十三話:魔王1
魔王さえ封印するしかないはずの鬼女を、シオンたちは討伐した。
その瞬間、遠くから喇叭が響くとカガヤが慌てだす。
「もうそこまで我が君がいらしてる! ちょ、誰か櫛持ってない?」
「持ってないなぁ」
「すまないが」
メイとシオンの答えに、カガヤの表情が冷たくなった。
「ちょっと、田舎者丸出しのダサい恰好だと思ってたけど。最低限身だしなみに気を遣う清潔感くらい意識しろよ」
「せ、清潔感は、その、今は汚れてるけど」
メイは頬を染めて言いつくろおうとするが、シオンは悪びれず応じる。
「悪い、これが一張羅だ」
「まぁ、まぁ。鬼女討伐なんて前代未聞の大殊勲を上げたんだ。少しぐらい見苦しくても、大王は気にしないさ」
ホオリがとり成すように言うが、カガヤはさらに高い理想を掲げた。
「はぁ? 我が君の前に出るならいつでも最高の自分でいなくちゃならないんだよ」
「お、おぉ? もしかしてカガヤって魔王に、そうなの?」
「くそ度胸ばかり集まって何しようってんだ。我が君を魔王呼びなんて、不敬すぎてこの場で縊り殺すぞ」
メイが好奇心を滲ませるも、カガヤは魔王という呼び方で途端に不機嫌に返す。
「他に呼ばれてるのを聞いたことないんだが。本来は大王と呼ぶもの?」
険のあるカガヤも、記憶喪失のシオンに聞かれては脱力した。
「ち、恩知らずの雑草どもめ。あの方は千年もお国を守る王の中の王。大いなる君。そこらの王と並べるのもおこがましい。だからこそ大王を名乗れる唯一の方」
「確かに千年はすごいな」
シオンが素直に応じると、カガヤは少し気をよくして顎を上げる。
そしてシオンが片手に持つ七支刀に目を止めた。
「というか、あんたのその顕現、なんなの? そんな不細工な剣で良く折れなかったわね」
「それは俺も思ったが、案外固いというか、形がそもそも記憶の問題で歪んだ結果であって、本人の意思は固いのかもしれないな」
カガヤとホオリは七支刀を眺めて考察する。
メイも改めてシオンの顕現を眺めて首を傾げた。
「これ剣でいいの? 祭具とか言ってたけど、なにこれ?」
「我ながら独創的な形態なのはわかるんだけどね」
シオン自身も、自らの顕現という心の形がおかしいことはわかる。
カガヤはそうして歪んだ顕現に溜め息を吐いた。
「これ見たら、記憶喪失も嘘じゃないんだろうけど。どれだけ意識ごちゃついてんの?」
「さて、知ってると思ったことも、すぐにそうだったかわからなくなってしまうから…………。ところで、顕現というのはどうやって消せばいいの?」
鬼女が消えた今、顕現を出しているのはシオンだけ。
そもそも初歩的な顕現の扱いを知らなかったからだ。
カガヤはさらにがっくりとやる気をなくし、鬼女が暴れ回って枯れた土地に視線を流す。
その間にメイとホオリがあれこれ教えて、シオンはようやく顕現をその手から消せた。
その様子を横目に見たカガヤは、胸元から呼び笛を引っ張り出して鳴らす。
すると、隠れいていたカガヤの兵が遠くから近づいてきた。
「あたしは我が君をお迎えしなきゃ」
「あ、じゃあ…………」
ホオリが何か言う前に、カガヤは剣呑な視線と指を突きつける。
「逃げんな、勇者」
「いや、これ以上の消耗はさすがに。鬼女討伐の功で一つよろしく」
「それは報告して褒賞をどうするかは我が君の裁量だ。勝手に決めるな」
誤魔化すようなホオリに、カガヤがさらに指を突きつけて考え違いを指摘する。
けれど褒章という対応にメイも目を瞠った。
「え、魔王に突き出すとかじゃなくて?」
「もちろん突き出すに決まってんだろ。一緒にこい」
「えー?」
「えーじゃない」
駄々をこねるような声を出すメイに、カガヤも叱りつけるように返す。
「鬼女討伐なんてご報告の上で国を守ったことを賞されてしかるべきだ。その上でお前らの罪の減刑は訴える。だから堂々としてろ」
「確かに、兵に手は上げた。けれど向こうが先だった。それを訴える伝手が私たちにはないな。証立てる方法もないなら、減刑を願うしかない?」
