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第60話 潁川黄巾軍の指揮官の波才は結構手ごわかったようだな

 さて、荊州は南陽の黄巾軍は、比較的あっさり打ち破れた。


 史実でも頭目が次々に入れ替わっていくので時間はかかっているが、さほど苦戦した様子はなかったので、黄巾の乱に乗じただけの山賊集団の集まりであった可能性が高い。


 とはいえ、反乱を鎮圧した後の対処のほうが問題だったわけだが。


 そして潁川郡では皇甫嵩が、波才の黄巾軍相手に敗れて敗走したそうだ。


「あの皇甫(嵩)義真が敗れるとはな。

 潁川郡へ急ぐぞ」


 宛城は新しく南陽太守に任命された秦頡に任せて俺たちは豫州の潁川郡へ急いだ。


 敵将である波才に皇甫嵩の籠る長社が包囲さているらしい。


 敗北の原因は皇甫嵩は并州の守備のためにもともとの兵を置いていくように命じられて、新たに洛陽で兵士をつけられたが、そのうち精鋭と言える兵士は五校と呼ばれる禁軍の合計4167人のみで、これではあまりに数が少ないため、司隷の郡の三河である河東郡、河南郡、河内郡のから徴兵し、さらに義勇兵を募集してやっと人数が四万人になったと言う体たらくだったからだ。


 それだからこそ、官軍とは名ばかりで、実情はその九割近くが兵役で駆り出された兵士や義勇兵という寄せ集めであまりやる気がなかった。


 対する波才が率いた軍は十万にも上り宗教に陶酔した兵だった。


 後方数の軍が名目4万でも実際にまともに使えるのが四千では、ただでさえ数で上回る黄巾軍に勝てないのも仕方ないだろう。


 そして敗北した軍からは脱走兵や投降兵が多数でる。


 この時に皇甫嵩のもとに残っていた兵数は2万ほどであった。


 さらに黄巾の軍は、潁川郡の隣の汝南郡でも、汝南の太守の趙謙をやぶっており、并州の廣陽郡でも黄巾の軍が郭勳と劉衛を殺して勢いに乗っていた。

 

 皇甫嵩のいる長社は司隷との境界に近くそこが落ちれば、黄巾軍は洛陽まで攻め込むことも可能であったろうから、官軍はかなり追い詰められており、兵の多くは勝てないとおびえていたようだ。


 ・・・


 そのころ10万と言われる大群に包囲された皇甫嵩は、斉の田単の故事に倣って一計を案じた。


「兵は奇変であって、その多い少ないは問題ではない。

 今、黄巾の賊徒は城の南の草原に陣営を築いているがゆえに、簡単に北の風によって火がひろがるだろう。

 つまり、夜陰に乗じ火を放てば、敵は必ず大いに取り乱すだろう。

 その時に私が兵を出しこれを攻撃すれば、田單の功績を成し遂げられるだろう」


 そこへ袁紹が手を上げた。


「では城側の指揮は私が取りましょう」


「うむ、任せる」


 と皇甫嵩は火刑で反撃することを述べた。


 勝つ方法があることを示すことで部下や兵士たちの恐怖心を消し去ろうとしたのであろう。


「田單」墨城を守っていたときに燕の国の軍から攻められたが、その際に牛千頭の角に矛をつけ、その尾に火をつけて、敵陣に突っ込ませて、燕の国の軍を崩壊させた火牛の計を行ったとされている人物である。


 そしてその火計を部下に示した夕方の頃合いに強い北風が吹き始めた。


 おおよその季節や雲の流れなどでそういった状況を読み取っていたのであろう。


 皇甫嵩は兵士にたいまつを束ねさせ火をつけ、あるいは油の入ったツボをもたせて、城壁の上に登らせつつ、その指揮は袁紹に委ねて、精鋭四千の兵を集め、ひっそりと敵の包囲の外へと出させた。


 その時に董卓が率いる援軍が到着したのであった。


 ・・・

「おお、董将軍、良いところに来てくれた。

 これより包囲している黄巾軍を火攻めにするところだ」


「なるほど火攻ですか。

 では俺は敗走してくる連中に横から矢を射かけ敵を減らすとしましょうか」


「うむ、頼むぞ」


 皇甫嵩はまずは東の外側から回り込んで率いた精兵が火を放ち、大声を出しドラを打ち鳴らした。


 その銅鑼の音を合図として城の上にいた兵士たちは、油の入った壺を投げ、松明をそこに投げ込んだ。


 あちこちで火の手が上がってそれはまたたくまに燃え広がり、波才の軍は混乱し散り散りに逃げ出した。


 そこへ董卓の兵が横合いから弓を射かけるが、正面からではない攻撃には逃げるしかなく、 波才の軍は反撃の糸口を見つけることもできず、南西の陽てきへと敗走した。


 そして、この反撃により勢いに乗る、皇甫嵩・董卓軍は陽てきで波才の軍を倒し、波才を討ち取ったのだった。


「これでひとまず洛陽が攻められる危機は脱しましたな」


 皇甫嵩の言葉にうなずく。


 その後の命令で皇甫嵩は降伏した黄巾の残党を取りまとめ、軍を再編して冀州の張角率いる黄巾党本隊討伐軍が立て籠もる冀州鉅鹿郡広宗県に向かい、盧植とともに攻撃をすることを指示され、俺は豫州のその他の黄巾の討伐を命じられた。


「では董将軍、後は任せますぞ」


「わかりました」


 どうやら俺があんまり功績を立てすぎることをよく思って持ってない連中もいるらしいな。


 張角達首謀者を討伐するのとその手下を討伐するのではその後のイメージもだいぶ違うだろうし。

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