小鬼の人退治
大陸の悪人どもが僕らの親たちを半殺しにして、財宝を持ち去っていったあの悲劇から3年がすぎた。
僕らの住むこの島はほとんどを岩で形成され、土地が貧しい上に、一年中、霧に覆われているため、農作物を育てるには適していない。周辺の海域も荒く、魚を取るのも一苦労だ。だから、飢えに苦しむことも度々あった。
僕らは、冥界の入り口に近いこの島で、悪霊を追い払い、人々に平安をもたらす種族である。それ故、昔から大陸の人々は神主を通して僕らに米や野菜を施してくれた。
僕らは倒した悪霊どもが身につけていた数々の財宝を所有していた。また、この島には肥沃な土壌がないかわりに、金の鉱山があった。僕たちは採掘した金を加工して、金棒をはじめとした武器や、金細工を作っていた。施しのお礼にと、僕らはそれらの財宝の一部を大陸の人々に譲っていた。
しかし、あるときから、食料の施しが止まった。
このままでは僕らの種族は餓死してしまう。親たちは大陸から、食料を調達することに決めた。親たちは大陸の外れにある村に出向いて、田畑や納屋から食料を調達し、金持ちの家から財宝を持ち去った。財宝は元々僕らのものだ。施しがないなら、奪い返すのも当然だろう。彼らの言う「盗み」という罪を犯すことになるが、約束を果たしていないのは、彼らの方なのだ。
ところが、彼らはこの島まで仕返しにやってきた。我々には力では及ばないはずだが、一人だけとんでもなく強い奴がいた。そいつは、獣をも自在に操り、不思議な食べ物で力を倍増させることができた。親たちは倒されてしまった。命こそ取らなかったものの二度と武器を持てないように、腱を切られてしまった。親たちは、そんな状態で悪霊と戦ったものだから、悪霊の攻撃を受けて命を落とす者、疲労で病気になる者が絶えなかった。僕の父も悪霊に首を斬られて無残な死を遂げた。僕たちの悲劇も知らず、何事もなかったかのように暮らす奴らに復讐してやる、そして食料を奪い取るのだ。僕は仲間の小鬼を数人集めて、人退治に旅立つことを決意した。
島を出るのは初めてだったが、船の漕ぎ方は親から教わっている。大人たちには言わなかった。勝ち目がない、と反対されるに決まっている。あの襲撃以来、みんな大陸の人々を恐れているのだ。
陸が近づくにつれ、次第に霧が晴れてきた。空が青く晴れ渡り、日の光が直接肌を刺した。親から話には聞いていたが、あまりにも不快だった。小鬼の中に体調が悪くなるものもいた。半日がかりで、入り江に着いたあと、僕たちは森の中に潜んで、日が暮れるのを待つことにした。
やがて夜が来た。人々は寝静まっており、村は静かだった。僕らはさっそく、畑から作物を抜き取って、籠に入れて行った。仲間の一人が、ついでだから、宝も取り戻してこよう、と言った。僕は反対したが、あまりにもあっさり事が運んでいたので、みんな油断していた。
お金がありそうな立派な家に侵入し、戸棚をあさっているときだった。背後に松明が灯った。
「おい、ここで何をしている。盗人だ。ひっとらえよ!」
僕らは戦った。僕らは子供だが、人間の大人たちよりと同じぐらいの力がある。だが、多勢に無勢、僕らはとらえられてしまった。鎖で手足を縛られ、人間たちに囲まれた。
「こいつらまだ子供だな。子供の鬼だ。」
「なんて醜い顔。この世のものとは思えん。」
「こいつら、二度と悪さしないって、約束したはずだよな。」
「角と牙を抜き取って、焼き殺そうぜ。」
「丸一日、日差しに晒しておけば、焼け死ぬだろう。村のいい見世物だ。」
