第88話
「相変わらず早いな、あいつは」
まだ約束の20分前なのに、もう待ち合わせ場所にいる。
俺もだいぶ早く来たと思ったんだか……一体どれくらい前からいるんだ。
梨蘭はそわそわと時計を見ては、緩みそうな口を隠すように頬をもにもにさせている。
なんだあれ、可愛すぎか?
今日の梨蘭のファッションは、前に一緒にショッピングした時に買っていた、白のワンショルダートップス。
下は水色のハイウェストスカートで、全体的に清涼感がある。
前髪をちょいちょい直し、時計塔の下で待つ姿は、まるであの時を思い出させるな。
今回も人だかりはできてるけど……あの時とは違う。
「梨蘭」
「あっ、暁斗!」
呼び掛けると、まるで大輪の花が咲いたように笑う梨蘭。
本当、変わったよなぁ。
とてとてとこっちに向かって駆けてくる。が。
「はっ……! ちょ、ちょっと待って」
「え? お、おう」
少し手前で後ろを向き、何やら頬をコネコネしている。
……何してんの?
そのまま待つこと数秒。
再度振り返った梨蘭は、打って変わって仏頂面だった。
「遅いわよ。いつまで私を待たせるつもり?」
「いやいやいや、さすがに無理がある」
「な、なんのことかしら」
おい、こっち見ろ。可愛いから許すけど。
全く……本当に変わったな、梨蘭は。
「な、何笑ってるのよ……」
「いや、なんでもない。……待たせたな。今日は絡まれなかったか?」
「ええ、大丈夫。……心配してくれるの?」
「当然だろ。お前は俺の運命の人で……俺はお前の、か、彼氏、なんだし」
「っ……そ、そ、そう、ね……」
ぷしゅ~。おーい、頭から湯気出てるぞ。
まあ俺も似たようなもんだろうな。だって今顔熱いし。
公共の面前で何を恥ずかしいことしてるんだ、俺達は……。
「と、とりあえず移動しようぜ」
「ぇ、あ、はぃ……」
いつになくしおらしい梨蘭を伴い、微笑ましいものを見るような目で見てくる野次馬から逃げる。
やめて、本当。恥ずかしいから。
「(暁斗が心配……心配……ふふふ。心配……♪)」
あの、聞こえてるんで、嬉しそうにするのやめてもらっていいですか?
◆
無事、人数分の生クリーム苺大福を手に入れ、梨蘭と共に久遠寺家へと向かっていた。
ここまで来てなんだが、余りにも緊張しすぎて胃が痛い。キリキリする。
俺、こんなに緊張やストレスに弱かったっけ。ううう。
「暁斗、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。問題ない」
「それ大丈夫じゃない時のセリフよね!?」
うん、ごめん。ここまで緊張するとは思ってなかったんだ。
だってよくよく考えてみると、今の俺と梨蘭の状況って、色々と飛び過ぎてると思うんだ。
梨蘭と付き合い始めた。
で、梨蘭と将来ずっと一緒にいることを約束している。
最後に、俺の子を産んでほしい的なことになっている。
……あまりにも話が飛躍してるね。反省してます。
まあ、俺と梨蘭の関係をまとめると、こんな感じになっているんだが。
そんな状態で、久遠寺家にお呼ばれして食事って……うぅ。想像しただけで胃がキリキリする……!
「大丈夫よ、暁斗。パパもママも、暁斗のこと気に入ってくれるわよ」
「そうだといいんだけど……」
「ええ、絶対大丈夫だから」
……まあ、梨蘭がそういうなら、大丈夫……なのか?
せめてもの時間稼ぎと、一歩一歩、ゆっくりと歩を進めていく。
そして。
「さあ暁斗。ついたわよ」
「……相変わらず、でっけー家だな」
梨蘭の見舞いに来た時も思ったけど、周りの家より一回りも二回りもでかい。
当然、寧夏や璃音の家とは比べ物にならないが。それでもかなり裕福なのは間違いない。
「じゃ、開けるわよ」
う。まだ覚悟はできてないが……ええい、ままよ!
梨蘭を見て頷くと、扉を開けて中に入っていった。
と、とにかく丁寧に。悪い印象を与えないようにしよう。
誠実さをアピールするのだ。
「ただいまー。連れてきたわよー」
「おっ、お邪魔しま——」
ドッカアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!
うおっ!? 扉が思いっきり開いた!?
勢いそのまま、部屋の奥から3人の人影が飛び出してきた。
「来たかいアキト君!? おおおおおおおおおっ、生アキト君だ! 生アキト君が目の前にいるよ、母さん!」
「お父さん、うるさい。やあ、あなたがアキト君ね? いやー、梨蘭が熱を上げるのがよくわかるよ。イケメンじゃない」
「アキト君、おひさー! お姉ちゃんに会えなくて寂しかった? お姉ちゃんは寂しかったよ!」
…………。
「ね? 心配することなんてないでしょ?」
「……そっすね……」
なんか、一気に気疲れした。
俺よりも背は低いが、がっしりとした体付きのお父さんが、超満面の笑みで俺の肩をばしばし叩いて来た。
「あっはっはっはっは! はっはっはっはっはっはっは!」
「あ、あはは……あの、痛いです」
「お? そりゃすまん! 何せ梨蘭の運命の人だ。年甲斐もなくテンション上がってしまってな! がはははは!」
「さっすがパパ、わかってる~!」
へーい、とハイタッチをする迦楼羅さんとお父さん。
龍也と寧夏みたいなノリの人だな。
「お父さん。迦楼羅。——黙りなさい」
「「あ、はい」」
お母さんの一言で黙る2人。
あ、わかった。迦楼羅さんはお父さん似。梨蘭はお母さん似なんだ。家庭内ヒエラルキーの一端を見た気がする。
2人を黙らせたお母さんは、柔和な笑みを浮かべた。
淡い光を纏っているかのような金髪に、燃えるような緋色の瞳。
そしてイギリス系美女の最高峰と言われても信じられるほど、整った顔立ち。
この人が、梨蘭のお母さん……本当、そっくりだ。遺伝子ってすごい。
「さ、アキト君。上がってちょうだい」
「お……お邪魔します……」
でも……はて、どこかで会ったことあるような?
うーん……ま、いいか。
お母さんに促され、俺達はリビングへと入っていった。
【評価】と【ブクマ】が済んでいないという方がいましたら、どうかお願いします!
下部の星マークで評価出来ますので!
☆☆☆☆☆→★★★★★
こうして頂くと泣いて喜びます!




