神喰 クリスマスかよ!
「……雪だな」
宿屋の窓から外を見ると、白い粉がはらはらと舞い落ちていた。
最近はすっかり寒くなって来たもんな。
まあ俺は、身体の作りからして寒さになんか負けないわけだが。
ああ……そういえば。
今日ってクリスマスか。
いやまあ、それはもとの俺の世界での話だけれど。
……クリスマスか。
別にこっちの世界じゃそういうイベントはないけれど、なんかプレゼントでも用意すべきだろうか?
まあいつも世話になっているわけだしなあ……。
とはいえ、なにを贈ればいいだろう。
もう凝ったものを準備する時間もないし。
……ふむ。
「一緒に考えてあげましょうか?」
「うわぁ!?」
いきなり真隣から聞こえてきた声に驚いてとびずさる。
こんな距離まで俺に気付かれず、突拍子も現れるやつなんて一人しかいない。
「な、なにしてるんだよ、エリス!」
俺は俺を驚かせる為だろう、ご丁寧に《顕現》までしているエリスを指さして叫ぶ。
「なにって、だからライスケがクリスマスプレゼントに悩んでいるようだから、手伝ってあげようかと思って」
「いちいちそんなことの為に来たのか?」
「あら、いけない? 私としては戦友が女の子へのプレゼントを迷ってるなら、是非とも手伝いたいのだけれど」
「いや、まあ……いけないとは言わないけれどさ」
でもいちいちそれで来るなんて……これは、律義って言うのか?
「臣護はあっさりとプレゼント決めちゃったし。しかも婚約指輪っていうとんでもないプレゼント」
「こん……っ!?」
し、臣護のやつ、プロポーズしたのか!?
すげえな、おい。
それをクリスマスに絡めてくるのも、また……ちょっと尊敬してしまう。
「まあライスケも臣護と同じことをすればインパクトはあるけれどね」
「俺にはまず相手がいない……」
所詮は独り身さ、お前らと違ってな!
別に羨ましいとか思ってないぞ。
「……はあ」
これ見よがしに、エリスが大きな溜息を吐く。
「なんだよ?」
「別に……彼女達も大変よね」
エリスの言葉の後半はよく聞き取れなかった。
「なんだって?」
「なんでもない……それで、プレゼントだけれど、もちろん三人ともに贈るのよね?」
「そうだな」
三人というのは言うまでもない。ウィヌス、メル、イリアのことだ。
ヘイもいれば多分贈ったろうが、生憎あいつはまだ帝国から戻ってきていない。
あいつ……まさか例の子といちゃいちゃしてるんじゃないだろうな。
「三人、ね。まあ全員に同じものを、っていうのは手抜きっぽいからナシね」
「ああ……っていうか、一ついいか?」
「なに?」
「お前はほら、恋人の女の子が何人もいるんだろ? そっちはもうプレゼントとか決まってるのか?」
「もちろん。まあ、それがなにかは教えないけれどね」
「……そうか」
流石、用意周到だな。
それと違って俺は……ちょっと情けなくなる。
「まあ、世界が違うのだし、クリスマスに備えられなかったことに落ちこむことはないでしょ」
「……ああ」
そう言ってもらえると助かる。
「それで、プレゼントだけど……まず、形に残るものの方がいいのか? それとも食べ物とかの消え物の方がいいのか?」
「そうね……彼女達の場合なら、残るもののほうがいいと思うわ」
「む……そうか」
となると、簡単な手料理、とかは駄目か。
ウィヌス辺りなら食べ物でもよさそうなものだけどなあ。
「女心が分からないのね」
「……悪かったな」
どうせ鈍感だよ。
そもそも生まれてこのかた、誰かにプレゼントを贈るって行為をしたことすらないよ。
どうせ寂しいやつだよ。
「そんなに落ちこまなくてもいいじゃない」
エリスが苦笑する。
「そうねえ……やっぱり定番だと、アクセサリー、かしら」
「アクセサリーか」
……あ。
そういえば前に、メルに髪飾りを買ったことがあったっけ。
あれ喜んでくれてたみたいだし……なるほど。ああいうのがいいのか。
「日頃の感謝を込めるなら、アクセサリーでも特別なものがいいわよね」
「そうだなあ……」
「どうせだから手作りしてみる?」
「え……いや。俺、そんな技術ないぞ?」
「技術なんて必要ないわよ」
「え……?」
エリスが微笑みながら、俺の胸を指さす。
「だって私やあなたには、裏技があるじゃない」
「裏技?」
「《顕現》。自分の想いを形にするのに、これ以上適した裏技はないでしょう? これなら技術なんてなくても、アクセサリーくらいならすぐ作れるわよ」
「……あ」
†
剣の練習でもするか……。
暇だったのでそう思って、廊下に出る。
「あ、イリア!」
そして階下に降りようとしたところで、ふと声をかけられた。
「ん……ライスケか。どうかしたのか?」
「いや……実はさ、イリアにプレゼントでもしようかと思って」
「は?」
思わず目を丸めてしまう。
「どうしたライスケ。風邪か」
「いや、なんでそうなるんだ」
そうなるだろう。
だって、あのライスケが、プレゼントなどと言いだしたのだぞ?
