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友達以上恋人未満の君と、99回目のお試しデート。そして……

作者: 墨江夢
掲載日:2025/10/21

「あと10分……」


 腕時計で時刻を確認しながら、俺は呟く。


 仕事では別の腕時計をしているので、この文字盤はあまり見慣れていない。なにせブランドもののこの腕時計は、「この時」の為だけに買ったものだからな。


「あと5分……」


 長針が進むにつれて、心臓の鼓動が速くなる。

 今日の格好、変じゃないかな? 緊張のあまり汗をかいているけど、臭い大丈夫かな?

 そんなことばかり考えてしまう。


「あと2分……」

康助(こうすけ)くん!」


 待ち合わせより少し早く、俺の名前が呼ばれる。

 声のした方を見ると、一人の女性が小走りで近づいてきていた。


「遅くなってごめんね! 電車、遅れちゃってて。……待ったよね?」

「いいや、今来たところだよ」


 女性に気を遣わせない。紳士の鉄則だ。

 だというのに、彼女は頬を膨らませて、不満そうな顔をした。


「嘘! 康助くんがいつもめっちゃ早く待ち合わせ場所に来てるって、私知ってるもん! 何回デートしてると思ってるの?」

「……そうでしたね」


 しかしそんな気遣いも、彼女の前では通用しない。

 逆に言えば、そんな気遣いが不要なくらい、彼女との仲が進展したということか。


「嘘をついた罰として、今日は私にお茶をご馳走させること! わかった?」

「……わかりました」


 カッコつけの俺がすぐに奢ろうとする為、時折彼女はこうやって「ご馳走される口実」を作ってくれる。本当、素晴らしい女性である。


「わかったなら、良し! それじゃあ、はい!」


「手を繋ごう」。そう言わんばかりに、彼女は手を差し出す。

 断る理由はない。寧ろ、俺も繋ぎたい。

 俺は差し出された彼女の手を握った。


「今日もデート、始めよっか」

「あぁ、そうだな」


 嶋原(しまばら)康助と水上紗代(みずかみさよ)

 自他ともに認めるくらい仲良しな二人だけど、俺と彼女は恋人同士じゃない。


 お互い気になっているのは事実だ。相手も自分に気があると、互いに自覚している。

 でも、恋人同士じゃない。


 ほとんど恋心と言って差し支えない感情を抱き合っているというのに、俺たちは一歩踏み切れない。

 友達以上恋人未満という感じだ。


 こうして何度も待ち合わせをし、何度も手を繋ぎ、デートを繰り返す。そんな日常を過ごしていき、そして――今日が99回目のデートだった。



 ◇



 俺と紗代が出会ったのは、2年前のことだった。


 大学に入学し、初めての飲み会。

 高校時代では経験しなかった空気に圧倒された俺は、あまり場に馴染めずにいた。

 陰キャにあのノリはキツいんだよね、本当。


 そんな時声をかけてくれたのが、紗代だった。


「もしかして、ぼっち?」


 大学デビューに失敗して、少し気が立っていたのかもしれない。この時の俺の対応はというと、まさに最低というもので。「うるせーよ」と、俺は悪態をついてしまった。

 しかし彼女は、一切嫌な顔をすることなく、それどころか「私もぼっち」と笑いかけてくれた。


「ぼっちの私に、付き合ってくれないかな?」


 そのまま流れで俺と紗代は隣同士座り、会話をする。

 他のメンバーに比べると、決して盛り上がったわけじゃない。まぁ、向こうが騒がしすぎるのもあるけどね。


 会話が弾んだわけじゃないけれど、それでも不思議と一緒にいて落ち着くと思えた。


 そしてそれは、紗代も同じだったようで。


「ねぇ。嶋原くんって、彼女とかいる?」

「こんなところでぼっちしてる男に、彼女がいると思うか?」

「アハハ、確かに。……じゃあ、デートに誘っても良いよね?」


 飲み会の次の週、俺と紗代は初デートをした。


 大学生のデートって、何をするんだろう? いや、そもそもデートって何なのだろうか?

