うっかり激闘編
猛吹雪の中、妖精さん(可愛い)がゆっくりと歩いてくる。
一歩。二歩。何かを確かめるようにゆっくりと。
……静かな足取りだ。雪原を一歩踏みしめるごとに、瞳の奥にくすぶる戦意が細く鋭く研ぎ澄まされていくかのようだった。
木のひとの枝にしがみついているかまくらのひとが警戒を露わに叫んだ。
かまくら「寄るなッ! そっとしておいてくれ……! おれたちはもう戦いに疲れたんだ……。何かあるたびにこれだ……。仲間じゃないか……どうして戦わなくちゃならないんだ……?」
悲痛な叫びだった。
ボーカルを選ぶと言うなら、歌唱力を競い合えばいい。たったそれだけのことなのに、どうせ最後には殴り合いになるという諦めが、全世界の人々に迷惑を掛けていた。
今頃、子狸さんには苦情が殺到していることだろう。島が一つ消し飛んだとか小さなものから、因果律が乱れたとか大きなものまで様々だ。
共倒れになる危険性だってある。
王都のひとがついている以上、子狸さんに危険が及ぶことはまずないが、一時的に戦力が落ちることは確か……でもないが、とにかく子狸さんを悲しませるような真似は慎むべきだ。
かまくらのひとの切迫した訴えに、妖精さんは賛同を示した。
妖精「気が合うな。おれも同じ意見だ」
しかし歩みは止めない。
かまくら「それ以上、寄るなと言っているッ! 今からでも遅くはない筈だ……。手遅れということはないんだ。どんなことだって」
妖精「わかるよ、お前の言ってること。きっとわかり合えるよな。おれもそう信じてる。心から」
妖精さんはにこりともしないが、その言葉が本心であることは伝わってきた。
妖精属は平和を愛する種族だ。花の化身とも言われ、その可憐な容姿から人間たちにも数多くのファンがいる。
歴代の勇者に案内役として同行していたことも彼女たちの人気を支える理由の一つだ。
絵本に登場することも多いから、子供たちにも大人気。
かまくら「警告はしたぞッ」
繰り出された触手を、妖精さんはひょいと首を傾げて避けた。
しかしポーラ属の触手は万能の武器にもなる。まれに出没するちょっと本気を出した青いのは、「鎮魂の狙撃手」とか呼ばれることもあった。
直角に曲がって追尾してくる触手を、妖精さんは振り返ることもせずに片手で掴んだ。サラダを作ったけど少し見た目が寂しいからとレタスを千切るように、わけもなく触手を握りつぶした。
かまくら「ぐあッ」
仰け反るかまくらのひとに、妖精さんは淡々と言った。
妖精「暴力は何も生まない」
言ってることとやってることがまったく違う……。かまくらのひとは戦慄した。
同時にこうも思う。どうして自分たちが狙われたのか……? てっきり庭園のんあたりに突っかかって行くと思っていたのだが……。
庭園のひとは最強の魔物だ。戦闘経験が豊富で、人目には触れにくい空中回廊のほど近くに居を構えていたから、全力で戦う機会に恵まれた。
空中回廊とは、言ってみれば隠しダンジョンのようなものだ。実力を設定の域にとどめたとしても、「原種」とか呼ばれる強力な個体で登場してくることが多い。
空つながりで魔ひよこと仲が良いという点も見逃せない。
公式設定において、妖精さんの開放レベルは4。彼女は都市級、魔獣種とも呼ばれる魔王軍幹部たちの仲間だ。
人前では魔物たちとは無関係みたいな顔をして、さも第三の種族であるかのように振る舞っているが……
それでも同じレベル4ということで、仲間意識めいたものはあるらしい。
庭園のひとに対して、微妙に厳しい態度をとることがある。
それなのに、なぜ……。
かまくらのひとは妖精さんの真意を量れずにいる。
そんなかまくらのひとに言って聞かせるように、妖精さんは言った。
妖精「この地で精霊どもと矛を交えて、950年が経つ……」
王国歴52年、魔物たちと精霊たちはここ南極の地で激突した。