「俺が風邪になんてかかるわけないだろう」
「そうか……なら、もっと重い病か」
「だから違うって」
そんな呆れた目をするな。
普段のライスケからすればもっと正当な反応だろう。
鈍感王のライスケが、わたしにプレゼントなどとは。
「……なら、からかっているのか?」
「違うって……俺のもとの世界にあった習慣で、今日は世話になった人とかにプレゼントを贈るんだよ……まあ、正確にはちょっと違うけど」
「ほう?」
そんな日があるのか。
「で、だったらイリアにプレゼントを渡そうかな、って思ってさ」
「ふむ……それならもちろん、受け取らないわけにはいかないな」
「俺も受け取ってもらえないと困る」
「だが、ものがものだったら押し返すぞ。覚悟しろ?」
にやりと笑ってやる。
「そんなこと言っていいのか?」
「む、自信たっぷりじゃないか」
ライスケがこうも堂々とするとは……よほどの品を渡されるのか?
……いけない。なんだかそう思ったら緊張してきた。
ええい柄でもない。
「それでは、見せてみるがいい」
「おう」
ライスケが懐からなにかを取り出す。
それは……。
「ピアス、か?」
「ああ」
それは、剣の意匠が施された、金色のピアスだった。
「ほら」
「ああ……うむ」
ライスケが、それをわたしの掌の上にのせた。
よく見れば、それがとてつもなく高度な細工を施されたものだというのが分かった。本当に細かいところまで彫られている。
しかもこれは……天の魔剣だな。
見れば見るほど、よく出来ていた。
「凄いな、これは……どこの誰に作ってもらったんだ? 国で抱えている名職人と言われても逆に驚かないぞ、これでは」
「いや、それは俺が作ったんだけど」
「は――?」
なんだって?
これを、ライスケが?
……なんというか、驚きの連続だ。
「意外な才能だな」
「……いや、まあちょっと裏技使ったんだけど……」
「裏技?」
「あ、いや、気にしないでくれ……気が向いたら、そのうち話すよ」
「……ふむ、まあ詮索はしないでおこう」
こんな上等なものを貰ったわけだしな。
「……つけても?」
「もちろん」
早速、ピアスを付けてみる。
そして、耳元をライスケに見せる。
「どうだろう?」
「ああ、いいんじゃないか?」
「……そうか」
ふむ、いいか。
そうか。
「礼を言うぞ、ライスケ」
「いや。まあ、こんなものしか用意できなかったけどさ」
「十分すぎる」
これがどれほどの価値があるものか……美術的に見ても、心情的に見ても。
まったく……ライスケというやつは。
自覚がないのにも困ったものだ。
「なあ、ライスケ」
「ん?」
「プレゼントは、ウルとウィヌスにも?」
「用意してあるけど……どうかしたのか?」
「いや……ただ、渡して欲しくないと思っただけだ」
「へ?」
ライスケが呆けたような顔をする。
……ふふ。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
今は、私もプレゼントが貰えた。それで満足するとしよう。
「それじゃあライスケ。改めて、ありがとう」
「ん……ああ……どういたしまして」
私はそのまま、不思議そうな顔のライスケを残して階段をおりた。
頬が緩んでしまうのは、まあしょうがないことだろう。
†
「プレゼント、ですか?」
部屋にやってきたライスケさんが、いきなりそんなことを言いだした。
「ああ」
「ライスケさんが……?」
「……なんだよ。イリアもメルも、俺がプレゼントするのがそんなにおかしなことか?」
ライスケさんが少し眉間に皺を寄せて言う。
「あ、いえ、そういうわけじゃ……って、イリアさんにも差し上げたんですか?」
「ああ。イリアにも世話になってるしなあ」
「……そうですか」
ちょっと、残念だ。
私だけじゃないんだ……。
……まあ、仕方ないよね。
貰えるだけ、ありがたいことだ。
「それで、メルには……これだな」
ライスケさんが取り出したのは……ネックレスだった。
銀色の微細な彫刻が施された台座に青い大粒の宝石が嵌ったそれは、一目ですごいものだというのが分かった。
「綺麗……」
「気に入ってもらえたか?」
「もちろんです!」
でも……、
「本当にこんなの貰っちゃってもいいんですか?」
「ああ。台座の銀も宝石も、一人旅してる時に人から貰ったものを使ったから材料費はかかってないし、全然大したものじゃないから気にしないでくれ」
「そうなん、ですか……?」
とても大したものじゃないようには見えないけれど。
…………あれ?
