最路 クリスマスかよ!
切っ掛けは、些細なことだった。
「そういえば今日ってクリスマスじゃない……」
いきなり、ウルがそんなことを言い出した。
「クリスマス、ですか?」
ティナがその単語を拾い上げる。
聞き憶えの無い単語だった。
「なんだ、それは」
どうやらヨモツも同じらしい。
「――し、しまった……!」
ナンナは……どうやら知っているみたいだな。
なにやらわなわなと震えている。
「クリスマスと言えば、エリス様の生まれた世界にある、恋人同士が甘い一夜を過ごす日!」
ナンナのどこか説明臭い台詞に、場が硬直した。
恋人同士が、甘い一夜……だと?
それはつまり……あれではないのか。
「そ、そんな日があるなんて、どうしてもっと早く教えてくれないんですか!」
「え……いや、忘れてたから……」
ティナがウルに詰め寄る。
その気迫に、ウルもたじろいでしまう。
「そんな大事なこと忘れてるんじゃないわよ!」
「いやお前も忘れていたのだろう?」
咄嗟にナンナにそんな指摘をいれてしまう。
「うぐ……と、とにかく、恋人同士、となれば、これはもう黙ってられないわ!」
「そうですね。すぐにでもエリスさんのところに行かなくては……!」
……いや。
その前に一つ、大切なことがあるのではないか?
「エリス、どこに行ったんだ?」
「――」
また場が硬直した。
エリスは今朝から姿を見せていない。どうやらどこかに出かけているらしいのだ。
つまり、クリスマスとやらをエリスと過ごそうにも、エリスの居場所が分からないのではどうしようもない。
「それよりも、もっと根本的なところで疑問があるのだが」
ふとヨモツが発言する。
「クリスマスは、主と誰が一緒に過ごすのだ?」
「――っ!?」
電流が走った。
そうか。
恋人同士が甘い一夜を過ごすというのであれば……そういうことにもなる。
誰がエリスと一夜を過ごすのか――。
もちろん、全員でエリスといる、という手もなくはない。
だがそれは……なんとなく、釈然としない。
ことエリスに関して、私達はそんな慣れ合いはしない。
黙って一緒に出かけただけでも、抜け駆けはするなと糾弾される対象になってしまうくらいなのだ。
……女の嫉妬は怖いな。
他人事じゃないわけだが。
ふと、自分はなにをしているのかと溜息が零れた。
いつのまに私は、ここまで色恋に染まってしまったのだろう。
……まあ、悪くはないか。
そう思えてしまうのだから、重症だ。
「アリーゼ、あなたそういえば、このまえ抜け駆けでデートしたわよね?」
「は?」
ウルが私の肩を叩いて、笑顔でそう言う。
いや、ちょっと待て。
それをここで持ち出してくるのか?
「そ、それをいうならお前だってちゃっかりこの前、アクセサリーを贈ってもらっていたろう!」
「そうですよ!」
「っ……テ、ティナは一緒に温泉に行ってたわよね!」
「なんですって!? エリス様と、温泉……!」
「そ、そんな怖い顔しないでくださいよナンナさん! ナンナさんだって、稽古とか言いながらちゃいちゃしてたじゃないですか!」
「そ、そんなことは……!」
「我はそういうことは――」
「あんたはエリスといっつも一緒に料理してるじゃないのよ!」
「む……」
そこからは、不毛な言い争いだった。
誰がエリスとどうこうした。
だから今回は私に譲るべきだ。
いや、それを言うなら自分の方が――、と。
まあ、そんな感じ。
……こうなったら、最後の手段。
「もう、いい」
ぴしゃりと声を叩きつける。
「こうなったら、力づくで決めるしかあるまい? 幸い私達は、想いを力にすることが出来るのだから」
†
というわけで、生物のいない、私達が戦っても壊れないだけの強度を持った世界に移動してきた。
既に全員が《顕現》をしている。
「さあ、さっさと決めて、エリスのところに行かなくちゃね」
「ウルってば冗談きついよね。エリス様のところに行くのは私だよ?」
「いえいえ。それは私です」
「我でも構わんだろう?」
「……あー」
また言い争いが始まりそうな雰囲気。
……もういいよな?
