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十六話:魔王4

 シオンとメイは、青と紫の外套を身に着けて魔王軍の陣営を後にする。


「迎え入れから放逐まで、迅速な対応だ…………。命令がちゃんと行き届いてる」


 魔王軍を振り返って評価するシオンに、メイは答えず不満顔だった。


「ともかくこの場から離れよう。それでも町に戻るのは危ない気がする」


 町そのものの治安はよろしくない。

 シオンとメイが魔王軍に敵対するのも見られている。

 突き出される可能性もある上で、カガヤなら話が通るだろうが、一般の兵は前例があり信用できなかった。


「ホオリが言っていた、勇者の拠点くらいかな。でも、私は道もわからない」

「それなら、こっち」


 メイがようやく応えて指を差した。

 ただ胸を塞ぐ鬱屈はぬぐえない。


「…………馬鹿にして」

「もう少し、聞こえない所まで我慢しよう」


 メイが心中を漏らすのを、シオンが止め、もう一度口を閉じて黙々と離れる。

 シオンは背後を確認して、追っ手がないことに内心半信半疑だ。


(王の前であれだけ騒いで本当に許された? 寛容だと、思うべきか)


 シオンのあやふやな記憶でも、その場で討たれて文句は言えない狼藉だ。

 それだけ鬼女の討伐が重く見られる、賞賛に値する行いだったとも言える。


(しかし巫女なら鬼女討伐もあり得ると魔王が納得していたから、狼藉への許しに値しない気もする。ホオリが言うには、巫女は重要そうだったのに、魔王は重視していないのも気になる)


 予言も巫女も良く知らないシオンには、その程度しか考えが及ばない。

 その上で、上質な服までもらって、兵を傷つけた罪も問われず、そのまま釈放された状況は恩情と言えた。


(同時に魔王の無関心が明確だったな。そして不遜な小娘二人に天誅を下そうという者もいないくらいには、兵の統率はできている)


 歩きながら考えるシオンに、メイは袖を引いて注意を引いた。


「その、なんか…………ごめん」

「謝罪される理由がわからないよ」

「だって、私の都合に巻き込んで。たぶん、私が生きてるってわかったら、追われるし」

「…………聞いてもいいの?」


 確認するシオンに、メイは目を瞠る。


「うぇ、あ、聞かないでいてくれるつもりだったの?」

「私は何を判断するための基準もないから。言ったとおり、私が知るメイは、こんな身元不明者にも手を差し伸べてくれる優しい人だよ」


 シオンの言葉に、メイは顔を両手で覆ってしまう。


「前を見ないと危ないって」

「じゃあ、前、歩いてぇ」


 震える声で顔から手をどけないメイは、湿った音を続ける。

 シオンは従って、メイを背後に歩いた。


「ただ道は示してね」

「うん」


 メイは鼻をすすり、息を整えて話し出す。


「私、生まれてからずっと座敷牢にいたの。なんでかわからなかったんだけど、なんとなく聞こえる声で、予言でこの国の王さまを倒す巫女だってことくらいはわかったんだ」

「つまり、囚われていた?」

「たぶん? けど、四年前に巫女の私がいるってわかって、処刑ってことになって」

「サクイシという領主に見つかったのか。そして、処刑されるところを危うく逃げた?」


 シオンの推測にメイは返事をせず黙り込む。

 振り返ろうとするシオンの肩を押して、メイは続けた。


「そんな、感じ…………。外のこと全然知らなくて、私もシオンと同じ感じ。で、騙されたり、暴力振るわれそうになったり。その度に一生懸命逃げて。その頃は顕現についても私、知らなくてさ。妖魔からも逃げて隠れて大変だったんだ」