今のライスケさんの言い方からすると……もしかして。
「これ、ライスケさんの手作りなんですか?」
「ああ、そうだけど……やっぱりそういう反応なんだな」
「え?」
「すごい驚いた顔してる」
それはそうだ。
だってこんなものが手作りだなんて……ちょっと、信じられなくらいだ。
「ええっと……なんか、本当に私なんかが貰っていいんですか?」
「いいって言ってるだろ? それに、なんか、なんて言うなよ。俺はメルだからこれをプレゼントしようと思ったわけだし」
「……あ」
そんなことを言われて、顔に血がのぼるのを感じた。
え、ええっと……。
「それじゃあ、あの……いただきます」
「ああ、いただいてくれ」
両手を差し出すと、そこにライスケさんがネックレスを置いてくれる。
……なんだか、温もりを感じる重みだ。
「ちょっと、つけてみていいですか?」
「皆それを聞くんだな」
ライスケさんが小さく笑う。
「どうぞ。もともと、つけてもらうために作ったんだ」
「……はい」
首に、ネックレスをかける。
胸元に青い宝石が輝いているのを見て……なんだか凄く嬉しくなった。
ライスケさんからのプレゼント。
それだけでも、これは私にとってかけがえのない宝物だ。
「あの……ありがとうございます、ライスケさん」
「ああ。俺も、普段からありがとうな、メル」
「いえっ、私こそお世話になってばかりで」
「そんなことないさ。俺こそ駄目なところばっかり見せてるし……」
「そんなことないです!」
「……いや、でもなあ」
顔を見合わせる。
「……っぷ」
「ふ、ふふ……っ」
なんだか、笑いがこみあげてきた。
「ともかく、これからもよろしく、メル」
「はい、よろしくお願いしますね、ライスケさん」
ライスケさんに手を差し出されて、それを握る。
……大きな手だ。
いいなあ……。
なにが、とか。どうして、とか。
そういうのじゃなくて、ただ漠然と、そう感じた。
「それじゃあ俺は、ウィヌスにもプレゼントを私に行くよ」
「ウィヌスさんなら……」
確か、屋根の上で空を見ると言っていた気がする。
それを言いかけて……でも、ちょっといけない囁き声が聞こえた。
……ん。
「ちょっと、分からないです」
「……そうか。ま、自分で探すことにするよ。それじゃあな、メル」
「はい」
言って、ライスケさんが部屋を出て行く。
――このくらいの意地悪は、許されますよね?
ライスケさんが鈍いのが、いけないんですから。
†
空をぼんやりと見上げる。
降り積もる雪が、前髪から落ちた。
手で頭の上の雪を払い落す。
「ああ、こんなとこにいたのか」
ライスケが屋根にのぼってきた。
「どうかしたの、ライスケ」
「いやこっちの台詞。お前こんな雪の中で屋根の上にいるなんて、なに考えているんだ?」
「別にいいじゃない。どうせ人間と違って風邪なんて引かないし」
「まあ、そりゃそうだけど」
「まあ、座りなさいよ」
隣を叩く。
「寒いんだが」
「あなたが寒さに負けるわけないでしょうが」
「……はあ」
ライスケが溜息をついて、私の横に腰を下ろす。
最初から素直に座ればいいものを……。
「それで、何か用事?」
「じゃなきゃこんなところまでのぼってはこないさ」
「それもそうね」
ライスケが懐に手を入れる。
そして、私になにかを差し出した。
「……腕輪?」
それは、金色の三つの円環が重なったような作りの腕輪だった。
ぱっと見ただけではシンプルに感じるが、よく見て見ると、その表面には微細な彫刻が施され、透明に輝く宝石がライン状に埋め込まれていた。
「……いいものじゃない。これ、どうしたの?」
「作った」
簡潔なライスケの答えに、少し驚く。
「へえ、ライスケがねえ」
「意外で悪かったな」
「悪いだなんて言ってないじゃない。なにをいじけているの?」
「いじけてない」
ただ、と。
ライスケが溜息をつく。
「イリアとメルにも同じようにプレゼントをして、同じように言われたんだよ。俺はそこまで不器用なイメージなのか?」
「……いや、不器用とか以前に、これを作れるほど器用だなんて普通は思わないわよ」
「そうなのか?」
……まったく、どこか抜けてるわね。
「凄いことよ」
「……そう言われると、なんかちょっと気が引ける」
「なんなのよ」
素直に褒められて喜べばいいのに。
分からないわね。
「とりあえず、これ、やるよ」
「あら、そう」
受け取る。
「……え?」
「え?」
なに、なにか文句でもあるの?
