SW シーマンは作者にとても優しい万能性。
走った。
当てもなく、ただがむしゃらに走った。
許せなかった。
ぶん殴ってやりたいくらいに許せない。
……自分が。
他でもない。この私が。
あんな女のことを許しかけている、私のことが!
「駄目……!」
そう。駄目だ。
許してはいけない。
あんな女……。
気付けば、私は記念公園に来ていた。
あの事件が無事に終結したことを記念し作られた公園で、場所は、あの巨大な柱が突き立っていた場所。
公園の真ん中に歩いていく。
そこに、巨大な石碑がある。
刻まれているのは沢山の名前。
あの事件で亡くなった人達のものだ。
この石碑は、慰霊碑なのだ。
中には外国から駆けつけたSWから出た死者の名前も刻まれている。
それを見上げ、よく自分は生き残れたものだと思う。
近くのベンチに腰を下ろした。
……どうしようか。
もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
あの女が、あんな弱い人間だとは、思ってなかった。
父さんのことを愛しているんだと、言葉の端々から伝わってきて……それが、意外だった。
あの女は、弱くて、だからあんなことをしていた。
私はそれを、父さんが死んで好き勝手するようになったのだと思っていた。
もし気付いていれば……。
私が一言でも、傍にいてと伝えれば、あの時、あの女は私のところに戻ってきて呉れたのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
子供だった。と、そういう言い訳はあるけれど。
でもこれは、私にも罪はあるのではないだろうか。
自分の気持ちを伝えられなかった、私にも。
私にあの女は背を向けたけど、同じだ。
私もあの女に、背を向けた。
つまるところ、私とあの女は、互いを見ようとしていなかったのだ。
それならば……。
「馬鹿らし」
思考を打ち切る。
もう考えるのはよそう。
これ以上は、取り返しがつかなくなる。そんな気がする。
「帰ろうかな」
もうあんな女の事は忘れてしまおう。
再婚するなら、私の知らないところで勝手にやってくれていればいい。
あの家も、もう売り払ってしまおうか。
これまで、なんとなく手放さないでいたけれど。手入れをしていたけれど。
……そういえば私は、どうしてあの家を大切にしていたんだろう。
生家だから?
父さんとの思い出があるから?
……それとも。
もしかしたら、なんとも情けないことではあるけれど。
いつかあの女が帰ってくるのではと、期待していたのだろうか。
は――。
もしそうなら、自分のことを見損なうわね。
帰ったら、あの家を手放す手続きをしよう。
決めて、立ち上がる。
そのまま公園を出て、交差点の赤信号に足を止めた。
車の通りはほとんどない。
いつもなら信号を無視して渡ってしまうところだが、今日はなんとなく、足を止めたい気分。
車がこないくせに、長いのよね。ここの信号。
ぼんやりと、空を見上げる。
嫌なくらいに青い空だ。
曇り空の方が、今はいいのにな。
――その時。
「悠希!」
声が、聞こえた。
弾かれるようにそちらに……交差点の向こう側に、視線を向けた。
そこにいたのは……あの女。
「……っ」
どうして、ここに……!
あの女はひどく息を切らしながら……私の事をしっかりと見つめていた。
「手遅れなのは、分かってる。もう取り戻しがつかないのは承知しているけれど、それでも、お願い! 悠希!」
手が……あの女の手が、私に向かって伸ばされる。
「もう一度、家族に……っ、家族に、なって! 私の娘になって!」
「ふ、ざ……けるなっ!」
ああ、本当にふざけるな。
もう一度?
もう一度ですって!?
二度目なんてものがあると思っているの!?
あの女は!
そして……私は!
どうしてあの手を握り返したいと感じてしまうの!?
馬鹿馬鹿しい。
またあの女に失望して終わりかもしれないのに。
それなのに、私は……!
