CO インフレ進化!
「――……」
目を開ける。
……ここは?
視界に広がるのは、闇。
どこまでも続く暗闇。
果てはない。
きっとどこまで歩いても出口なんてものはないのだろう。
漠然と、そう思った。
私はどうしたんだっけ?
どうしてこんなところに?
考えるが、思い出せない。
ただ、少しだけ身体が冷たく感じられた。
右手を握ったり開いたりする。
身体は、ちゃんとしている。
だけど《顕現》していない。
「……え?」
《顕現》してみようと、その為の言葉を紡ごうとして……愕然とした。
分からない。
私は、私の《顕現》が、どのようなものであったのか。
言葉が浮かばない。
愕然とする。
だって《顕現》が出来ないと言うことは……私が私自身を見失ったということなのだ。
そんなの……冗談でしょう?
引き攣った笑みがこぼれる。
どうしよう……私は、戦わなくちゃいけないのに。
……戦う?
なにと?
「……」
なにか強大なものと、だった気がする。
でも、やっぱり駄目、思い出せない。
けれど――二つの名前が思い浮かんだ。
「臣護……ライスケ……」
「なんだ、エリス」
「俺達のことを呼んだか?」
――え?
ふ、と。
私の両脇に、誰かが立った。
臣護とライスケだった。二人も、《顕現》ではない姿で佇んでいる。
「二人とも……どうしたの?」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「っていうかさ、俺達はどういう状況なんだ?」
どうやら、臣護もライスケも、何が起きているのか分からず、私と同じような状態らしい。
……そういえば、この二人とは、どうして出会ったんだっけ?
考えるが、やはり無駄だった。
「不気味だな」
臣護が闇を見据えて言う。
「俺にとって闇は随分と身近なものだけれど、この闇からは……なにも感じない。なんなんだろうな、ここ」
ライスケは少し声に不安を滲ませて呟いた。
「ねえ、二人とも、気付いてる?」
「《顕現》のことなら」
「それだけじゃなく、他の力も使えなくなっているみたいだぞ? 俺も常闇が出せないし」
「そうなの?」
言われて、《顕現》以外に、魔術を使ってみようとするが、ライスケの言う通り、魔術どころか魔力すら感じ取れない。
本当、ここはなんなのだろう。
「……まさに、無、ね」
ここには、なにもない。
「それは違うな。俺達がいる。無ではないさ」
「そうかしら? 私達は、本当にここに存在しているの?」
「……さあ、それはどうだろうな」
私の言葉に臣護が微苦笑する。
「なあ、なんかさ……俺達、大事なこと、してたよな?」
「確かね。詳しくは思い出せないけれど」
そのなにかが、咽喉に刺さった小骨のような違和感を残す。
自然と、沈黙が闇に漂った。
考える。
私達が、なにを忘れているのか。
大切なこと。
それは、とても、とても大切なこと。
守るために。
……ああ、そうだ。
一つだけ、思い出せた。
「私達は、何かを守ろうとしていた……」
「……そうだ。それで……」
「……あれ? もしかして俺達って……」
それは言葉には出来なかった。
けれど、三人が三人、同時に心の内でその答えを導き出したろう。
私達は守ろうとして……なのに、どうしてだかこんなところにいる。
それならば、結果は――。
――私達は、負けたのか。
拳をきつく握りしめた。
「……情けない」
自分に、そう言い放つ。
「ほんと、どうしようもないよな」
「本当だよ……ああ、本当にその通りだ」
臣護が溜息をついて、ライスケは髪を乱暴に掻く。
私達は負けた。
ならばここは……あの世、というやつだろうか。
いいや、違う。
死んだ魂は、輪廻転生の環に従って、次の生へと向かう。
それはこんな暗く、何もない場所ではない。
……ここは、どこなのだろう。
改めて、その疑問を抱く。
もしかしたら私達は輪廻から外れてしまったのだろうか。だから、死んで、この何もない場所に落ちた。
……実際どうなのかは分からないけれど。
「どうしましょうか?」
「どうするって……どうしようもないだろ」
ライスケが半ば投げやりに答える。
「負けた。なら、そこで終わりじゃないか」
「……そうかしら?」
本当に、そうなの?
