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回復術士だと思っていたら、世界で最初の衛生兵でした! ~勇者パーティーを追放されたヒーラーは、戦場の天使と讃えられました~ #たらした 【Web版】  作者: 雪車町地蔵
第六章 王様に直談判して物資援助の広告をばらまきましょう!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

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第四話 王様とお話をして、世界中に広告をばらまきましょう!

「広告とな?」


 眠たげだった王の目がわずかに開き、玉座に深々と座していた玉体(ぎょくたい)が、すこしばかり前傾(ぜんけい)する。


「詳しく話して聞かせよ」

「はい。私は軍属の回復術士として、戦場の多くを見てきました」

「いまでは衛生兵と呼ばれているそうではないか。そなたこそが、衛生兵の始祖(しそ)であろう、胸を張るがよい」

「……有り難く存じ上げます」


 別段、そこにエイダの興味はないので、なんとなく感謝をしながら話を進める。

 いま少女の頭脳は、どうアプローチすれば自分の語る内容が王様に魅力的だと伝わるか、それを導き出すために全力稼動していた。

 王城に来るまで、散々考えていたことでもある。

 わずかながら思考の時間を与えてくれた聖女に、少女は感謝してもしきれない。


「戦場では、野戦病院などの実態を目にしてきました。塹壕(ざんごう)の掘られた前線、そこから後方に下がった位置に病院は作られます」

「無論知っておる。で?」

「私が初めて野戦病院を訪れたとき、そこは酷い有様でした」


 彼女は蕩々(とうとう)と語る。

 なにひとつ誇張することなく、ありのままの事実を。

 だからこそ、凄惨(せいさん)で残酷な光景を。


「兵士たちは血に濡れた使い回しの包帯で患部をくくられ、汚物にまみれた病床に寝かされ、命尽きれば埋葬(まいそう)されることもなく野にうち捨てられていました」

「余もその惨状には胸を痛めておる。しかし、改善したとも聞く」


 他ならぬそなたの手腕(しゅわん)ではないのか?

 王はそのように訊ね、少女は肯定するでも否定するでもなく首を振った。


「何故そのような事態に(おちい)ったか……すべては、意識と物資の不足によるものです」

「続けよ。いささか食指(しょくし)が動いた」

「はい。まずは意識――衛生という概念です」

「……大賢者の遺産にて、その言葉を聞いた覚えがある」


 さすがは王様、博学多識(はくがくたしき)でいらっしゃると、エイダは素直に喜び。


「不潔な場所では、病が蔓延(まんえん)するということです」


 と、ざっくりまとめてみせる。

 すると、王は一度顎に手を当てて考え。

 それから唸るようにして言葉を吐き出した。


得心(とくしん)がいったぞ。包帯、シーツ、器具諸々(もろもろ)も。それらが使い回される環境は、病の温床(おんしょう)ということであろう?」

「その通りです」

「ならば続く言葉もわかる。そなたが行った改善とは、その意識を変え、物資を与えることであった。どうだ、合っておるか?」

「ご明察です」


 エイダが正解だと言えば、王は子どものような無邪気さで手を叩いて喜んでみせた。

 上機嫌の王は、そのままエイダに発言を続けるよう促す。


「すべてはいま、王様の仰ったとおり。しかし、物資は未だ心許(こころもと)なく、衛生についての知識は一部にとどまっているに過ぎません」

「そうなのか、大臣?」

「は? はっ……」


 急に話を振られて、大臣は目を白黒させる。

 彼は文官のトップではあったが、戦場のすべてを知っているわけでは決してなかったからだ。

 大臣がしどろもどろにしていると、王は興味を失ったようで、少女へと向き直った。


「それで。そなたはいまの前提を踏まえ、余になにを望むと言ったか」

「広告です」


 エイダは、言った。


「戦地の過酷さ、最前線で戦う者たちの命がたやすく消えゆく危機、艱難辛苦(かんなんしんく)剣林弾雨(けんりだんう)の戦場がいかなるものかを物語(ものがた)り――兵士たちの命を繋ぐため、汎人類生存圏すべての臣民(しんみん)から、物資を募集したいのです!」


