第7話 弟の董旻が生まれたので羊を潰して祝おうか
さて、めでたい知らせが一つ入った。
母が弟の董旻を産み母子ともに健康であるとの知らせだ。
俺と弟の年が離れているのは母が6歳くらいまでは母乳で俺を育てていてくれたからだ。
母乳を子供に与えてる間は子供はできないからな。
おぎゃーおぎゃーと泣いている弟は元気そうで何よりだ。
「これが私の弟なのですね」
弟を抱いた母上はニコっと笑っていう。
「そうですよ、名は旻、字は叔穎と名付けました」
旻というと空という意味合いか。
空高く飛ぶような人物になってほしいという願いがあるのかもしれないな。
「良き名かと思います」
「あなたと同じように元気に立派に育ってくれると良いわねぇ」
「きっと大丈夫ですよ」
もっとも史実では董卓が洛陽で権力を手に入れるまでは実は董旻と董卓はあまり接点がなかったようだ。
辺境の将軍としてひたすら涼州で過ごしていた董卓と違い董旻は洛陽に登って出世して何進の部下として働いていたわけだからむしろ弟のほうが要領は良いのだろう。
無論父親や兄が役人であったというのも大きいとは思うし何進が董卓などを洛陽に呼び込んで十常侍や何皇太后に圧力を掛けようとしたのも、董旻の助言が有ったかもしれないのでおそらくお互いの状況を知るための文のやり取りなどはあったんだろうと思うがな。
何れにせよ生まれたばかりの弟にできるのは母がつかれた時に代わりに背負ってやるくらいしか無いが。
「まあ兄弟でー仲良くやっていこうな」
「?」
もちろん言葉が分かるわけがないよな。
もしかすると俺と同じという可能性もあるかとも思ったんだが、今のところは俺以外に転生者はいないようだ。
たくさんいても困るのも確かだが。
それにしても三国志演義だと兄弟とされているが実際は従兄弟である場合が多いのは母親は乳を飲ませて育て、なおかつ乳離れが結構遅いからどうしても妊娠の間隔が空きやすいみたいだからだと思うが、それもここが田舎だからだろうか?
とりあえず最初の冬を無事に越せるようになるべく体は温められるようにしたいな。
「弟のためにあたたかい羊毛の衣服を作るようにするか」
この時代でも羊は飼育されていて羊毛を取りその後潰して食料にしたりする。
近代以降ではくさみのある肉より羊毛を取る目的の方が強くなって羊肉をよろこんで食べるという感じはあまりしないだろうが、古代では羊肉の獲得のほうが優先で羊毛はそのついででしかなかったりする。
もっとも西アジアからエジプトやヨーロッパでは羊毛は大事な繊維の一つであったようだしローマ人も羊毛を利用していて、ヨーロッパ方面では羊毛を取る目的での羊の品種改良が進むが、人間は勝手に増えるものという感じの中国ではあまりそういった品種改良の必要性がなかったらしいので、山羊や羊はあくまでも基本は食べるための家畜というのは長い間変わらなかったらしい。
山羊や羊は牛や馬と違って耕作に使えるほどの力もないしな。
あと純粋な赤身の肉だけを食べているといろいろな理由でむしろエネルギーがマイナスになってしまうので羊肉に含まれている脂肪はとても重要でもあるんだ。
なのでこの時代では一般的な衣服には麻が使われ金があれば絹も使われる、寒い所では毛皮の防寒用衣服も着るが羊毛の衣服というのはあんまりないのだな。
「さて毛を刈るとしようか」
羊が動かないようにまたがって固定しながらハサミで毛を刈り、時たま鋏についた脂を落とすために灰汁で脂を落としてまた毛を刈る。
毛を刈り終わったら羊は殺して肉などは皆で食べる。
羊を仰向けにして胸骨の下にナイフを入れてそこに洗った手を突っ込んで横隔膜を破りながら心臓を鷲掴みにしてそれを引きちぎって心臓を外へ取り出し、血が体外にこぼれないようにしつつ内蔵をとり、腸をよく洗ったらそこに血を流しこんで茹でる。
内臓も食べられるものは煮て食べる。
この時代には高い火力にたえられる中華鉄鍋などはないので料理をする場合は蒸すか煮るもしくは火であぶって焼いて食べるのどれか。
揚げるとか炒めるというのはもう少し時代が下ってから。
麦は蒸してふやかすか粉にしてそれをこねて伸ばしてやはり煮て食べる。
水餃子や雲呑などの麺料理はこのころにはあるのだな。
味付けの調味料としては岩塩・酢・醤などはあるし、胡椒やニンニクやネギなども一般的に使われている。
一口大に切ったものを竹串木串などにさしてあぶり焼きにして焼いて食べる焼烤もあるな。
また中国料理というと大きな回転式テーブルに大皿料理というイメージがあるがこの時代は「席」という敷物に各々が座り、「案」というお膳に皿や椀などをのせてに小分けされた料理を青銅製の箸をつかって食べているのだ。
「うむ、弟のためにこれだけの物を料理して用意するとは大したものだ」
「ありがとうございます父上」
親戚や父の部下などが集まって弟の誕生を祝ったがそこそこ受けは良かったようだ。
儒教的には親孝行は大事だと思われてるしな。
それが終わったら刈り取った羊の毛を洗って乾かし、手で伸ばして木製スピンドルで糸を巻き取り毛糸にし、毛糸ができた後は二本の棒で編んでいく。
そして産着の上に着せられるおくるみをつくった。
「母上、叔穎が寒くないようにつくってみました。
良ければお使いください」
「あら、いい子ね、わかったわ」
これで弟が凍死する可能性は少しは減るだろうか。
兄弟などのつながりは大事な時代だしうまくいくとよいのだが。