「……あっさり受け取るな」
「くれるんでしょ?」
「いや、そうだけど……理由とか聞かないのか?」
「どうせ日頃のお礼、とかじゃないの?」
「……いやまあ、そうなんだけど」
わざわざ聞くまでもない。
ライスケが自分からプレゼントするなんて、そんなの理由は限られてくる。
その理由の中で一番ありえそうだったのが日頃のお礼というだけ。
それが大当たりだったわけだ。
「あれ、釈然としないぞ?」
ライスケが首を捻る。
「なんなのよ、そこまで言うなら返しましょうか?」
「あ、いや。それはいい」
「……まったく」
呆れながら、腕輪をはめる。
……ふうん。
本当に、いい出来ね。
「まあ、一応言っておくわ。ありがとう」
「……ウィヌスがお礼を言うなんて……」
「前言撤回。日頃のお礼なんだから、こっちからのお礼は不要ね」
「……そっちの方がらしいな」
失礼極まりないことを言われている気がする。
いいけどね……。
「……」
「……」
ライスケと二人、空を見上げる。
「戻らないの?」
「別にいいだろ? それとも邪魔か?」
「……さあ」
「なんだよそれ」
ライスケが苦笑する。
雪はしんしんと振り続けていた。
こんな寒い日は、街も凍ったように静かだ。
「……そういえば、ウィヌスと出会ってから、大分経ったな」
「そうね」
思い返すのは、ライスケと初めて出会った泉。
最初はライスケを殺そうとしていたのだったっけ。
でも、私の攻撃をライスケはあっさり受け止めて。興味が沸いて、ついていって。
……そのうち、その興味が、ライスケと一緒にいることが、本当に自分の意思から生まれたものなのか分からなくなって。
それでも私は……今もこうして、ライスケの隣にいる。
それが答えだと、信じたい。
「遠くまで来たなあ」
しみじみとライスケが呟く。
「そういうことを言うのは、歳をとってからにしなさい。死に際とかにね。その方が恰好がつく」
「歳なんてとらないよ。それに、死に際って……いつ死ぬかも分からないしなあ」
「……そういえば、そうだったわね」
遠く、か。
確かに、言われてみれば、遠くまで来た気がする。
これまで存在してきた幾星霜。
それよりもずっと、長い距離を歩んだ気がする。
それは……どうしてだろう。
答えは出ない。
でも。
それでもいいかな、と。
隣にいるライスケを見て、なんとなく、そう感じた。
†
「今日はわざわざすまなかったな」
「そう言う時は謝罪じゃないほうが気持ちいいわ」
「……ああ。ありがとう、エリス」
「ええ」
エリスが微笑み、身を翻し。
「じゃあそろそろ、私も恋人達と楽しい一夜を過ごすとするわ」
「そうか……頑張れよ」
「ふふっ、言われるまでもないわ」
エリスが手を挙げた。
その手に、きらりと光るものがあった。
「それじゃあ、このキーホルダーはありがたくもらっていくわ」
「ああ……まあ、習作だけど」
「構わないわよ。今回の目的は彼女達にプレゼントを贈ることなんだから。おまけである私へのは練習に作ったので十分よ。むしろ、別によかったのよ?」
「いや、そういうわけにはいかないだろ」
手伝ってもらわなきゃ、あれだけのプレゼントも用意できなかったわけだし。
「まあ、ありがたく貰っておくわ。でも、私のフラグはそう簡単には立たないから注意してね?」
「なんだそれ……別にフラグなんて立てようとしてない」
「あら、それは残念。私じゃあ、彼女達の魅力には勝てない、か」
「……?」
「分からないのなら、そのうち分かりなさい」
命令形かよ。
「それじゃあ、またね。ライスケ」
「ああ、また」
白い羽根が舞う。
次の瞬間。
エリスの姿はそこにはなかった。
でも、最後に一言。
――あまりのんびりしていると、私が横から奪ってしまうわよ?
そんな言葉が聞こえた気がした。
……どういうことだよ、それ。




