第26話
「ちょ、やっぱまずいですって。いくら風邪とは言え女の子の部屋に行くのは……!」
「いいからいいから。お姉ちゃんが許可を出してしんぜよぅ」
いや、あんたの許可が出ても久遠寺の許可がないと……!
背中をグイグイ押されて2階に連れられる。
階段を昇って右側には【KA☆RU☆RA】のプレートが掛けられた扉。
左側には【♡梨蘭♡】のプレート。こっちが久遠寺の部屋か。
「リーラー? 入るよー?」
「ちょっ、やっぱ俺……!」
「まあまあ、いいからいいからっ」
よくないよ!?
扉を開け放ち、無理やり部屋に突入。
直後、鼻を突く芳醇で濃厚な匂い。
いつも僅かに香っていた、“久遠寺梨蘭”という香りが充満した部屋に……俺の思考はショートした。
カーテンを閉めてるのか薄暗い部屋は、ファンシーと言うかメルヘンと言うか。
パステルカラーの絨毯に家具、ぬいぐるみ、小物。
とにかく久遠寺らしくない、可愛い内装だ。
そんな“久遠寺梨蘭”の領域に無断で入ったからか、俺らが騒々しかったからか(多分後者)。
「ん……っ……おねーちゃん……?」
「ッ!」
この部屋の主が目を覚ました。
相当辛いのか、薄暗い部屋でもわかるくらい顔は真っ赤で。
デコにはひんやりシートを付け。
それでも暑いのか胸元のボタンが大きく開けて汗ばんだ谷間が……って! ノーブラかよこいつ!? せめてキャミソールくらい着ろ!
「リラ、愛しのアキト君が来てくれたよん」
「茶化すのはやめてくださいよ……!」
「……あきとくん……さなだ……?」
焦点のあってない目が俺を見つめる。
だ、大丈夫か、こいつ? 本気で心配になるくらい体調悪そうなんだが。
「よ、よう、久遠寺」
「………………あぁ、そっか。ゆめかぁ……」
……夢? まさか、俺がここにいるのを夢だと思ってるのか?
「そーよ……だってさなだがここにいるはずないもの……ふふふ、そっかぁ……」
とろんとしたような、うっとりしたような顔の久遠寺。
これは熱によるものなのか、それとも夢見心地なのかわからないが……いつもは見せない表情だ。
「! ぬふふふふ。そいじゃアキト君。あとよろすく〜」
「えっ。ちょっと……!」
……行っちまった。
こんな所に置き去りにされても……。
「さなだ」
「っ……な、なんだ?」
「こっちきて」
「え、いやそれは……」
「くるのー」
幼児退行してますよ久遠寺さん。
だけど、ここで渋って泣かれてもそれはそれで居心地が悪い。
諦めて近付き、ベッドの横に立つ。
と、久遠寺が無理にでも起き上がろうとした。
「ちょっ、寝てろって。風邪引いてんだから……!」
肩を抑えて寝かせる。
だが久遠寺は起きたいらしく、むーっとした顔で手足をぱたぱたと動かし。
「はーなーせー」
いやマジでガキか。
動画撮っといて後で送り付けてやろうか。
「いいから、寝てなさい。少しは側にいてやるから」
「……すこしだけなの?」
「え?」
く、久遠寺、何を……?
「ずっとじゃないの……? ずーっと、いっしょにいてくれるんじゃないの……?」
あ、やべ、泣きそうだこいつ。
……まあ、夢って思ってくれてるわけだし……今は少し、素直になってもいいか。
「……当たり前だろ。ずっと一緒だ」
「ほんとっ?」
「ああ。俺達は『運命の赤い糸』で繋がってんだ。ずっと一緒にいよう」
「……ふひ……ふひひっ。えへへ……」
俺をチラ見しては笑みを浮かべ、またチラ見しては笑いをこぼす。
……なんか、こう見ると運命の人ってより、妹みたいだ。
そういや琴乃も、昔風邪引いたときはこんな感じだったっけ。側にいてやらないと、寂しくてよくぐずったもんだ。
まあ、どれだけ妹みたいと言っても、目の前にいるのは風邪で弱った運命の人。
ぶっちゃけ無防備すぎて俺の精神衛生上、毒でしかない。
「ね、眠るまでここにいてやるから、早く寝な」
「ん……ありがと……ねぇ、さなだ……」
「何だ?」
「……て、にぎって」
………………………………え。
な、なん……だと……!?
て、手を握るって、それって……さ、さわっ、触るのかっ、こいつに!?
脳裏に過ぎるのは、屋上前の踊り場でのこと。
少し触れただけで走った衝撃は、今でも忘れない。
あのことがあったから、なるべく触れないようにしてたんだが……。
「だめ……?」
曇りのない純粋な瞳……!
これは……い、致し方ない……。
「……ほれ」
「! ん……」
久遠寺の手が、ゆっくりと俺の手を握る。
「────ッ!!」
来、た……! あの時の衝撃……!
触れた部分の神経が剥き出しになり、電気のようなものが頭の先からつま先まで突き抜ける……!
「……さなだのて、おっきぃ……おちつく……」
や、やめろぉ! もにもにするなぁ……!
「い、いいいいいいいから寝なさい……!」
「ん……おやすみ……」
「お、おおおおう。お、おやすみ……!」
久遠寺の目が閉じられ。
相当辛かったのか、直ぐに寝息を立てて意識を失った。
そっと、手を離すと……よ、よかった。本当に寝てるみたいだ……。
ドッドッドッドッ──!
心臓が今までにないほど早く鼓動する。
こいつはまずい……一刻も早く帰らないと……!
急いで部屋を出て階下へ向かう。
と、廊下にいた迦楼羅さんが壁に背を預けてニヤニヤ顔で立っていた。
「にゅふふふふ。うぶだねぇ、少年。顔真っ赤よ」
「ぐ……か、帰ります。お邪魔しました」
「あいあーい。また来てねん」
しばらくはゴメンです。
靴を履いて扉に手を掛けると、迦楼羅さんが「あ、そうそう」と声を掛けてきた。
「アキト君や」
「……何すか」
「おや、警戒されてる。でもそんなけいかいすることないよ。1つ、お願いするだけだから」
お願い?
迦楼羅さんは俺に近付く。
すると、背伸びをして俺の頭に手を乗せてゆっくりと撫でてきた。
まるで、本当の姉のように。
「リラは強いけど、脆い子なんだ。君が是非とも支えてあげてね」
「……うす」
気恥しさを隠すように急いで玄関を潜ると、足早に家へと帰って行った。
夕日が俺を照らす。
が、俺の顔の火照りは……間違いなく、夕日のせいではないだろう。
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