第49話
◆
「暁斗センパーイ、こんちゃーす!」
「なぜお前がここにいる」
土曜日。日課の朝トレを終えて帰ってくると、乃亜がリビングのソファーに座っていた。
膝上ではなく、股下と言った方がいいほど短い薄紫のミニスカート。
白いオフショルダーのトップス。
黒くダボダボのパーカーに腕だけ通し、白く華奢な肩から鎖骨が見えている。
露出度は高めだが、乃亜らしい服装でなんとも思わん。
「なぜって酷いですね。今日は琴乃とお勉強なんですー」
「……え? 何だって?」
「いや、唐突な難聴主人公ムーブうける(笑)」
うけるな。
って、勉強? こいつが? え、勉強?
「格ゲーのコンボやフレームの勉強なら、ここじゃなくてゲーセン行った方がいいぞ」
「センパイ、ウチのことどう思ってるんですか……そろそろ中間ですから、琴乃と勉強するんですー。今琴乃、コンビニに飲み物買いに行ってます」
あぁ、なるほどそれで。
琴乃も、前もって準備したらいいものを。
「……え、中間? 定期テストの?」
「それ以外の何がありますか」
「……お前、悪いもん食ったか?」
「しっつれいですね! ウチだって行きたい高校あるんですから、最近では内申とかちょー気にしてるんですよ!」
「わ、悪い」
でも……そうかそうか。乃亜も成長してるんだ。
最後に会ったのが3月の頭で、その時はまだこいつも中学2年生。それから、もう2ヶ月も経ったんだ。
男子三日会わざれば刮目して見よって言うが、それは女子にも当てはまるのかもな。
「そっか。頑張れよ、乃亜」
「らじゃっす!」
にひー、と笑って両手で敬礼する乃亜。調子いいな、こいつ。
「って、母さんと父さんは?」
「あぁ、おば様達ならデートですって」
「またか」
いやまあ、『運命の赤い糸』で結ばれてる同士だし、いつまでも仲睦まじいのはいいことだけど。
だからって、他所様を家に残したまま出掛けるなよ……。
と、今度は指をモジモジさせて上目遣いで見てきた。
「ところで、センパイ。ちょっとご相談が……」
「! ……まさか、あのことか? 大丈夫なのか?」
「あ、違います、そっちじゃないです」
ほ……よかった。
一瞬脳裏にあのことが浮かんだけど、杞憂だったか。
緊張を解くように息を吐くと、乃亜は『ω』口をして脇腹をつついてきた。
「むふっ。なんですか〜センパ〜イ。ウチのこと心配になっちゃいました〜?」
「つつくな、ウザい」
「そんな照れなくていいのにぃ」
うぜえ。後マジでつつくの止めろ。
「で、相談って何だよ」
「それがですね、ウチって銀杏高校に行きたいじゃないですかぁ」
「初耳のことをさも当然のように言われても。……って、お前うちの高校行きたいの?」
「ですです」
「うち、それなりに偏差値高いけど……まさか」
「そのとーーーり!」
乃亜は手を合わせ、腰を直角に折り曲げた。
「どうか、どうかウチの受験勉強見てください!」
「やっぱりか……はぁ、しょうがないな」
「えっ、じゃあ……!」
「だが断る!」
「いや断るんかーい!」
いや、そりゃ断るだろ。面倒だし。俺にメリットないし。
それに俺もそんな時間はない。俺も俺でそれなりに忙しいのだ。主に梨蘭とのことで。
「むむむ。まさか断られるとは……! なら、報酬を弾みます!」
「報酬?」
「はい! 思春期童貞男子高校生据え膳の報酬です!」
「童貞は余計だ」
この時代、童貞処女なんて普通だ、普通。
……だけど、ほんのちょっとだけ……ちょっとだけ、報酬とやらが気にならんこともない。
「……言ってみろ」
「おおっ、センパイも好き者ですね! ふふふ、それじゃあ前払いとして……」
乃亜は俺から少し離れると、自身のスカートの裾を摘み。