別に試合でもないし、開始の合図なんてないだろう。
というわけで……私は両手に三本ずつ、六条の光刃を構えた。
そして両腕を振るい――光刃が伸びて、鞭のように四人に襲いかかった。
「――っ!」
反応が一番早かったのは、ヨモツだった。
ヨモツの巨剣が私の光刃を斬り飛ばす。
そのままヨモツの巨剣はウルへと向かった。
「こ、の……!」
ウルから放たれた無数の虹色の武具が巨剣とぶつかり、その動きを止める。その隙にウルは巨剣の刃から逃れ、ナンナへと虹色の槍を放つ。
「さっさと落ちちゃいなさい!」
ナンナの手が黒い結晶に覆われ、鋭い爪が形作られる。
虹色の槍は、そのまま結晶の爪によって握りつぶされた。
と、空から巨大な黒い結晶体が現れて、私達を押し潰さんと降り注いでくる。
「そんなの、ききません!」
だが……その結晶体の前にほのかな光を放つ膜のようなものが現れ、それに触れた途端、結晶体は何重もの破砕音と共に砕け散る。
それを見て、確信する。
やはりこの中で一番厄介なのは……ティナだ。
ティナは、攻撃という面では私達より圧倒的に劣っている。
だがその守りは……十二分に脅威だ。
「一番最初に、ティナを倒す!」
残したまま戦って、漁夫の利など狙われたらたまったものではない。
そう考えたのは、私だけではなかったらしい。
「くらいなさい!」
ウルの放つ虹色の刃の雨が、私の六条の光刃とともにティナに襲いかかった。
「二人でなんてずるくないですか?」
「ずるくなどない!」
言いながら、ティナは私とウルの攻撃をあっさりと防ぐ。
――どころか。
金属と金属がぶつかり合うような、どこか澄んだ音が響いて。
私達の攻撃が、私達に返ってきた。
私の光刃はウルに、ウルの虹色の雨は私に……。
ウルは虹色の盾で六条の光刃に対応し、私は魔狼を呼び出し、一瞬より短い間に虹色の雨の射程圏内から外れた。
「魔狼とか反則じゃないの!?」
ナンナが結晶の弾丸を飛ばしてくる。
「こいつは私の正当な戦闘手段だ!」
弾丸を光刃で弾きながら答えた。
魔狼も同意するように小さく鳴く。
ふと、魔狼の進行方向に十本の柱……いや、巨槍が立ち塞がった。
「邪魔だ!」
光刃が、巨槍を右端のものから順に切断していく。
一本、二本、三本。
そして四本目をやっと切断し、五本目でついに光刃は勢いを削がれ、弾かれてしまった。
残った巨槍の穂先が私を向く。
「避けろ!」
巨槍が放たれるのと、魔狼が大きく跳ぶのは同時だった。
空に逃げた魔狼を掠めて、巨槍が背後にいたウルやティナ、ナンナに殺到する。
よし。
そう思ったのもつかの間。
目の前には、六本の巨剣。
「っ、まずい……!」
魔狼が何もない虚空を蹴って回避行動に移るが、間に合わない。
六本の巨剣は私を断たんと、振り下ろされ――。
「この、見境なしの破壊魔っ!」
「私達まで巻き込んでるんじゃないわよ!」
虹色と漆黒の濁流が、巨剣を呑みこみ、打ち砕いた。
そのまま二つの力が、巨剣の後方にいたヨモツに襲いかかる。
ヨモツは眉ひとつ動かさず、右手を振るった。
ばん、と。そんな音を立てて、ウルとナンナの攻撃が霧散する。
「戦いなのだから、見境がないのは当然だ。巻き込んで倒した方がいいに決まっているだろう?」
ヨモツの言うことももっともだ。
彼女は左腕を掲げ、それを振り下ろす。
どこからともなく、新しい巨槍と巨剣が現れ、私達に降り注いだ。
「ヨモツさんが一番手ごわそうですね?」
だがそれらが……動きを止めた。
巨槍と巨剣は、ほのかな光に包まれていた。
「む……」
「どうぞ」
ティナが、いつの間にか空高くにいた。
そして、ティナが微笑むと、同時。
巨槍と巨剣が、ヨモツに向かって一斉に放たれた。
……さきほどティナは攻撃で私達に劣る、と思ったが、それは訂正だな。
相手の攻撃を利用するなんて……普通に攻撃するよりも、ずっと性質が悪い。
「ふ――っ!」
迫る巨槍と巨剣を、ヨモツは……素手で打ち砕いた。
……戦いは、泥沼に陥ろうとしている。
このまま私達五人が戦い続けても、決着などつくだろうか?
