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第97話 閑話:皇甫嵩の憂鬱

 皇甫酈に焚き付けられて、洛陽にて大敗して逃げ帰ってきた袁術を捕えて断罪し、財貨を没収し、新たな最高権力者となった皇甫嵩とその一族であったが、その財政難に加え人材難も重なった上に腐敗した名家などに対して強硬派の皇甫酈と穏健派の皇甫堅寿との対立は深まるばかりであった。


  そして皇甫嵩の実子であり穏健派である皇甫堅寿は、強硬派で袁術逮捕の提言者であり、それを実行した功績者であることで大きく発言力や存在感を増した皇甫酈に比べて、いささか不利な立場にあった。


 そしてその両者の間に立って意見をまとめようとしながら、その仲を仲裁することに皇甫嵩は苦労していた。


「今はいがみ合っている場合ではない、この困難な時に身内同士で争うのはよくないぞ」


 皇甫嵩はそう言ったが皇甫酈は納得しなかった。


「いえ、こんな状況であればこそ意思統一は必要です。

  そして腐敗の元は全て排除すべきです」


 それに対し皇甫堅寿はいう。


「それは箱の中の蜜柑が一つ腐っているからと、その箱の中の蜜柑が全て腐っていると断じてすべて捨てるようなものだ、まともなものも冤罪で捕まえその財貨を没収するのでは袁(術)公路と同じではないか」


 皇甫酈は反論する。


「私腹を肥やし民を痛めつけている連中とつながっているものは同罪であろう?

 儒を軽んじるものも当然同罪だ」


 皇甫堅寿はやはり反論する。


「ある程度までは仕方あるまいが、明らかに関係がないものまで粛清し洛陽どころか河南の行政機能が麻痺していることもわからぬのか」


  皇甫酈はさらに反論する。


「では下級官司や兵に支払う俸給をどこから集めるというのだ?」


 そこへ皇甫嵩が口を開いた。


「双方の言い分はわかった。

 国庫が困窮しておりその原因に腐敗貴族の存在があったのは事実だ。

 だが、官庁の機能不全が進みすぎてはまずい、今後は洛陽内での行動は控えよ」


 皇甫酈は皇甫嵩に問う。


「ではどうするのですか?」


「董卓将軍にまずは押えてる地域の税を納めさせる」


 皇甫酈はいう。


「それだけでは手ぬるいですぞ、長安へ逃げ出した罪人たちを引き渡すように使者を通じて通達するべきです」


「むむ、それはそうかも知れぬな」


 皇甫嵩にとっては腐敗の原因が蜀郡趙氏などの名家にあるというのは事実に思えた。


「少しでも袁術と繋がりがあったものはすべて捕えるべきです」


 皇甫酈はそういう。


 その結果、董卓は


「税を納めるのはともかく、罪とされる原因が冤罪であるものを引き渡す事はできない」


  と通達を拒否。


「良い機会です、この際野心家の董卓は反逆者として将軍職を剥奪し、罪人として洛陽へ出頭するように命じましょう」


 そして董卓は使者を斬り捨てた。


  しかし権力者が政争にかまけていた洛陽は悲惨な状態であった。


 洛陽の南には洛水が流れており、陽は日当たりのいい場所を意味する。


 そして黄河本流の氾濫からは遮られ、気候的にも恵まれた農地として適したした場所であり、夏王朝の頃から首都として栄えていたと言われる。


 しかし、後漢の頃の洛陽は華北平原の経済力と結びついた商業都市であり、兵乱によって交易が途絶えると当然商売上がったりだが、更に霊帝や袁術などが商人により持ち込まれたものの買取価格を不当に下げた上に袁術と袁紹の対立で郡などからの田租、いわゆる田畑の収穫物の年貢などの税も入ってこなくなると、食糧事情も大幅に悪化して食料の値段が大きく高騰した。


「はらへったよう……」


 洛陽では腹を減らした子供が殺されて親に食べられ、夫が妻を殺して食べるようなことも珍しくなくなっていた。


 脱出できるものは脱出を試みたがそうは行かなかったものも多い。


 そして皇甫酈との派閥争いに負けた皇甫堅寿は妻子を人質に取られて、弘農へ兵を率いることになった。


「私が死ねば、あなたの思い通りになると思いですか?」


  皇甫堅寿は皇甫酈にそのように問うた。


「清浄なる朝廷を復活させるためにはお前は穢れ過ぎているのだよ」


「私にはあなたは清浄を求めながらもそれにより深い汚濁につかっているようにしかに見えませんが」


「ふん、早く前線へ行くがいい。

 皇甫大将軍の子供であればさぞや用兵もうまいのであろう」


 彼が立ち向かわなくてはならないのは董旻。


 兄の董卓程ではないにせよ董卓陣営の勇将であり実戦経験豊富な人物であり、皇甫堅寿が勝てる相手ではないように思えた。


「妻よ子よ。すまぬ先に行くことを許せ」


 悲壮な覚悟で皇甫堅寿は弘農へ向かい、皇甫嵩は兗州は陳留へ向けて兵を発した。


 皇甫嵩と青州黄巾残党はすぐにぶつかったが皇甫堅寿の足取りは遅かった。


 それにより彼のもとへ曹操が救出した妻子が連れ出され、彼は率いた兵ごと董卓軍に降伏することになるのだった。


「無駄な争いをするつもりはございません。

 どうか部下には寛大な処置を」


 董旻は彼の降伏を受け入れた。


「うむ、兄上の読みはまたしても正しかったようだ」


 その頃、洛陽には袁紹配下の麹義(きくぎ)率いる羌族などを含んだ騎馬隊が近づいていた。


「さあ、奇襲をかけるぞ!」


「おお!」


 その頃の皇甫酈は皇甫堅寿の妻子が何者かの手引きによって連れ去られたことを知って地団駄を踏んでいた。


「一体どこのどいつがこんなことを!」


 そして彼の破滅の刻は近づいていたのだ。

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