第70話
◆
その後、何事もなく放課後になった。
梨蘭は竜宮院と遊びに行くらしく、早々に教室を出ていき。
龍也と寧夏もデートと言うことで近くにいない。
ま、俺も俺でやることはあるから、別にいいんだが。
さ、寂しくなんかないぞ。本当だぞ。
……言ってて悲しくなってきた。
俺は気持ちを引き締め、ある場所に向かって歩みを進めた。
雨じゃなければ、自転車で15分くらいなんだが……やっぱり雨は嫌いだ。
傘に雨が当たる音を聞きつつ、ここ最近のことに思いを馳せる。
本当、いろいろあった。
まさか俺が、3人から好意を寄せられてるとは思わなかった……しかも、3人とも超ド級の美少女。
もし赤い糸がない世界だったら、俺は……俺は、誰と付き合ってたんだろうな……。
……いや、考えるのはよそう。
『運命の赤い糸』は実在し、俺と梨蘭を繋いでいる。
それが現実だ。それ以外を考えても仕方ない。
雨だから、必要のないことばかり考えちまう。急ごう。
雨の中でも構わず足速に歩く。
そこから15分後。駅前の路地を入り、少し入り組んだ場所にある寂れた道場にやって来た。
実相寺道場。
そう、俺が普段からお世話になってるジムだ。
道場と書かれてるけど、基本的にキックボクシング専門。高校生は俺を含め2人。あとは仕事帰りの社会人が数人という、小さい道場だ。
とにかく、体を動かして煩悩を捨てよう。
ネガティブを潰すのはポジティブじゃない、没頭だと、かの若林大先生も言ってたわけだし。
「失礼します」
「おー。来たナ、少年」
道場に入ると、1人の女性が逆立ちして腕立て伏せをしていた。
相変わらずのアクロバティックっぷり。惚れ惚れする。
女性は立ち上がると、タオルで汗を拭いてEAAと呼ばれる飲み物で喉の乾きを潤した。
灰色のスポブラに黒いスパッツ。
シルクのような銀髪は肩まで伸び、青い瞳は涼やかだ。
父は日本人、母はロシア人のハーフだ。
そしてなんと言っても、でかい。
タッパも185センチと俺より10センチ近くでかいし、それに比例するかのように色々とでかい。
生まれた時からトレーニング三昧だから筋肉質で、見た目の涼やかさとは違いかなり体育会系。
エリザヴェータ・ジッソウジ。愛称はリーザさん。
先代の娘さんで、今年で21歳。早死した先代の変わりに、ここのオーナーをしている。
リーザさんは「ん?」と眉を釣り上げ、直ぐにニヤニヤと破顔した。
ロシアンハーフの美人がそんな顔すると、ちょっとドキドキするからやめてほしい。
「なんだなんダ。少年、ドーテーを卒業したような顔をしているゾ」
「どんな顔ッスか、それ」
「いやいヤ、マジだヨ。リラン君とくんずほぐれつヤったかイ?」
うりうり、と肘でつつかれた。
ちょ、無駄に力強いんだからやめてください。
あと、運動後の女性ってちょっといい匂いするから本気で心臓に悪い。
リーザさんから少し離れ、ため息を吐くと共に……ある疑問が沸いた。
……俺この人に梨蘭の話、したことないぞ?
何で梨蘭のこと知ってるんだ?
そんな俺の疑問を察知したのか、リーザさんはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「何でリラン君のことを知ってるのかって顔をしているネ。フッフッフ……何を隠そう、カルラは私のコーハイだ!」
…………。
「は?」
「カルラは大学のコーハイなんだヨ。君達のことハ、カルラから全て筒抜けサ」
何やってんのあの人!
何やってんの!?
人のプライバシーとか考えて発言してくれないかな!?
「次の土曜日に食事に行くんだろウ? そのことで緊張していル。違うかナ?」
「……まあ、違わないッスけど」
「ムフフ。若いナァ、少年! 純粋でウブで世の中の穢れを知らなイ! 悦いぞ悦いゾ〜」
「うぜ」
「おいおイ。シショーに向かってなんという言葉遣いダ」
師匠でも年上でも女性でも、うざいもんはうざいです。
「まア、私だけ君の秘密を知るのもフェアじゃなイ。そこで、私の秘密を2つ教えてやろウ」
「何で2つ?」
「いつか私が困った時、これをネタに助けてくれるだろウ?」
「貸しを押し付けてくる人初めて見た」
「でも、君は見捨てなイ」
さすが、俺の性格をよくわかってる。
「だからって押し付けられて嬉しくは──」
「では1つ目ダ」
「聞けよ」
この人本当に話聞かないな。
「1つ目の秘密。──おっぱいがJになった」
「ぶっ!?」
なんつーことを教えんだこの人は!?
「因みにこれは母様ですら知らない。どうダ?」
「ど、どうだって……」
思わず胸を見てしまう。
その隙を見逃さなかったのか、リーザさんは前屈みになって強調してきた。
「ほれほレ。どーダ?」
「ちょ、本気でやめてくださいっ……!」
「相変わらずカワイイな君ハ」
やかましい。
「そして2つ目だが」
「いや、あの、本当にもういいんで……」
「まあそう言うナ。むしろこっちが本番ダ」
じゃあ1つ目は何だったのか。
リーザさんはこほんと咳払いをすると。
愛おしそうな目で左手の薬指を撫でた。
……まさか?
「実ハ、私にも赤い糸が現れタ。……3年、かかったガ」
「────!」
そう、か……。
そう、リーザさんは3年前、急に赤い糸が消えた。
そのことが意味するのは1つ。
運命の相手が、亡くなった。
病気か、事故か。それはわからない。
だけど当時のリーザさんは見てられないほど嘆き、打ちひしがれていた。
ここ最近、元気になったとは思っていたけど……そうか、運命の人が現れたからだったのか。
「おめでとうございます、リーザさん」
「……あぁ、ありがとウ」
晴れやかに笑うリーザさん。
この人の強さも、優しさも、弱さも、全て見てきたからこそ、心から祝福できる。
おめでとう、リーザさん。
幸せになってください。
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