僕らは鎖で縛られたまま通りに晒された。空が明るくなってきた。じりじりと肌が焼かれるのを感じた。仲間たちのうめき声を聞いて、僕は後悔した。でも、あのまま島にいたって、飢死するだけだ。仕方なかったんだ。
通りに人々が増えてきた。憎しみの目で僕たちを見ていた。男に顔面を蹴り飛ばされた。子供たちから石を投げつけられた。女たちは気持ち悪がって目を覆っている。僕たちが苦手とする柊や鰯を置いていく者もあった。
ぼろ服を着たみすぼらしい少年が近づいてきた。僕たちから奪った金棒を手に取ると、それで僕の頭を殴りつけた。
「おい、青鬼、お前の仲間が父上の命を奪ったんだ。くたばれ、くたばれ・・・」
仲間の中で肌が青いのは僕だけだった。僕の父はかつて、食料を奪いにこの村に来たとき、抵抗してきた侍に切られそうになったので、金棒で抵抗して、その侍の頭をかち割ってしまった、という話を聞いたことがある。その侍は少年の父親なのだろう。仕返しとして、僕が死ぬまで殴り続けるのだろうか。何度も何度も金棒を振り下ろしてくる。
そのときだった。
「おい、そこの童、無駄な殺生はやめよ。」
一人の男の声が聞こえた。金棒の攻撃は止まった。
「お前たちは鬼ヶ島から来たのか?」
顔を上げると、記憶が蘇ってきた。見覚えがあった。鎧の上に桃の印が入った袴を羽織っている。同じく桃の印の入った鉢巻をつけ、腰に付けた刀に左手をかけている。後ろに動物たちがいた。犬、猿、雉と呼ばれているものだ。僕はとっさに叫んだ。
「大陸の悪魔め!」
男はしゃがんで僕を見つめて言った。
「私は桃太郎というものだ。腹が減っているだろう、これ食べよ。」
丸くて白い団子を口元に差し出してきた。ぼくはそれを加えたが、すぐに吐き出して言った。
「全部、お前のせいだ。」
「なぜ、子供たちだけでこんな遠くまできた。わけを聞かせてくれないか?」
桃太郎と名乗る男は、立ち上がると、朝から僕らを監視していた役人に命じた。
「この者たちを屋敷の中に入れよ。好きな物を食わせてやれ。」
屋敷の奥の暗い部屋に連れていかれると、もはやこれまでと思い、僕は事情をすべて話した。
「すまん、許してくれ。」
桃太郎は突然、頭を下げた。僕は呆然とした。人間が鬼に頭を下げるなど聞いたことがなかった。
「俺は、悪行を働くのが鬼だと一方的に決めつけていた。この世に理由なく存在しているものなど、ないのだ。俺が愚かであった。」
身分が高そうな老人が現れた。
「鬼の言うことなど、信じてはなりませぬぞ。」
「村長、なぜ、施しをやめたのだ。施しをすれば、鬼は悪さをせぬ。」
「施しをするにも凶作や疫病が続いて余裕がないのじゃ。施しなどせずとも、悪霊など現れぬわ。」
「まだわからぬか。村に起こるそれらの禍が悪霊の仕業なのだよ。神主を追放したのもそなただったな。もしや、財宝を独り占めしたな。」
「鬼の肩を持つとは、そなたこそ、桃から出てきた化け物ではないか。」
桃太郎は村長を殴った。
「俺は都の高貴な者と通じておる。その方には話せばわかってくれよう。そなたを追放し、神主を呼び戻す。」
桃太郎は僕らを解放し、僕らの船に乗せられるだけの米と野菜を用意してくれた。
僕は、僕を殴ったみすぼらしい少年にあげてほしい、と言って、桃太郎に首飾りを託した。これを売ればそれなりの金銭が手に入るだろう。その首飾りは金板を玉で結んだもので、僕はそれを大切に持ち歩いていた。
金板には、鬼の親子の姿が彫られていた。