 唖然(あぜん)としたのは大臣だった。

 そんなことがまかり通ってはならないと彼は考え、すぐにエイダを黙らせようとした。

 だが、それを王は許さなかった。

 なぜなら彼は、蒼色(あおいろ)の瞳をついに見開き、好奇心に爛々(らんらん)と輝かせながら、もはや身を乗り出してエイダを見つめていたからである。


「エイダ・エーデルワイス。布告(ふこく)接収(せっしゅう)ではなくてよいのか?」

「確かに、陛下がお声を上げれば、臣民たちは(ことごと)(かしず)き、命を含むすべてを供出(きょうしゅつ)するでしょう。ですが、それはなりません」

「ほう? なぜだ」

「私の使命は、命を繋ぐことだからです」


 軍隊に日々の糧を強制徴収されれば、民草(たみくさ)怨念(おんねん)(つの)らせ、けっして兵士たちを助けたいとは考えないだろう。

 だが、彼ら民草のために家族が――そう、家族のような隣人が死地に(のぞ)み、そして困っているというのならば、手を差し伸べたくなるはずだ。


 それは、ヒトの善性を信じるということであり、ヒトの心の仕組みにつけ込むということでもあったが、それでもエイダは、誰もが同じものを見ることを望んだ。

 そのために、戦地のあるがままを、物語として示すべきだと考えたのだ。


「なるほど。それが、広告を打つと言うことか。同情を得たいと考えたのか、そなたは?」

「いかように(とら)えていただいても結構です。それで、傷つき倒れるものたちの、今日の命を明日に繋げられるのなら」

「具体的には、どのようにする?」

「ギルドの派遣する、従軍記者がいます。彼らに記事を書いていただき、各地に配布してはどうかと」

「ふむ……」


 王は、王座に深くもたれかかり、腕を組んで沈思黙考(ちんしもっこう)をはじめた。

 その場にいた誰もが、口を開くことを許されない圧力が彼からはあふれていた。


 時間の感覚が狂うほどの圧迫感。

 やがて、王がゆっくりと口を開いた。


「よかろう」


 それは、了承の言葉だった。


「エイダ・エーデルワイスの言葉、まことに愉快(ゆかい)。よって、(ゆる)す。(とく)に赦す。人類世界がそのすべてに、そなたの思うとおりの広告を()くことを許可する!」

「へ、陛下! それは」

「黙っていよ、大臣。余はすべてわかっている。その上で、このものの心意気(こころいき)(こた)えると言っているのだ。それでなお、余を(いさ)める道理が、そなたにはあるのか?」

「……は」


 王の言葉を受けた大臣は、身を縮こまらせその場から下がった。


 王が、少女を見下ろす。

 少女が、王を見上げる。


 蒼の瞳と、赤の瞳が、まっすぐに線を結んだ。


「思うがままに生きよ。余はそなたの成し遂げる事業を、この目で見たい」

「ありがとうございます。光栄の至りです……!」


 エイダはその場で、深々と頭を垂れた。

 そして。


「やったー!」


 控え室に戻されるなり、飛び跳ねながら喜んだ。

 これで、きっとたくさんの兵士たちが助かるだろう。

 223連隊たちも、そのほかの多くの者たちも。


「さあ、忙しくなりますね。まずは記者さんたちに配る、もととなる文面を考えなくちゃ……あ、そうです!」


 そういえば、こういうことを前にやった仲間がいたと、彼女は、不敵(ふてき)な笑顔で煙草をくゆらすエルフを思い出す。

 さっさと普段着に着替え直したエイダは王城をあとにし、一路戦場へとんぼ返り。

 レイン戦線が仲間たち。

 223独立特務連隊の元へと、向かうのだった――



§§



「恐れ多くも……よろしかったのですか、我が王よ」


 エイダが去った王座の間。

 大臣は、自身が忠誠(ちゅうせい)を捧げる主君へと訊ねていた。


「なにがだ」


 どこか浮かれた調子の王は、大臣に問いを返す。

 大臣は一度息を呑み、覚悟を決めて、口にした。


「戦場のすべてを伝えると言うことは、我らに損耗(そんもう)がありと認めることです」


 そう、それこそを大臣は懸念していた。

 魔族と人類の大戦争。

 これが優勢に運んでいるからこそ、臣民たちは王を称え、軍部を必要とする。


「ふん。だが、人の血があたら流れているとなれば、民草は厭戦(えんせん)感情をもたげるというのだろう?」

「……は」

「わかっておる。余は暗君(あんくん)ではない」


 サンジョルジュ1世は、それらをすべて承知していた。

 承知してなお、エイダの理想を聞き届けようと考えたのだ。


「あの娘がどこまで考えていたか、それは余をしても(はか)れぬ。だが、銃後からの物資に、激賞(げきしょう)が混じればどうなる? 民草を護る兵士たちに、その民草からの感謝が伝えられれば?」

「それは……おおいに兵士たちが生きる活力となりましょう」

「おまけに余の宝物庫も、軍の財政も痛まぬ」

「しかし……」

「みなまで言うな、大臣よ」


 王は、かすかに口元をほころばせながら、大臣の言葉を制した。


「政治は余と大臣、そなたらが取り仕切ればよい。戦いは武人が勤めだ。だが、人の傷は誰が癒やす? 権謀術数(けんぼうじゅっすう)では命を奪えても救えはせぬ。同情を餌にした罪の(そし)りなど、余らで受け止めれば済むではないか。だから、余はあれに賭けることにした」


 それは、どこか祈りにも似た言葉だった。


「見ておらなんだか? あの娘、余の浄眼(じょうがん)を直視して、(ひる)みも物怖(ものお)じもせなんだ。なんと(きも)()わった娘かと、うれしくなったわ」

「…………」

「だが、気に入ったのはそこではない。よいか、大臣。机上(きじょう)にて大勢の命を奪う余らは、いずれ歴史に裁かれる悪ぞ」


 王は語る、己の治世(ちせい)を。

 そして、理想を。


「この世は善の善なるものによって運営されているわけではない。悪なるものは絶え間なく、(よこしま)なるものは決して消えることがない。いまとて、余は激賞を偽装しても同じ効果があがるだろうと考えておる」


 だが。


「それでも、エイダよ。エイダ・エーデルワイスよ。そなたのように、まっすぐ歩き続けられるものがいれば」


 あるいは。


「いつかは、この世界から、争いが――いや、妄言(もうげん)が過ぎたな。忘れよ、大臣。(たわむ)(ごと)だ」

「――は」


 かくて、王と大臣は、誰にも聞かせられない話を終える。

 そのまま、山のようにある執務へと戻っていく。

 ただひとかけら、(しろ)き少女に、希望を(ゆだ)ねて。


「余は、そんな世界を、見てみたいぞ」


 夢見るように、そっと。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 王様、カッコいいですねー
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