V.R.M.M.O
禁句拘束、という魔法がある。
これは契約に属する魔法の一種で、もう少し具体的に言うと強力な呪詛の一つだ。
高度な魔法環境では肉体と精神は同列に扱われるから、両者が同意した内容に一方が反した場合、ほぼ決定的な要因になり得る。
例えば、試験前に勉強していないと言っていた羽のひとが、じつは猛勉強していたことが発覚したとき、裏切られた王都のひとは羽のひとに試験中の居眠りを強要できる。
同格の魔物たちだから、「約束」はとても重い意味を持つ。
まさか、と羽のひとが王都のひとを見た。
これを見越してのことなのか? という目だ。
もしもそうならば……。羽のひとは息をのんだ。この青いのは、もはや自分の手には負えない。
王都「…………」
王都のひとは子狸さんの前足にぶら下がったまま魔りんごを綺麗に切り分けている。
羽のひとの視線に気が付いて身体をぐりっとねじると、見せつけるように魔りんごをかじった。
しゃくっ……
*
話は遡る。
さしたまっ司会者の骨のひとがとつぜん歌手へと転身したのは、やはりそれ相応の事情があった。
理由は二つだ。
一つは、歌いたかったこと。
魔物たちの身体能力は有機生物のそれを遥かに上回る。それゆえに彼らのレパートリーは膨大であり、無理にでもライブを敢行しなければ、とてもではないが消費しきれない。
そしてもう一つが、間をつなぐためだ。
真の子狸マスターを決する三本勝負。その栄えある一本目の内容が関わっている。
拍手喝采で幕を閉じた骨のひと歌謡ショー。機材トラブルに見舞われるなど、順調とは言い難かったが、ともあれこれでひと区切りということになる。
しかし……
ドラマーの見えるひとが、ゆっくりとリズムを刻んだ。
はっとした骨のひとが振り返る。もうじゅうぶんじゃないのか、という思いがあった。
舞台袖で立ち尽くしている勇者さんが凄い目でこちらを睨んでいるし、カスタネット担当の子狸さんは体力の限界が近い。
スポットライトに照らされた見えるひとが、透き通るような微笑を浮かべた。
(やるのか、あの曲を……)
のちに伝説となるライブ。
曲名も告げられずにはじまった……
それは、未完のメロディー
生きとし生けるものの、歌。
ためらう骨のひとに、蛇のひとと見えるひとがぐっと頷いた。
意を決した骨のひとがマイクを手に取り、ゆっくりと口ずさんだ。
骨「おれたち、魔物……」
世界のはじまりは、歌だ。
例えば、ここドワーフの里とエルフの里の間には厳密には因果関係がないから、本来であれば両国の「現在」が重なることはない。
それなのにエルフとドワーフが同じ時間を共に過ごせるのは、何らかの共通したルールがあるからだ。
そのルールは、よく楽譜に例えられる。
今と今をつなぐものが曲調であり、つまり人は激動の時代から逃れることはできない。
争いから遠ざかろうと世界を渡ったとしても、待ち受ける先にひろがるのは、やはり争いだ。
*
様々な国があり、様々な魔法がある。
魔法の存在を秘匿し、得体の知れないゲームを開発して荒稼ぎしようとする管理人だって世界のどこかには必ず居る。
私利私欲に走る彼らを、子狸さんは同じ管理人として決して許しはしない。
戦うと決めたなら、相手の土俵で完膚なきまでに叩き潰す。それが子狸さんのスタイルだ。
森の中、仮想空間が目の前にひろがっている。
【ステータスポイントを割り振って下さい】
子狸「…………」
子狸さんは、動かない。
器用に前足を組み、宙に浮かんでいるステータス画面を険しい表情で見つめている。
先行してゲーム内に潜入した魔物たちは、すでにキャラクターメイキングを終えたようだ。
今頃はおそらく街中でPKに励んでいることだろう。しかしそれも長続きはしない筈だ。
まさしく無敵の存在と言える魔物たちにも弱点はある。
それは放っておくとすぐに身内で潰し合いをはじめるということだ。
だが、子狸さんが近くにいれば魔物たちの内部分裂は抑制できる。
なのに子狸さんは動こうとしない。
王都「…………」
王都のひとが子狸さんを見上げる。
【ステータスポイントを割り振って下さい】
子狸「…………」
子狸さんは……動かない……!
王都のひとがこほんと咳払いした。
王都「ちなみにステータスポイントというのは……」
それとなくステータスポイントについて解説をしようとする王都のひとを、子狸さんは前足で制した。
王都「……!」
子狸「…………」
子狸さんは……
……動かない……
【ステータスポイントを割り振って下さい】
……ひとは、常に試される。
人生という問いに直面したとき、いつだって満足の行く選択肢が提示されるとは限らない。
だから最善の道を歩もうとして、けれど遠回りすることが必ずしも間違いということにはならないのだ。
【ステータスポイントを割り振って下さい】
子狸「……なるほどな」
王都「!」
子狸さんは納得した。何に?……それはわからない。
しかしたしかに、いまこの瞬間、子狸さんは真理の一端に触れたのだ。
子狸「ふっ……」
子狸さんは笑った。
それは、ひょっとしたら自嘲の笑みだったのかもしれない……!
もしくは……憐れみ? 誰かを……何かを……哀しんだ?
子狸さんはくるりときびすを返すと、ステータス画面に背を向けて歩き出した。
システム上、キャラクターメイキングを終えなければ先へは進めないようになっている。
向かう先に答えはない。
一周して戻るだけだ。
だが、用意された答えに、いったいどれほどの価値があろうか……。
最後に一度だけ振り返った子狸さんが、未練を断ち切るように首を横に振った。
歩き出す。
まっすぐ正面を見据える眼差しに、もはや迷いはない。
置き去りにされたステータス画面が、くるくると回っている。
ゆっくりと遠ざかっていく……。
子狸さんの肩に飛び乗った王都のひとが、キッと正面を見据える。
王都「……行こう。次の戦場がお前を待っている」
子狸「ああ」
子狸さんは頷き、強い日差しに目を細めた。
〜fin〜