悔しいが認めよう。
この場の誰もが、同等の想いを抱いていると。
だから……決着などつくわけがないのだ。
だが。
それでも。
私は光刃にさらなる力を込める。
ここで投げだせるほど、私は潔くはないのだ。
見れば、誰もが次の一撃で全てを決めようとしているらしい。
巨大な力が渦巻く。
その刹那。
視線をそれぞれ交わす。
恨みっこなし。そんな色合いだ。
……まったく。
苦笑して、すぐに表情を引き締める。
「いくぞ……!」
光刃を振るう。
虹色が舞った。
結晶が踊る。
微光が零れた。
巨刃が落ちる。
「――それで、これはどういうことからしら?」
その瞬間。全てが凍った。
私達の攻撃が消え去る。強制的に消されたのだ。
こんなことが出来るのは、私達が知る中ではたった一人で……。
「説明、してもらえるわよね?」
そこには、微笑するエリスの姿。
だがその笑みを見て……私は、心臓が止まるかと思った。
これは、説教か……。
†
「……まったく、《顕現》まで使ってなにをしているのかと思えば……」
ことの発端を説明すると、エリスは呆れたように溜息をついた。
「あ、あの、エリス様……怒ってます?」
「というより呆れてるわ」
「はうっ!」
ナンナが石化した。
「喧嘩じゃなかったのは、まあ幸いだけど……でもねえ」
「返す言葉もないな」
今思えば、正常な判断を失っていたとしか思えない。
「まったく……クリスマスに皆で仲良く過ごすのは駄目なの?」
「……だって、エリスさんと、二人っきりがいいから」
ティナが言うと、エリスは苦笑。
「これから先、どれだけの時間が待っていると思うの? 二人っきりになんて、いくらでもなれるのに」
「それはそうですけど……」
「でも、それだけ想ってくれている、というのはありがたいけれどね」
エリスがティナの頭を軽く撫でる。
「ともかく……今後、このようなことは絶対にしないように!」
エリスに言われ、誰もが肩を縮めた。
「はい……」
「分かりました……」
「分かった……」
「分かったわよ……」
「ああ……」
その返事に満足したのか、エリスがいつもの笑顔に戻る。
ほっとする。
やっぱり、こういう表情のほうがいいな。
「それで、早速だけれど折角全員揃っているのだから、私からクリスマスプレゼントを贈るわ」
クリスマス、プレゼント?
首を傾げる私達の目の前で、エリスが指をならす。
すると……空から白い粉が……雪が降って来た。
「……これは」
そしてその雪が地面に落ちて……綺麗な音を立てる。
それぞれがそれぞれ、違う音。
でも全てが綺麗な音。
それらが重なって、私達を音が包み込む。
聞いたこともない、思わず目を瞑って、聴き入ってしまう音色。
世界が一つの楽器となって演奏しているかのようだった。
「何を贈るか、それなりに悩んだのだけれどね……結局、こんなものしか用意できなかったわ」
「いや……」
こんなもの、なんて。とんでもない。
「十分だ……」
こんな素晴らしい音色があるのだな……。
「他にも、簡単に用意したプレゼントはあるのだけれど……まあ、それは後でいいわね」
「ああ」
今は、この音を楽しませてくれ。
エリスが、私達の為に用意してくれた音色。
そう思うだけで、音が、数段と綺麗になった気がした。
これまでの私の路を、ねぎらうかのように。
これからの私の路を、祝福してくれるかのように。
音が、響く。
皆が静かに耳を傾ける。
ふと、私は片目だけ開けて、エリスの顔を見た。
彼女は……私に、微笑んでくれる。
それを見て、胸の奥が熱くなった。
……ああ。
なんだか凄く……幸せだ。
というわけでクリスマス投下。
なんとなくで、慌てて書き上げたので、かなり雑な内容になっちゃったかも。
うーむ。