 悩みに悩んだ末、結局一緒に映画を観ることになった。


「大学生らしいデートができなくて、悪いな。映画とか、高校生みたいで幻滅しただろ?」


 不安になって尋ねると、紗代は吹き出す。


「嶋原くん、そんなこと考えてたの? なんていうか……意外とバカなんだね!」

「バカとは失敬な。これでも結構悩んだんだからな」

「うん、そうだよね。そこは素直にありがとう! でもね、「大学生らしい」とか「高校生みたい」とか、考えなくて良いの。「私たちらしい」デートができたら、それが最高じゃない?」


 そのセリフを聞いて、俺は彼女に心を奪われたのだった。


 それから紗代とは、色々なところへ行った。


 2回目のデートでは、水族館に行ったっけ。イルカショーで、二人揃ってびしょ濡れになったり。


 10回目のデートでは、夏祭りに行ったよな。

 手を繋いで眺めた花火は、きっと生涯忘れない。


 50回目のデートは、親友を交えてのダブルデート。親友が「告白したい」というからフォローしたわけだけど、上手くいって良かったよ。


 お泊まりだってしたぞ。つい先日、98回目のデートのことだ。

 彼女の家で、彼女の手料理を食べて。

 口には出さなかったけど、朝食の味噌汁は毎朝飲みたいくらい美味しかった。

 因みに「そういうこと」は、していません。そこはけじめをつけたいタイプなのです。


 そして今日、99回目のデートは――


 目的もなく、ただ二人並んで歩く並木道。ベンチを見つけて二人で座って、買ったばかりの缶コーヒーで温まる。

「ひと口ちょうだい」と言われたから、俺の缶コーヒーを彼女に渡す。ブラック、苦手なはずなのにな。


 ベンチは3人掛けでそれなりに大きかったけど、何も言わずに詰めて座る。

 コテンと紗代が俺の肩に頭を乗せて、コーヒーが冷めてもずっとそのまま。

 そんな、「俺たちらしい」いつものデート。


「……それじゃあ、そろそろ帰るか」


 駅に着くと、俺たちは別の路線に乗ることになる。だから、駅でお別れ。


「またね、康助くん」


 離れた紗代の手を、俺は握り返す。

 流石の紗代も、この時ばかりは驚いた様子だった。


「あのさ、紗代。その……」

「……うん」


 俺が何を言おうとしているのか、紗代も感じ取ったのだろう。電車が来るにも関わらず、急かすことなく次の言葉を待ってくれた。


「今日のデートも楽しかった。紗代との日常はいつだって幸せなんだ。だから、その……」


 俺は一度深呼吸をする。

 そして、ついに覚悟を――


「……気を付けて帰れよ」


 ――決められなかった。


 本当、情けないくらいのヘタレである。


「プハッ! 何それ! 言われなくても、気を付けて帰るよ! また康助とデートしたいからね!」


 落胆させたというのに、紗代はまだ俺を見捨てずにいてくれた。


 俺と紗代は、恋人同士じゃない。

 99回目のデートが終わっても、俺たちは友達以上恋人未満のままだった。



 ◇



 その日の夜、俺はベッドの中で考えていた。


 紗代は優しいから、きっといつまでだって待ってくれる。俺も見捨てないでいてくれる。


 それに一緒にどこかへ行ったり、お泊りをしたり、関係性が違うだけで正直やってることは普通のカップルと何ら変わらない。

 だから、このまま今の関係を続けていっても良いのではないか? それでも十分幸せだ。


「……いや、それは違うよな」


 初めてのデートから、回数も月日も重ねて、その度に俺は紗代を期待させている。同時に落胆させている。


 このままで良いはずなんて、絶対になかった。


 99回、デートをしてきた。次は100回目。

 決着させるのに、丁度良い数字だった。


「……なんて、遅すぎるくらいだよな」


 こういうのは、覚悟が鈍らない内に行動すべきである。

 俺はスマホを手に取ると、早速紗代にメッセージを送った。


『紗代、今日はありがとな。無事家に帰れたか?』


 返信はすぐにきた。


『もちろんであります! 紗代、無事帰還しました! ……私こそ、楽しかった! ありがとね!』


 そんなメッセージを何通か送り合った後、本題に入る。


『紗代。また家に行っても良いか?』