「向こうが悪いのにぃ」
「その兵もこっちで調べて本当だったら絞る。まずは減刑。その後に事実確認で放免もある」
カガヤがそう説明していると、ホオリが動いた。
「あ、くそ!」
「鬼女の攻撃をもろに受けたんだ。無理は良くないさ」
ホオリは言いながら、もうカガヤの手の届かない所へ逃げている。
カガヤは外傷こそないが、鬼女によって弱体化させられていて動きが鈍かった。
メイの領巾に包まれたことで鬼女の黒い物ははがれている。
ただはがれたとは言え、まだすぐさまの回復は難しかった。
「気遣いは嬉しいが、減刑程度で許されないことをしている自覚はある。というわけで、俺は辞退させてもらおう。ついでに他に鬼女が湧いてないか偵察してくるからそれで今回は見逃してくれ」
「ホオリ!」
「メイ、シオン! また会おう」
メイが声を上げると、ホオリは気軽に手を振って走り去っていく。
シオンが応じて手を振ると、その手をカガヤが掴んだ。
「逃がさないからな?」
「心配だから、カガヤを送ることはしよう」
「し、心配とか! ふざけんな!」
「そんな騒いでたら、魔王、じゃなくて大王の前でふらついちゃわない?」
メイの言葉にカガヤも口を閉じる。
否定できないことを自覚しているカガヤは、盛大に舌打ちすると一度呼吸を整えて、怒鳴るように命じた。
「いいからついて来い! まずお前らのそのみすぼらしい恰好を、我が君の前に出しても恥ずかしくないようにするぞ!」
シオンはそのままカガヤに腕を引かれて連行されるため、メイも一緒について行くことになる。
合流した兵が武器を向けようとするのをカガヤが止めて、シオンとメイは兵が用意していた陣営へと迎えられた。
「お前らはまず、その埃っぽい恰好どうにかしとけ!」
カガヤは兵たちに指示を出しながら、陣営の奥へ消えた。
シオンとメイは一つの天幕へ放り込まれ、置いて行かれる。
そこにはすでに湯と布の用意がされており、さらには三人の女性が世話のために待っていた。
「「「さぁ、さぁ、さぁ、さぁ」」」
「ひぃやぁぁああ?」
「あの、ちょっと…………」
メイが甲高い悲鳴を上げるが、素早く迷いのない手つきで服を脱がされる。
シオンは身を返して避けるが、天幕の端に追い詰められ説得を試みるも甲斐なく。
二人とも抵抗空しく湯を浴びせられ、体をこすられと世話をされる羽目になった。
三人がかりで二人同時に湯あみを済ませると、次は衝立を隔てて一人ずつにわけられる。
髪の手入れなどをされている間に、追加された人員は服を持ってきた。
「カガヤさまより言伝がございます。くれてやるからありがたく思え。少しはみすぼらしさもましになるだろ。とのこと」
「素直にお礼言えないぃ」
「いや、ありがたい。外套が三つあるようだ」
衝立から覗いたシオンが笑って教えた。
メイも衝立の上から目を出して、用意された外套を確認する。
「赤、青、紫の外套って、赤いの大きいね」
「男ものだろうな」
思い浮かぶのはホオリであり、一人逃げだした背中はカガヤも見ている。
ただそれは鬼女討伐の功績さえなげうつ行為。
罪に問われないための代償。
「もしかしてカガヤ、助けられた分のお礼とか?」
「そうかも。律儀で、使命感が強いというのかな」
半信半疑で聞くメイに、シオンはすぐさま頷いた。
「使命感、か。どうしてあんまりいい噂聞かない人のために、あんなに頑張ってるんだろ?」
「あくまで噂でしかないもの。本人を知れば、何かカガヤの思いに納得するかもしれないね」
「そう、かなぁ」
魔王と呼ばれる王への猜疑心が、メイにシオンの言葉の受け入れを迷わせる。
「…………だったら、知らないほうがいいのかも」
「メイ?」
シオンが聞くも、メイは笑って誤魔化すだけ。
二人はその後も人の手によって服を着替えさせられることで会話は途切れた。
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