十七話:旅立つ巫女1
ホオリと合流したシオンとメイは、勇者が拠点を構える地に向けて共に歩く。
「実は勇者も一枚岩じゃない。何人いるかは知ってるか?」
「えーと、よく聞くのが二人で、三人くらいは聞いたかな? ホオリは知らなかったよ」
メイは指折り数えて四つの指を折りたたんだ。
「実は六人いる。別陸の主要な国から一人ずつ出てるんだ」
「つまり、魔王討伐は他の国々の総意なのか?」
シオンが驚いて聞くと、ホオリは苦笑いで応じた。
「千年を過ぎる統治に何も打つ手がないだけだ。時折国民が攫われ、けれどここの様子は良くわからない。それでも予言の噂は別陸にもある。だから倒すべきという風潮はずっとあったが、果たせず。今回六人を同時に送り込んだ」
「見たところ、魔王は冷徹だ。だからこそ、意味のないことはしなさそうだった」
目も向けられなかったシオンは、だからこそずっと魔王を窺っていた。
メイは思い出して、首を竦める。
「正直、ばれた時には殺されると思ったけど、なんか私に興味ない感じだったね」
「だが圧政だ。たとえ意味があっても、それが他人の幸福を踏みにじるなら駄目だろ」
ホオリの言うことに、シオンもメイも頷きを返した。
「で、元が別の国の人間で、勇者同士も連携なんてものはない」
「そうなんだ。同じ勇者なのに」
「こっちに来る前の知り合いだと連絡もしてるがな。連携取ろうって奴もいるし」
目を瞠るメイに、ホオリは勇者それぞれの判断だという。
シオンはホオリを見据えて、そもそも勇者とは何かを聞いた。
「巫女の予言というものにあるとか。巫女の予言にそうなるべき者として記載されて?」
「いや、勇者と呼ばれる何者かについて語られる段があるとかなんとか? で、俺らを勇者に任命したのは国の偉い人。選出理由は妖魔相手なんかで相応の武名を上げたことと、予言者により勇者として語られること」
予言者は巫女ではない。
顕現によって未来を予見できる力を持つ者で、その能力は個人で違う。
「だから、誰が本当に予言に語られる勇者かもわからない状況でな。国の支持もあるからそれぞれが、自分こそ予言の勇者だと自負して活動してるわけだ」
「勇者に、どんな者がいるの? ホオリは他の勇者を全員知って…………」
「おっと、その前に妖魔だ」
ホオリは顕現の刀を即座に出現させて構えた。
シオンも太刀を抜くと、メイはさらに遅れて領巾を顕現させる。
メイが二人を強化する間に、シオンは道の端で様子を窺っている妖魔を観察した。
草の合間に見える鼻面は犬のようだが、体毛が黒く、頭の左右には一対の角がある。
目は飢えたようにぎらつき、口からは肉を引き裂くためにしては大きすぎる牙が覗いた。
「あれが、妖魔」
「記憶にはあるか、シオン?」
「ある。だが、小さい気がする?」
「シオンけっこう人里から離れてた? 町の周辺や街道は、あんなものだよ」
「あれ以上の大物となると、魔王軍が間引きしてるからな。いるなら魔王軍もいかない所だ」
メイとホオリが同じことを言うので、シオンは一人頷く。
「そうか、あれが一般的な大きさか。では、私の記憶違いだろう」
そもそも覚えていることに確信がないシオンが退くと、ホオリは妖魔に対しての注意を口にする。
「犬や狼の妖魔は、群れの場合が多い。見えてる妖魔だけだと思うな」
そう言ってホオリがまず隠れた草むらを焼き払う。
街道に飛び出すのは七匹の群れ。
「よし、強化したよ! 怪我しないようにね」
メイがそう言うと、ホオリの後からシオンも斬りかかる。
固い頭は避けて前足のつけ根を狙った。
体高が低い上に動きが早いため、一匹を相手にしてると左右から二匹が襲う。
左手の妖魔をホオリが斬り捨て、シオンは落ち着いて右から飛びかかる妖魔の腹を切り裂く。
「おぉ。すごいな、メイの力は。妖魔の毛皮がバッサリ斬れる」
「え、へへ。そうかなぁ」
刀を確かめるホオリに言われて、メイは照れる。
幽閉から脱出して、顕現も使えなかったメイだからこそ、褒められることなどもなかったので喜んでいた。
(少しでも役に立てるなら、もっと早く力を与えることをできなくちゃ)
