逃げたほうがいい気がして…………」
「そうか、では次は一緒に逃げてくれと言うべきかな」
シオンが言い直すとホオリは笑う。
「鬼女に顕現もなく挑みかかったシオンが、まず逃げてくれないじゃないか」
「それもそうか」
「じゃ、やっぱり一緒にやるしかないじゃん」
連れて逃げられるとは言えないホオリに、シオンは納得し、メイは拳を握って過激に言った。
ただ誰も、また無策に鬼女に挑む危うさはわかっている。
お互い顔を見合わせると、笑えない冗談に笑い合ったのだった。
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