色々あったのだ。
妖精「あの当時、おれたちは連中を追い返すので精いっぱいだった。……甘えがあったんだ。あの方舟ですらな……」
ここで言う「方舟」とは王都のひとのことだ。
あのいつも子狸さんの横にいる青いのは、元々は古代遺跡に住んでいた。
連合国の奥深く、密林の中にひっそりと佇んでいる古代遺跡。その正体は、「方舟」と呼ばれる巨大な宇宙船のほんの一部が表出したものだ。大部分は地層に埋もれ、いまだ日の目を浴びることはない。
法典は、術者となる種族の発祥の地に落とされる。
あとになって、不公平があったと言われても面倒なだけだからだ。
妖精さんは言った。
妖精「母さまが優しくしてくれたから、自分たちが望まれて生まれた子供なんだと勘違いした。それで、あの体たらくだ。精霊どもには知識があった。魔力も……一量や二量の差じゃなかったからな」
とくに深い意味はないのだが、魔力は「量」という単位で数えられる。
妖精「だが、おれたちは強くなった。精霊どもを越えたんだ。一部の例外はいるようだが……あれは厳密には精霊とは言えないからな」
おまけのように付け足して、ぴたりと足を止める。
ちょうど目の前を横切ったペンギンさんが通り過ぎるのを待ってから、妖精さんは告げた。
妖精「お前はどうだ、クオン? 腕は、なまっていないか? おれが試してやるよ」
木「…………」
妖精さんの標的は木のひとだった。
木のひとの本名は「クォンタム」と言う。連合国の古い言葉で「量子」を意味する単語だ。天を衝くほどの巨体でありながら、量子の名を持つ魔物。そのゆえんは……
木「そのままでいいのか?」
妖精「なに?」
妖精さんの宣戦布告に、木のひとは微塵もひるんだ様子がない。
かまくらのひとがおろおろと両者を見比べる中、木のひとは不敵に告げた。
木「そのままでいいのか、と言ったんだ。お前は、人前でも多くの分身を持てるとくべつな都市級だ。今となっては失われた設定、超人種……シエルゥ」
王種、魔獣種、獣人種、怨霊種といった魔物たちの住み分けは、初期の討伐戦争を通して手探りで構築されていったものだ。
中には失われた設定もある。
それが超人種。現在では人型のひとと呼ばれている、女性型の魔物たちのことだ。
人間たちと同じ姿、似た視点。それでいて人間よりも素早く、力持ち。
例えば魔獣や獣人の、優位にあっては他を圧倒する巨体ですら、見方を変えれば的が大きいという弱点になりうる。
長所と短所は表裏一体だ。
しかし人型のひとたちは人間と似せた骨格、似せた皮膚を持つから、人間たちの頬がどこまで伸びるのか、どこまで腕を曲げたら痛いのかを感覚的に把握している。
だから人型の魔物は対人戦に強い。身体的、心理的な弱点を突くすべに長ける。
今、遠く離れた王国で、珍しく早起きしたかと思えばそのまま二度寝した勇者さんが、ある日森の中子狸さんと出会って寝癖を指摘されて不機嫌になる感覚は、まず実体を持たない見えるひとには理解しがたいものなのである。試しに頭の横っちょを二割り増しでふわっとさせて子狸さんの気を惹いてみても、今ひとつぴんと来なかった、という例もある。
木のひとは、妖精さんにアナザーを招集してみてはどうかと提案した。
そうでなければ
フェアとは
言えない
木「試す? 試してやるだと? お前が、おれをか? ふふふ……」
木のひとは楽しそうだ。
ざわざわと枝葉がこすれ、笑う声が二重にも三重にもひろがっていく。
極寒の地にあっても決して枯れることはない。世界に根を下ろし、人間たちの願望を糧に魔法の果実を実らせよう……。
葉から、枝から、幹から、ところ狭しと湧き出た、小さな木彫りの人形たちが、木のひとの本性だ。
法典より産まれ落ちて間もなく、魔物たちは動物たちと交渉し、彼らの縄張りを一部、譲り受けた。
この縄張り、森と同化し、魔物たちの住みかになったのが木のひとだ。
