第57話
◆
梨蘭への気持ちやちょっとした罪悪感。それに、龍也と寧夏の距離感の変化を考えていると、あっという間に昼休みになり。
結局、午前中は2人とも微妙な距離感のままだった。
昼休みになると寧夏は直ぐに教室を出て行ってしまった。
その為、俺と龍也は久々に2人で飯を食っている。
「うーん……なんだかなぁ」
「暁斗、そんなに気にすんなって」
「いやいや、お前が一番気にしなきゃいけないだろ」
「まあ、そうなんだけどな」
龍也はしれっとした顔で焼きそばパンを食う。
なんだかな……2人は気にすんなって言っても、やっぱり親友の一大事とあっちゃ気になるもんは気になるんだよ。
そんな龍也がパンを1つ食い切ったところで、にやりと口を歪めた。
「それより聞いたぞ、暁斗」
「何を」
「安楽寺に告白されて、振ったんだって?」
「ぶっ!?」
思わぬ口撃を食らい、せき込んでしまった。
何でこいつがそのこと知ってんだよ。
「いやー、お前も罪な男だねぇ~。あんな可愛い美少女に好かれて告白されるなんて、そうそうないぜ? ま、俺らは安楽寺の気持ちは既に察してたから、驚いてはいないけど。振ったのって、やっぱり暁斗の運命の人がいるからか?」
「べ、別に、関係ないだろ」
ペットボトルのお茶を一気に飲み干す。
そうでもしないと、思わず梨蘭の方を向いてしまいそうだから。
そうなったら、俺の運命の人が梨蘭だって教えるようなもんだ。とにかくそれだけは知られちゃならない。
「ふーん。俺からしたら、火遊び程度でちょっと摘まむくらいなら問題ないと思うけど。運命の人に知られなきゃいいだけだろ」
「お前なぁ」
ちょっと今の言い方はないんじゃないか? いくら温厚な俺でもカチンと──。
「……ん?」
何だ、この龍也の違和感は。何かやけくそ気味というか……龍也って、こんなこと言うような奴じゃないだろ。
これ、まさか……。
「……龍也、ちょっとツラ貸せ」
「え。あ、いや、怒ったか? 悪い、そんなつもりじゃ……」
「いいから、外行くぞ」
「……おう」
クラスメイトの視線が俺達に集中する中、龍也を連れて外に出た。
校舎と部室棟の間にはちょっとした休憩スペースがあり、雨の日なんかはここは使われない。だからこそ、人気がなくて何かを話すにはうってつけだ。
「暁斗、悪かったって。さっきのはちょっとしたジョークで……」
「龍也。『運命の赤い糸』関連で、何かあったな」
「っ」
面倒くさいことは抜きにして率直に聞くと、龍也の目が僅かに見開いた。
「さっきの龍也、どこかおかしかった。普段のお前なら、冗談でもあんなことは言わない。それは親友の俺が一番よくわかってるつもりだ」
「…………」
龍也は今にも泣きそうな顔で、俺から逃げるように目を逸らした。
龍也の癖はもうわかってる。これは、何かしら隠し事がある時の癖だ。
さっきはうまく隠してたみたいだけど、もう言い逃れはできない。
「龍也」
「……はぁ……暁斗、お人好しすぎ。普通面倒ごとなんて、好んで足を突っ込まないだろ」
これは……暗に認めたようなものか。
「普通はな。でも俺は突っ込まさせてもらうぞ。親友達の一大事に、何もしない方が最低だ」
「暁斗らしいや。……放課後、うちに来てくれ。ネイも呼ぶ。そこで話すよ」
「……わかった」
憂いを帯びた表情の龍也が、俺に背を向けて教室へと戻っていった。
ふと空を見上げる。
さっきまでのしとしとと降る雨とは違い、全てを飲み込まんとするほどの強烈な雨が、プレハブの屋根を叩いていた。
◆
午後の授業も集中することができず、ぼーっとした時間を過ごした。
何度か梨蘭からお叱りの言葉をもらったり、土御門から心配するメッセージを貰ったが、それでも心ここにあらず。
何も手につかなかった。
そうして、放課後。
俺達は龍也の住む高級マンションまで来ていた。
龍也の父親は現在海外で仕事をしていて、母親もそれに着いていっている。だから龍也は実質一人暮らしの身だ。
こんなマンションに一人暮らし……何度来ても、羨ましい。
「ま、上がれよ」
「おう」
「……お邪魔します」
龍也、俺、寧夏の順に家に上がり込む。
寧夏はさっきからソワソワしてるというか、随分と大人しい。いつもなら真っ先に上がって、ソファーを占領するっていうのに。
リビングに入り、龍也が人数分のお茶を出す。
いつものように2人掛けのソファーに座ろうとすると、龍也がそれを止めた。
「あ、悪い暁斗。今日はそっちの1人掛けの方に座ってくれ」
「ん? ああ、わかった」
言われた通りに座ると、龍也と寧夏が並んで2人掛けのソファーに座る。
ソワソワしている寧夏に、いつもと違い落ち着いている龍也。
何だか新鮮な2人だな。
「リューヤ、言うの……?」
「ああ。俺に任せてくれ」
「……わかった」
と、2人は居住まいを正して俺の方を向いた。
俺も、何となく居住まいを正す。
「暁斗、聞いてくれ。俺とネイの話だ」
「……おう」
「俺とネイは、『運命の赤い糸』で結ばれている」
……え。マジ?
「それは、その……え?」
「前に、俺達は別々に運命の人がいるって言ったけど、あれは嘘だ。……嘘をついて、ごめん」
「ごめんね、アッキー」
「い、いや、それはいいんだけど……」
まさか、この2人が赤い糸で繋がっていたなんてな。……いや、俺と梨蘭が繋がってたんだ。むしろ、2人が繋がってる方が自然か。
けど……なんだ、この重苦しい空気は。
と、とにかく場を盛り上げないと。
「お、おめでとう2人とも! 何だよ、恥ずかしくて言えなかったか? 俺達の仲じゃないか、水臭い。あ、結婚式には呼んでくれよ?」
「「…………」」
……あれ、外した? 余計空気が重くなったような。
今にも泣きそうな寧夏の手をそっと握る龍也。
こう見ると、2人の間に確かな繋がりがあるように見える。
そんな2人なのに……なんでこんな空気なんだ?
そのまま待つことしばし。
龍也が、ゆっくりと口を開いた。
「実は……俺達は、結婚できない。……ネイの両親が、ネイを協力会社の社長の息子に嫁がせると、決めたんだ」
「────」
え……そ、それって……。
「政略、結婚……!?」
俺の言葉を肯定するかのように、2人は沈黙で答えた。
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