十五話:魔王3
魔王の前に立ったシオンに、特別思うところなかった。
(強いて言うなら、疲れたような男だ)
老獪さではなく、冷徹な雰囲気でもなく、動かぬ表情でもなく。
シオンは威圧感の向こうに、自らに似た空虚さを見た。
(やることはやるだけと思い決めているような。心の動きを億劫がっているようにも見える。…………私は記憶がないためだが)
何故そう思うのか、シオンにもわからない。
ただ魔王にとってシオンという名もなき者は慮外だった。
巫女だというメイに視線を据えているばかりで、魔王の目がシオンに向くことはない。
カガヤの言葉で、何も知らないシオンにも推測は立つ。
メイの姉が魔王の側に立っているのだと。
ただそれで、メイが怯える理由はわからない。
それでも巫女という、魔王から目の敵にされるだろう身の上らしいメイの手を握って、気を落ち着けようと計る。
「あ、そうか。あんた知らないのか、シオン」
「何をだろう? カガヤ」
「メイが誰か」
「確かに知らない。けれど、助けられた恩がそれでなくなるわけでもない」
反応の薄さに絡むも、シオンの答えにカガヤのほうが怯む。
その顔には少しの負い目があった。
気づいたメイは微かな笑みを浮かべる。
それを見てカガヤは早口でシオンへ教えた。
「そいつ、四年くらい前に確認された救世の巫女なんだ。処刑を免れて今まで逃げ隠れしてたんだろ。我が君に仇成す存在とわかったからには、このままでは帰さないんだからな」
カガヤが言うと、周囲の兵が武器を構えた。
身構えて立つシオンとメイだが、武器はあっても状況は改善しない。
太刀を抜くよりも、顕現も出すより早く、周囲の槍が届く間合いだ。
ただその殺気立った中に声が一つ落ちた。
「価値はない」
魔王の静かだが、確かに全員の耳朶を打つ声に、カガヤが反応した。
「価値とはどういうことでしょう、我が君?」
話しかけるのはカガヤだけである。
兵さえ魔王を恐れるように身を固くしていた。
国の民が恐れるように、兵もまた、魔王を恐れている。
しかし魔王は全く関心を示さず、カガヤに応じた。
「それに、救世の巫女と呼ばれる価値はない。放っておいても予言の成就は叶わん」
「確かに、こんなダサい田舎娘丸出しの奴、救世とか、ましてや我が君を脅かすなんてありえません!」
カガヤは魔王の言葉に、嬉しそうに頷いた。
それさえ無関心に魔王はメイから目を背ける。
「…………析石も、こんな者のために死ぬとは。所詮は雑草か」
「サクイシって、領主の…………? え、死んだ?」
メイが反応するも、すでに魔王は興味を失くしていた。
変わるようにカガヤが呆れた調子で答える。
「はぁ、知らないの? サクイシの領主は、あんたを処刑し損ねた責任取って自刃してんのに。あーあ、これじゃトノの奴が自分で処分するって言うのも納得ね」
「は、はぁ? なんでそうなるの。それに雑草って、自分の臣下でしょ? しかも死んだ人をそんな言い方!」
メイは困惑から、魔王の発言に思考が追いつき、怒りを滲ませる。
しかし魔王を仰ぐカガヤも黙ってはいなかった。
「はぁ? 生かしてもらっておいて我が君を批判する気? そんな立場あると思ってんの? 思い上がるな!」
「思い上がってるのは、そっちでしょ! だいたい生きてる人なんだと思ってるの! 雑草とか言い方あるでしょ!」
「雑草ほどに使えないからそう呼ばれる程度なんだ! 我が君のお言葉に偉そうに物言ってんな!」
「こんなの偉いも何もない! 人を人として扱うこともできないのに偉ぶるな!」
「国を長らく保つ我が君の偉業を理解できない残念なおつむの癖に! 偉ぶってるんじゃない、至高のお方なんだよ! 我が君以上に国を保つ偉業を成した者はいないんだ!」
「そんなの長生きなだけでしょ! その長生きだって、他の人の命吸ってるなんて言われてるし! 自分の力じゃないじゃん! だいたい国保つから何? それで圧政して誰も怖がって縮こまってるなんて、おかしいでしょ!」
「それがお似合いの雑草だからそうしてんだよ! 蔓延っておいて感謝もない! 邪魔だから刈り取ったら不満しかない! そもそも雑草はお呼びじゃないんだよ!」