その本性は、霊魂とでも呼ぶべき何か。ひょっとしたら、どの魔物よりも魔力に近しい原始的な形態を保っている。
木のひとは言った。
木「喚べよ、お前のアナザーを。お前たちのことは、ずっと見ていた……。ベル、リンクス、クロープの三氏族」
ゴングを鳴らせ
リングはここだ
ロープに囲まれ
逃げ場は
ない……
可憐なる妖精属のお株を奪うかのような、木のひとの唱和に
にぃっ、と妖精さんが凄絶な笑みを顔面に刻んだ。
魔物を斃せるのは、同じ魔物だけだ。
だとすれば、この戦いだけが……。
かまくら「あわわわわ……」
いつになく好戦的な木のひとと、平常運転の妖精さん。二人の対決は、もはや不可避。
ふるえる触手で口元を覆ったかまくらのひとは、殺伐とした雰囲気にすっかりおびえてしまっている。
無音。
木のひとがザッと一斉に上空を見上げた。
かまくらのひとを気遣った一瞬、その隙を突いて転移した妖精さんが、光の尾をひいて急降下してくる。
妖精「しんだなァーッ!」
木のひとは、やはり甘い。根が優しい。
負けて
言い訳もできないほどひどい負け方をして
失ったことがないから
失われた側だから
決死はあとからやって来るものだという甘さがある。
見ているだけでは、伝わらないものもあるということだ。
今、妖精さんはやろうと思えば、かまくらのひとを八つ裂きにすることもできた。
木「なにをっ」
迎撃してくる木のひとが、自分の言葉を理解できないと言うなら、それは想像力が足りていないということだ。
だが、見どころはある。
美しい布陣。濃密な魔力がどくどくと脈を打つかのようだ。大口を叩くだけのことはある。
やはり木のひとは魔物だ。
一千年という歳月を費やして魔物たちが築き上げてきたものを、とくに意識することもなく血肉としている。
自分たちならできることを、木のひともやれるのだ。
それだけのことが、なぜこんなにも血を熱くさせるのか、自分自身にもわからない。
妖精さんは吠えた。
妖精「いいぞぅっ。バウマフの血がっ」
空中で木のひとの裏拳を掻い潜り、みぞおちにひじを入れる。
組みついてきた木のひとを構わず引き連れ、布陣のど真ん中を切り裂くように飛んだ。
妖精「お前にィーッ!」
木「……!」
木のひとは霊魂のような存在だ。妖精さんの細い腰に腕を回し、万力のような力で締め上げる。
めきめきとあばらが鍵盤を奏でるかのようだ。しかし妖精さんは止まらない。
妖精「そそぎィーッ!」
木のひとは無数の分霊を持つ。互いに繰り出した拳撃が、角度のずれから弾き合い、すれ違い、すれ違い、偶然にも腕に絡んだ木のひとを、妖精さんは振り回して投げ飛ばした。
妖精「出会いがッ、見えるぞぅッ!」
何かが、砕ける音がした。
だらりと脱力した妖精さんが、小さく微笑んだ。
妖精「全部、おれだ……」
完全コピー。座標起点ベースの分身魔法を、魔物たちは「全部おれ」と呼ぶ。
妖精さんの完全コピーは特異な形式をとっており、個別に設定した能力や人格を、世代で区切ってぐるぐると回している。
そんな中、唯一の例外と言えるのが、三人の女王だった。
完成したアナザー。世代交代するには重すぎるストーリーを背負う、オリジナルが辿る筈だった三つの可能性。
腕の中でぐったりした妖精さんを、木のひとはかまくらのひとに預けた。
女王「敗北者に情けは無用です」
冷たく言い放ったのは、空間を引き裂いて現れたベル族の女王だ。背後におびただしい数の軍勢を率いている。
木のひとはかぶりを振って言った。
木「尊敬は表れるものなんだ。自然とな。正すものじゃない。それは傲慢だ」
魔物は魔法そのものだから、極限の域に達した魔法の撃ち合いは肉弾戦に行き着く。
今、可憐なる妖精さんたちと、木のひとの群霊が、ついに対峙した。
たゆみない修練の果て、魔物のこぶしは神に届くか。
〜fin〜