『おっ、100回目のデートのお誘いだね! 答えは当然イエス! なんなら、泊まってく?』

『そうだなぁ……折角だし、またお泊まり会にするか』

『了解! 最高のおもてなしを用意して、お越しをお待ちしています!』


 そいつは楽しみだ。


 紗代が最高のおもてなしを用意してくれるなら、俺は最高のサプライズを用意しよう。

 とはいえ、アドリブで告白なんてできないからな。


 前に紗代と行った水族館、そこで買ったイルカのキーホルダーを相手に、一人告白の練習をするのだった。



 ◇



 100回目のデート、もといお泊まり会の日がやってきた。


「おかえりなさいませ、ご主人様。本日も当ホテルへようこそ」

「いや、それホテルの挨拶じゃねーし」

「それもそっか!」


 紗代の用意してくれた最高のおもてなしとは、手作りの唐揚げだった。

 因みに俺は唐揚げが大好きだ。そんなことは、紗代はとっくの昔から知っている。


「お客様、シュワシュワのコーラもありますよ」

「お前、最高かよ」


 絶品唐揚げに舌鼓を打ちながら、地上波のクイズ番組を二人で観る。

 紗代は意外と頭が良い。クイズ番組を観ていると、大抵俺より先に答えに辿り着く。


 そんな風に、98回目のデートと然程変わらないお泊まり会が過ぎていく。

 ……さて。いつ告白しようかな。

 告白の練習はしてきたけど、タイミングまでは考えていなかった。


 そんなことを考えている為、クイズ番組の問題など微塵も頭に入ってこないでいると、ピーンポーンと玄関チャイムが鳴った。


「お客さんみたいだぞ」

「お客さん? ……あっ、そういえば通販頼んでいたんだっけ」


 紗代の予想通り、来訪者は通販の配達だったようだ。


「何を買ったんだ?」

「開けてからのお楽しみ〜」


 言いながら紗代は段ボールを開けようとするが、テープがしっかり貼られているため上手く剥がせない。


「康助くん、カッター取ってもらえる?」

「どこにあるんだ?」

「タンスの上の棚の、二番目の引き出しー」


 言われた通り、二番目の引き出しを開けると――そこにはカッターだけでなく、避妊具も入っていた。


「えっ? これって……」

「わっ! 見なかったことにして!」


 いつもの彼女からは想像できないくらい慌てた様子で、紗代は俺から避妊具を奪い取る。

 見ると彼女は、耳まで真っ赤になっていた。


「これは、その……もしもの時のためというか。もちろん、康助くんが今の関係のまま「そういうこと」をしたくないのはわかってるよ? だから、無理やり迫ることは絶対しないし」


 どうして避妊具がこんなところにあるのか? そんなものは、この際どうでも良い。

 俺の頭の中は、別の疑問でいっぱいだった。


 紗代はこの避妊具を、一体いつ買ったのだろうか?


 今日のお泊まりが決まってから? 99回目のデートが終わった後? それとも――


 ……本当に、情けない男だよな。

 偶然とはいえ、結局告白するタイミングも、紗代に頼りきりじゃないか。


「あのさ、紗代」


 今度こそ、覚悟を決めた。もう、逃げない。


「今日のデートも楽しかった。紗代との日常はいつだって幸せなんだ。だから、その……」


 あの日言えなかった言葉を、いつも伝えられなかった想いを、俺はようやく絞り出す。


「……俺と結婚してくれ」


 ……勢い余って、プロポーズになってしまった。


 見てみろ、紗代もポカンとしているじゃないか。


「悪い、間違えた! いや、結婚したい気持ちは間違いじゃないんだが……その、順序を間違えた!」


 慌てて訂正する俺の手を、紗代は優しく握る。


「……はい」


 答えながら、紗代はゆっくり頷く。


「そうだよな。いきなりプロポーズなんてされても……って、「はい」?」

「そうだよ。「はい」って言ったよ。……私、水上紗代は、嶋原康助さんからのプロポーズをお受けいたします」


 紗代は俺に顔を近づけると、初めてその唇を押し付けてきた。


「結局私たち、恋人同士にはなれなかったね」

「……確かにな」


 友達以上恋人未満。ずっと続いてきた俺たちの関係は、100回目のデートを経て、夫婦になったのだった。

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