第6章 24H Nürburgring 18
そう言う間にも稲光りは夜闇を切り裂き、雷鳴はマシンの咆哮を搔き消すほど轟く。
「大丈夫! アリエルなんかに負けないよ!」
アリエルとは戯曲テンペストに出る妖精で、嵐を起こした。シェイクスピア作品をいくらか嗜んだことがあり、このにわかの雷雨もテンペストでアリエルの仕業だと洒落たのだ。
実際このランダム設定は予測できず、ある意味雷雨もランダムという妖精の気まぐれによって起こされたというとらえ方も出来た。
「テンペストはクロサワのになかったなあ」
などと優はすっとぼけたことを言う。
「クロサワのは、リア王とマクベスだったね」
応えたのはアンディだった。
「はは。よく知ってるな」
「まあ、それなりに。瓢箪ひょろひょろとか、印象的だったよ」
「あーそれどっちだっけ?」
「リア王の方だ。道化が歌ってた」
「ああー、そうだったかなあ」
「こんなときによく呑気に映画談義なんか出来るわねえ。それどころじゃないでしょ」
そう突っ込むのはヤーナだった。俊哉は苦笑。
夜の雷雨でスピンやクラッシュの危険性が高まったのだ。
「そうだな。まあ、いちいち言わんでも、雄平もそこはわかってるさ」
優はあれこれ言わず、雄平に一任した。あれこれ言うことで、かえってペースを乱すこともあり得た。
そしてその通り、雄平はよく判断し、よくこらえて走っていた。
雷は1週ほどして鳴りやんで、雨脚も弱まって、普通の降り方になっていった。
それでも特段走りやすくなったというわけでもなく。路面の滑りやすさは変わらず。スピンするマシンも数台見受けられた。
霧も出てきた。
夜、雨、霧に、滑りやすい路面という、最悪のコンディション。リアルでは霧が濃くなればレース中断もありえたが。
これは実害のないSim racingだ。いかにコンディションがひどくとも、レースは続行される。
視界はめちゃくちゃ悪い。神経をすり減らす思いでのドライビングを強いられ。いかに実害がないSim racingでもフラストレーションがたまってゆくのは禁じ得なかった。
ましてや人生の懸かっているプロの試合である。まさに一寸先は闇。
「さすがに飛ばせないな……」
カースティも無理は出来ず、無難な安全運転をせざるを得なかった。それは2位の雄平も同じだった。
暗闇にたちこめる白い霧をヘッドライトが映し出す。その白い霧は無限の膜のように、コースを包んでいた。その膜の中に、突如としてバックマーカーのテールが現れ。時にはスピンしたマシンも現れた。