メイは拳を握って、戦う二人の背中を見守る。
メイが思い描くのは、突如鬼女と戦うことになった時の不甲斐なさ。
一人、もう一度、拳を握りしめた。
「よし、思ったよりも数が多くてちょっとどうしようかと思ったけど、これなら」
「ホオリ、だったら言ってくれれば三匹をやったところで退いたのに」
「いや、本当にメイの強化が良くて。つい行けると思ってな」
シオンが呆れるとホオリは悪びれずに刀を払う。
話す間に、妖魔は形を崩して黒い砂のようになるとボロボロと崩れて、風に散っていった。
(私が知る妖魔と、同じではあるようだ)
シオンの記憶にも、妖魔はこのように崩れて消える。
獣との違いは角や牙、毛の色で、強い個体によっては、火を噴いたり、風を巻き起こしたりする。
そして、倒せば死体も残さず崩れ去る。
ホオリは顕現の刀を消して先を歩きだした。
「それでさっきの続きだが、表で動いてるのが二人。動かないのが二人。俺と同じように目立たずやってるのが一人」
「私が聞いたことあるのは、世直しの旅をしてる勇者。拠点で人集めてる勇者。あとは港押さえてる勇者って」
数え上げるメイに、ホオリが応じる。
「そう、表で動いてる二人と、動かない内の一人だ。…………それで問題なのが、動かないもう一人なんだ」
ホオリは困ったように息を吐き出すと、歩みを再開し始めた。
「実は、勇者の中の一人が、魔王についてる」
「えぇ!?」
「そうか」
声を上げるメイに続いて、シオンはなんの感慨もなく受け入れる。
そもそも勇者も魔王も善悪なく、シオンにとっては一日前に知ったものでしかない。
誰が敵で味方でも、驚くことではなかった。
そんなシオンの落ち着きに、ホオリはメイに向けて礼を言う。
「反応ありがと。…………その魔王についた勇者の名前は月衛。裏切ってる自覚があるみたいで、魔王の城から出てこない」
「それは何か困ることがあるの?」
「俺たち同時に選出された勇者は、国からお互いの情報をもらってる。だから、ツキモリが向こうにいるってことは、俺たちの情報は筒抜けなわけだ」
シオンに答えたホオリは、顕現を出して続ける。
「俺はカガヤと初めて顔を合わせた。だが、向こうは俺の顕現を見て勇者だとわかった」
「あ、そうなの? だったらどんな能力で何ができるかも、魔王に漏れてる?」
メイが不安そうに聞くと、ホオリは顕現を消して自嘲ぎみに笑った。
「そう。だから俺は慎重に動くことにした。まず足りない情報をできるだけ集める。魔王に明確な敵対をするのはその後だ。と、まぁ、俺はそう思ったんだが」
「他の勇者は世直しをしていたり、反抗勢力を集めたり?」
「そう、そういう勇者もいた。だから俺たちに連携はない。意図する行動が違うんだ」
シオンはホオリの答えを聞いて、さらに疑問を上げた。
「そんな勇者の所に行って、余計に魔王に睨まれるだけではないの?」
「睨まれた人間を逃がすこともしてるからな。確かに目立つ反抗勢力なんて関わるのは危険だ。だが、人数を揃えるからこそできることもある」
メイはホオリの話を聞いて、踏み込んだ。
「ねぇ、私が巫女ってわかってるのに、協力言い出さないのはなんで?」
「いや、言っていいなら言うぞ?」
返されてメイも困る姿に、シオンはホオリに聞いた。
「協力を求めるなら、何かしてほしいことがあるの?」
「あぁ、ある。鬼女の討伐を見て、巫女にしかできないことなんだってこともわかった」
「それは、何?」
メイが警戒して聞くのを見て、ホオリも足を止めると表情を引き締めて振り返る。
「メイには、予言を開放する手伝いをしてほしいんだ」
「予言って封印されてるっていう巫女の?」
「うっすら内容は広まってるようだけど。そんなに重要なの?」
魔王によって封印される予言解放を求めたホオリに、メイとシオンは疑問を投げかけた。
「巫女の予言は特別なものでな。魔王も予言自体を封じてる。だからこそ、その中身は確認しなければいけないと俺は思ってる」
ホオリは真面目な表情で、自身の行動について話し始めた。
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