「だから! 他人を雑草なんて罵るな!」
メイとカガヤが言い争いは、同じ年齢の少女同士として過熱していく。
だが、場所は国の王の面前。
シオンはいつでもメイを庇えるように足を引いた。
兵も命じられれば、不遜で不敬なメイを始末しようと構えている。
しかし、魔王は変わらず無関心だった。
自らへの批判にも、分不相応に騒ぐ者たちにも。
それこそ、雑草が風に激しくこすれて音を立てても、目も向けないように。
「…………カガヤ」
「はぁい、我が君」
ただうるさいことには変わりない。
さすがに魔王もうるさいという手振りと共に、配下を呼ぶ。
カガヤはメイなど放置で、魔王に呼ばれたことで浮かれた声を返した。
「ちょっと! まだ話は…………!」
「メイ」
終わってないというメイをシオンが止める。
それで、メイも周囲が殺気立ってることにようやく気づいた。
魔王のひと言でこの場で串刺しになってもおかしくない緊張感だ。
ただ魔王は変わらず興味なく、うるさそうに手を振った。
「お前では救えぬ。何処へなりとも消えろ」
メイがまた怒ろうとするのを、シオンが止め、カガヤも呆れてメイの前に立つ。
「それでは御前失礼いたします」
カガヤが挨拶をすると、そのままシオンに抑えられたメイを陣幕の中から連れ出す。
「ったく、我が君の兵を傷つけた罪を許されておいて、立場わかってんのか」
「それは向こうが!」
「うっさい! 礼儀知らず!」
カガヤは言い募ろうとするメイを叱責した。
「けど、全部まとめて我が君は罪に問わないと示された。もちろん、褒賞もないけど。あれだけ無礼に騒いで許されたんだから、お優しい我が君に感謝なさい」
「ふん、何処が」
胸を張って指を突きつけるカガヤに、メイは不満を隠さず呟く。
(殺されていてもおかしくない暴挙をした自覚は、メイにはないようだな)
記憶喪失のシオンだが、平民、しかも処刑から逃げた罪人が王の面前を騒がせた。
だというのに消えろと処罰なしで放逐された状況は、カガヤが言うとおり、異例と言える恩情であることをシオンは知っている。
「カガヤ、大王は処罰の甘い方か?」
「まさか。逆らう相手に容赦なんてしないし、放置しておくだけ害になるからすぐに処分する。…………つ、ま、り。あんたは我が君の害にすらならない雑魚。わかったら我が君のお国の隅で今までどおりおとなしくしとくんだね」
カガヤに言われても、メイはへそを曲げ、顔を背けて答えない。
シオンが代わりに聞く。
「鬼女と呼ばれるものを消せるメイの能力も不要だと?」
「はぁ、ガキか。…………巫女なら当たり前って言ってたし、だからこそいらないでしょ」
カガヤはメイの子供っぽい反応に呆れ、シオンは考える。
(為政者ができないことをできる。しかも、予言でその為政者打倒を噂される巫女。表に立たせたところで、メイを利用して魔王打倒を標榜する者が集まるだけ、か?)
鬼女を倒せたところで魔王には、メイを登用する旨味はない。
ホオリが言うとおりであれば、予言の状況を揃えるだけでいいため、手元に置いておく手間をかけるよりも処断したほうが早い。
その上で処断もしないのなら、放逐するだけ。
シオンは納得すると、次の疑問を投げかけた。
「雑草と呼ぶのはどうしてだろう? カガヤが言うように雑魚という意味だろうか」
「そこ気にするぅ?」
メイが嫌そうにシオンを見る。
「たぶん、この国に花はいらないって言ってたから、その流れ? それとも国を自らの庭としての? むむ、我が君のお考えをもっと深く知らないと…………」
魔王に執心のカガヤは、改めて聞かれて考え込み始めた。
メイはそれほど熱を入れる様子に、いっそやる気を失くす。
「もうさっさと着替えてこんなところ出よう、シオン」
「はぁ? あのダサい恰好そんなに気に入ってたの? 少しは見れるようになったんだからそのままでいろよ。センスないな」
口の悪いカガヤに、メイはまた顔を背けて口をきかなかった。
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