「はい。パ、ン、チ、ラ、リ♡」
スカートの裾を僅かに持ち上げたことで、ほんの少しだけ見えた意外にも純白の布。
ワンポイントのレースが可愛らしい、いい意味で乃亜っぽくない下着だ。
「どうです? 興奮しました?」
「んー……布」
「ちょ、その感想は素で傷付くんですが……」
「と言われてもな」
階段の上で梨蘭に呼び出された時、階段に座ってたからちょっと見てしまったけど……あの時ほどの衝撃ではない。
やっぱり運命の人と、そうでない人ではかなり受ける印象がちがうらしい。
梨蘭のパンチラは、マジなパンチラ。
対して乃亜のパンチラは、パンチラと言うより布チラって感じだ。
別に乃亜が可愛くないわけじゃない。
一般的に見たら美少女だし、赤い糸が見える前の俺だったら間違いなく狼狽してるだろう。
それでも、やっぱり違うんだ。
「はぁ……そう言うの、他の奴にはやんなよ。男は狼なんだから」
「安心してくださいっ、こんなこと、センパイにしかやりませんよぅ」
「何その謎の信頼」
「あれがあってから、センパイだけには全幅の信頼を置いてますから!」
「……そーかい」
そりゃ、先輩冥利に尽きるな。
乃亜の頭を撫でると、頬を染めてされるがままに撫でられる。
全く、可愛い後輩だな。
苦笑いを浮かべてると、乃亜は胸の前で拳を握り締めた。
「じゃ、報酬も払ったってことで、勉強見てください!」
「……わかったよ。その代わり、毎週って訳にもいかないからな」
「もちです! お願いする時は、メッセ送りますから!」
「そうしてくれ」
乃亜とそんな約束をしていると、玄関から琴乃の声が聞こえてきた。
「ただまー! あれ、お兄おかえり!」
「ああ、ただいま」
大量のお菓子とジュースを買い込んできた琴乃が、テーブルにそれを広げた。
「じゃ、遊ぼ!」
「勉強するんじゃねーのかよ」
「そうだよ琴乃! 今日は勉強すんのっ。一緒に銀杏高校行くって約束してるじゃん!」
「んぇ〜……ちょっとくらいいいじゃーん」
「だーめ!」
見た目大人っぽくて真面目そうな琴乃が遊びたくて、見た目ギャルっぽい乃亜がそれを諌める……見てて面白いな。
「それに、暁斗センパイが勉強見てくれるって約束してくれたんだよ。だから琴乃も一緒にやろ!」
ピタッ──。
お菓子をどかし、勉強スペースを作ろうとしていた琴乃の動きが止まった。
「えっと……お兄が勉強を……?」
「え……う、うん。そうだけど……琴乃、顔真っ青だよ? 大丈夫?」
琴乃が俺を見て、ガクブルと震え出した。
そんなリアクションしなくても……。
「ま、待って……! だめ、絶対だめ!」
「なんで? 高校受験を乗り切ったセンパイがいるんだし、使えるものは使った方がよくない?」
「よくない! いい乃亜っ。お兄は何かを教える時は、ガチ中のガチ! 手を抜くことを一切しないの! これがどれだけ怖いことか……!」
そんなことないぞ。これでも十分、手心を加えて教えてるんだが。
「んー……ま、1度体感しないとわかんないよ。てわけでセンパイ、おなしゃす!」
「ああ、わかった。どうせなら琴乃も一緒にやるか?」
「わ、私はいいかな……」
「そうか。じゃあ乃亜、教科書開いて」
「あいさー!」
1時間後。
「いやほんっっっっとごめんなさい正直舐めてましたまさかこんな鬼スパルタだとは思わなかったんですマジで謝るので許してくださいお願いしますごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
結局乃亜は1時間で音を上げ、今後俺との勉強契約は白紙に戻ったのだった。
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