第108話
この後、梨蘭は一日中ニコニコしていて、事あるごとに手鏡でイヤリングを眺めていた。
こんなに喜んでくれるなら、もっと早くにプレゼントしてやればよかったな。
「それにしても、暁斗も大胆ね」
「え?」
大胆? なんのことだ?
梨蘭は「やっぱり知らないのね」と呆れたように笑うと、アネモネのイヤリングを撫でた。
「アネモネ種全般の花言葉は、『嫉妬のための無実の犠牲』、『見捨てられた』、『はかない恋』、『恋の苦しみ』、『薄れゆく希望』なんかの、マイナスの花言葉が多いの」
「えっ。ご、ごめんっ。そうとは知らずに……」
しかも、俺と梨蘭との関係からするに、似合わない花言葉ばかりだ。
これ、怒られる……?
だが梨蘭は怒る様子ではなく、ゆっくりと首を振って恥ずかしそうに笑った。
「安心して、怒ってないから」
「ほ、本当か……? これ、どう考えても怒られる流れだと思ったんだが……」
「ええ。赤いアネモネの花言葉には、別の意味もあるから」
「別の意味? って……!?」
いきなり俺の腕に抱き着いて来た梨蘭のせいで豊満な胸がむにゅりと形を変えるししかも俺の腕まで包み込むというか挟み込みというかもう柔らかくて柔らかくて柔らかくて柔らかくて柔らかくて柔らかくて柔らかくて柔らかくて柔柔柔柔柔柔柔柔柔柔柔柔柔柔柔柔あああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「赤いアネモネの花言葉は——『君を愛す』」
あああああああああああ……あ?
「……君を愛す?」
「赤いアネモネの花言葉よ。素敵よね」
梨蘭は幸せそうに、俺の腕に擦り寄って来た。
周りから見られている羞恥心と、好きな人が嬉しそうに擦り寄ってくる多幸感と、腕から伝わってくる梨蘭の温もりで脳汁がドバドバ出てくる。
「ふふ。愛されちゃった」
「ぅ……か、からかうなよ」
「あら。愛してくれないの?」
今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべてきた。
こいつ、俺の反応を見て楽しんでやがる。
付き合う前の買い物の時もそうだったけど、梨蘭ってもしかして好きな相手をいじめたくなるタイプか。それは小学生で卒業してください。
「……愛してんぞ」
「……え? ちょ、もう一回! ちゃんと聞き取れなかった! もう一回言って! そして録音させて!」
「きょ、今日はもう言わん! あと録音しようとするな!」
「あっ、待ちなさいよぉ!」
口元を手で覆い、急いで立ち上がって歩く。
でないと、にやける口を押えられそうにないから。
◆野次馬◆
「「「「「……あまぁ……」」」」」
◆
ショッピングモールから移動すると、駅近の広場にちょっとした集まりができていた。
「何かしら?」
「さあ……行ってみよう」
梨蘭を伴って集まりに向かう。
なんか賑わってるみたいだけど……あ。
「……え、アルパカ?」
駅前に作られた柵の中には、なんとアルパカが。
口をもちゃもちゃさせながら柵の中をぐるりと一周し、俺の目の前で止まった。
駅前で、アルパカと俺、相対す。無駄に五七五。
首を傾げる。
アルパカも、俺に倣って首を傾げた。おん、なんだてめーやんのか?
「あ、暁斗だけずるい! 私もそれやりたい!」
「ずるいと言われても。……あ、行っちまった」
「あぁ。アルパカぁ……!」
相当残念だったのか、がっくしとうなだれた。
それにしても、なんでアルパカが……あ?
「……移動動物園、か」
見渡すと、アルパカ以外にもヤギ、ヒツジ、ポニー、うさぎ、モルモット、ハリネズミ、犬なんかもいる。
どうやら触れ合いもできるみたいで、かなり繁盛してるみたいだ。
「どうする? 見て回るか? ……あれ、梨蘭?」
さっきまで隣にいた梨蘭がいない。どこ行ったんだ?
……あ、いた。
触れ合い広場の中で、ゴールデン・レトリーバーに思い切り抱き着いている。
「はふ……ひあわへ……」
「くぅ?」
ゴールデン・レトリーバーも動かず、梨蘭の抱き着きを受け入れている。
俺も犬は好きだが……ずるいぞ、ゴールデン・レトリーバー。そこ変われ。
幸せオーラをまき散らす梨蘭に近付くと、俺の方に黒い柴犬が近付いて来た。
俺の隣に座り、つぶらな瞳でゴールデン・レトリーバーを見つめている。
「……お前も、あの犬が好きなのか?」
「わふ」
「互いに好きな相手を取られたわけか」
「くぅん」
「大変だな、お前も」
しゃがみ、柴犬の頭を撫でる。
いい毛並みだ。うんうん、やっぱり犬はいい。もふい。もふもふ。
柴犬も気持ちよさそうに俺の撫でを受け入れている。
「ふふふ。ここか、ここがええんか?」
「わふっ」
「よしよし。ここだな?」
「くぅ~んっ」
気持ちよすぎてか、床に寝そべり腹を見せてきた。
さすがワンコ。あざとい。あざと可愛い。
と、ちょうど見回っていたスタッフのお姉さんが、「あら」と近付いて来た。
「この子、慣れた人じゃないと、なかなか人に寄り付かないんですよ。いつもそっちのゴールデン・レトリーバーと一緒でして」
「そうなんですか。……この子、雄ですか?」
「ええ、そうですよ」
「ゴールデン・レトリーバーは雌?」
「はい」
なるほど。図らずも、男女で分かれてしまったわけか。
「なら、今日からお前と俺はチーム寝取られだな」
「わんっ」
「は?」
……あの、ごめんなさい。俺もどうかとは思ったんです。でもどうしても言いたくて。
なので、その「何こいつキモ」みたいな目をやめてください。
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