……信号が青に変わる。
「私は、あんたの再婚なんて知ったことじゃない! SWはやめない! 一緒に暮らしてなんてやらない! 私は、私だ!」
「それでもいい!」
叫べば、それにあの女はそう言った。
「貴方がそれを望むなら、それでもいい。それでもいいから、家族に!」
胸の奥で、何かが震えた。
家族。
もう忘れ果てたと思ったその響き。
ああ、くそ。
私ってやつはどうかしている。
こんなの……おかしいわよね。
裏切られて、また裏切られるかもしれないのに……。
「だったら、次は……」
絞り出す。
ありったけの想いを。
「だったら次は、絶対に、私に背中向けんじゃないわよ!」
「ええ……!」
あの女が……天利理沙が……母さんが……泣きそうな笑顔を浮かべる。
私は、一歩を踏み出していた。
その手を握り締めよう。
そう、こちらからも手を伸ばす。
刹那。
私の真横に迫る影。
一台のトラックだった。
その運転手は……眠っている。
居眠り運転!?
「悠希!」
悲鳴のような母さんの声。
やば、い。
こんな距離まで、接近に気付けないなんて。
今日の私は、どうしようもない。
避けるにしても、間に合わない。
そう覚悟を決めた瞬間。
轟音。
何かが砕ける音が、すぐ近くで聞こえた。
……え?
身体を包む温もりを感じた。
「やれやれ……不注意だな」
顔をあげると、すぐ目の前に、呆れたような顔。
彼が……臣護が、私の事を抱きしめていた。
そしてそんな私達の真横では、トラックの正面部がひしゃげ、そのタイヤは空回っている。
まるでなにか巨大な手で、真正面から受け止められているかのようだった。
その内タイヤの動きが止まり、運転手が頭から少量の血を流しながら飛び出してくる。
そして、トラックの惨状を見て呆然としていた。
けれど、そんなのはもう視界には入ってこない。
「俺がいなかったらお陀仏だぞ」
「……ん。でも、臣護はいてくれるでしょ?」
「……ふん」
臣護が私の身体を離す。
と、衝撃。
母さんが、私に抱きついてきたのだ。
「悠希、よかった!」
その目尻には、涙。
「どうだよ、今の気分は」
尋ねられ、考える。
「……そうね。悪くないわ」
「そうか」
臣護が笑んだ。
そして、ぼそりと、何かを呟く。
「どうだ。これは流石にハッピーエンドだろう」
†
「ちゃんとご飯は食べるのよ」
「分かった」
「勉強もすること」
「分かってる」
「異次元世界に出るのもいいけど、ほどほどにね」
「分かったってば」
「偶には電話くらいしなさいよ」
「分かったって言ってるでしょ」
「それと、臣護君の家に入り浸るのもいいけど、学生らしいお付き合いを――」
「――だから、分かってるって何度言えば気が済むのよ!」
家の前で。
母さんは再婚相手のところに戻ると言うので、その見送り。
けれど私は、あまりのそのしつこさに叫んでしまう。
横で臣護が苦笑していた。
「……そう?」
「そうよ」
まったく。
……まったく。
「それじゃあ……また今度、相手の人を連れてくるわ」
「ええ。期待しないで待ってる。どうでもいい男だったらぼこぼこにしてやるから覚悟してなさい」
笑むと、母さんも笑顔を帰してきた。
「私が好きになる男よ? 出来るもんならしてみなさい」
「……」
その年でまさか惚気?
それ……ちょっと引くわよ。
「じゃあ。臣護君。娘のこと、よろしくね」
「言われるまでもない」
「頼もしいわね」
家の前に止まっていた黒塗りの車に、母さんが乗り込む。
どうやら相手がそれなりのお偉いさんというのは本当らしい。
「じゃあね、悠希」
「ええ。また」
そう。
また、だ。
そんな言葉を、自分の母親相手に私が言うだなんて。これまで想像もしなかったことだ。
でも……。
これはこれで、いいものだと、そう思う。
もうちょい粘って続けてもよかったかな?
まあ、とりあえずこのくらいで。
やっぱ人間関係の話ってのは難しいです。