そんなの、私は嫌だ。
だって……、
「悔しいじゃない」
一言で言い表すなら、今、私はその気持ちで一杯だ。
「悔しい。負けっぱなしは、悔しい。守れないものを守れないのは、悔しい。貴方達は、そうは思わない?」
「……そりゃあ、な」
臣護が横目に私のことを見る。
「だが、だからってどうするんだ? ここの出口を探すか? 見つけられるとは、思わないけれどな」
「……でも、やってみるのも悪くない。どうせ、他にすることなんてないじゃない。それとも、こんな場所でそれぞれの昔話でもする?」
例えば、自分の生まれた環境について。
例えば、これまで自分が経験してきたことについて。
例えば、自分が乗り越えてきた戦いについて。
例えば、愛する人達について。
「私は嫌よ。こんな先の見えない場所で、自分の楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、幸せだったこと……そんなことを話すなんて。それこそ、今わの際みたいじゃない」
自ら敗北を、死を受け入れるような真似、絶対に御免よ。
「私はね、日のあたる温かな場所で、他人にたっぷり惚気話を聞かせてやるほうが好きなの」
「なんだよそれ」
「嫌な奴……そういえば、この中で恋人いないの、俺だけじゃないか」
臣護とライスケが私の発言に苦笑する。
「あら、そっちの方が断然いいとは思わない? ねえ、臣護」
「……そうだな。俺も、こんなところで悠希の話をしたくない」
「でしょう? ライスケはどう?」
「俺はまあ、恋人はいないけどさ……でも仲間の話は、もう少し明るい場所でしたいかな」
やっぱり、そうよね。
じゃあ、やっぱりこんなところ、さっさと抜け出してしまいましょうよ。
ここが敗北の末にたどり着いた場所ならば、這い上りましょう。
……敗北を認めないなんて、無様だろうか。
それならそれで、結構。
恰好なんてつけられなくていい。
私は……ただ、私の願うまま、愛すべき彼女達と共に往けるように。
……ああ、そう。
私は――。
†
なにを諦めようとしているんだろう、俺は。
馬鹿馬鹿しい。
阿呆にも程がある。
こんなことを悠希に知られたら、はり倒されて、マウントとられた上で何度もぶん殴られるに違いない。
それで、こんなのは俺らしくない、って言われるだろう。
そうだ。
俺らしくないよな。
その通り。
俺は、こうも潔い人間じゃない。
泥水すすってでも、どれだけ汚れても……。
そうさ。
俺は――。
†
俺は、一体なにを考えてたんだ。
少し前までの自分をぶん殴ってやりたかった。
自分の背負っているものを、忘れたのか。
それは罪。
世界を……命を喰らってきた、許されざる罪。
そして世界。
今まで喰らった命が生きる、一つの世界。
それだけのものを俺は背負っているんだ。
それを、あっさりと捨てられるわけがない。
こんな形での解放なんて、あっちゃいけない。
俺には償いがあるんだ。
それを、投げだせるか。
俺は、歩き続けなくちゃならない。
歩き続けるために。
俺は――。
†
――生きるんだ。
己が己で在るために抱く、この想いがあるから。
この想いを遂げるために――生まれてきた。
今、そう信じる。
それに、この想いは、自分だけのものではない。
今まで自分の背中を押してくれた、全ての存在と共に。
――――――――――――――《真想》――――――――――――――
《顕現》=自分を信じる力。
《真想》=自分と、自分を支えてくれる存在が目指す想いを信じる。
みたいな?
うーん。
まあ、とりあえずチートってことでオネガイシマス。