「そう、そんなに大変だったのに、私を助けてくれたんだね」

「だって、何も知らずに寝てるのがあんまり無防備で。何も知らない私みたいに、ひどい目に遭ったら嫌だし」

「うん、そうか。やっぱりメイは、巫女だから、予言だからと命を狙われるような悪人ではない。いい人だ」

「…………わ、私、殺されるような、悪いこと、したつもり、ないんだよ」


 メイはまた震える声で返事をすると、黙った。

 シオンも今度は振り返ることなく進み、メイが話せるまで待つ。


「救世の巫女というのは、鬼女を祓う力があるものなの?」

「さぁ? 予言自体見たことないし、噂では救世っていうから、魔王の圧政を終わらせるんだろうって言われてるけど」

「魔王を倒すことが、世界を救うことになる? いや、それよりも、メイ」

「何?」

「メイは世界を救いたいと思ってる?」

「…………別に。そんな大変なこと、私にできるなんて思えないし」


 答えたメイは自分に頷くと、シオンに並ぶ。

 お互いに目を見交わし、冷静に話した。


「うん、鬼女に今回勝てたのは手助けがあったから。でも、また会っても勝てるかどうかわからない」

「それはシオンもでしょ。あの時顕現出たから良かったけど、私とカガヤ庇うなんて」


 不意に近づく足音が立ち、シオンはメイを庇って音のほうを振り返った。


「や、何かされたか? 見たところ無事だな。服装が変わっていて声をかけようか迷った」


 現れたのは赤い襟巻をしたホオリ。

 頭を掻いてそういうホオリに、メイは思い出したように八つ当たりをした。


「もう! 一人だけ逃げて! 魔王すごく怖かったんだから!」

「え、直接会ったのに、無事に返されたのか?」


 驚くホオリにシオンは勘づいた様子で問いただす。


「もしかして、ホオリはメイの素性を知っていたの?」

「え、嘘」

「いや、十六歳ぐらいの女の子で、浄化の力で鬼女を倒せたんだから、まぁ」

「え、え? もしかして、隠せてなかった?」


 ホオリが救世の巫女だと認識していたことに、メイは驚き慌てる。

 十六年前に生まれて、四年前に認知され、鬼女を倒したという状況なら疑いもする。


「捜すなら、それくらいの情報は得ているはずだよね」


 シオンが言うと、メイは考えが回らないばつの悪さに黙った。

 シオンが代わってホオリに魔王軍で起きたことを教える。


「それで、ホオリ。カガヤから鬼女討伐に手を貸したた分、褒賞をもらった」

「へぇ、いい外套だ。二人の服もそうか。似合ってる」


 早速羽織るホオリは、そのまま二人を誘って歩き出す。

 行く先は、シオンとメイが目指した勇者の拠点方向。


「それで、ホオリは巫女とわかってたメイが、魔王軍に連れて行かれて殺されると思ってたの?」

「それ、見捨てたってことじゃない?」


 メイが疑いの眼差しを向けると、ホオリは大きく手を振った。


「いやいやいや! ちゃんとあの魔王軍の陣内に侵入して、いつでも二人を助けられるようにしてたんだって!」

「それは、私たちが身繕いしている時から?」


 シオンが確認すると、ホオリは顔を背ける。


「ちょっと! スケベ!」

「いや、こっちだって救世の巫女をむざむざ殺されるわけにはいかないから。俺も心苦しかったけどそれも助けるためであって、別に助兵衛心じゃ…………」

「ホオリは、メイが世界を救うと思う?」


 言い訳をするホオリを気にせず、シオンは冷静に命の危機について聞く。

 ホオリも咳払いして切り替えた。


「魔王にもできないことをやれるなら、その可能性は高い。そして鬼女の目撃も増えてる。今、メイが現れたことには意味があると考えてる。だから、どうかメイには力を貸してほしい。世界を救うなんて大それたことだと思うかもしれないが、それができると言われているのは、メイだけなんだ」


 真面目にホオリから見つめられたメイは怯む。


「救わなければいけないの?」


 シオンの言葉にメイは息を呑んだ。

 ホオリも虚を突かれたように一度黙るが、真剣に言葉を返す。


「…………誰かの苦しみを、見過ごせないのなら」


 その言葉にも、メイは胸を突かれた様子で手を添えた。

 シオンは来た道を振り返り、聞いたばかりの言葉を伝える。


「魔王は、メイでは救えないと言っていた。それでも?」

「予言を知っているはずだから、何か足りないことを知ってるのかもしれないな。ただ、こっちもすぐさま魔王をどうこうするなんて状況じゃない」


 ホオリは緊張をほぐすように笑いかけた。


「ともかくまずは話を聞いてほしい」


毎日更新

次回:旅立つ巫女1

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